風塵だより

 山之口貘(やまのくち ばく)という詩人がいた。1903年、沖縄・那覇の生まれで、1963年没。寡作な詩人だったが、沖縄という風土に根差した詩が多いのは当然のことか。
 その山之口の詩に、「会話」と題された一篇がある。『山之口貘詩文集』(講談社文芸文庫、1200円+税)に収録されている。

「会話」

お国は? と女が言つた
さて、僕の国はどこなんだか、とにかく僕は煙草に火をつけるんだが、刺青と蛇皮線などの聯想を染めて、図案のやうな風俗をしてゐるあの僕の国か!
ずつとむかふ

ずつとむかふとは? と女が言つた。
それはずつとむかふ、日本列島の南端の一寸手前なんだが、頭上に豚をのせる女がゐるとか素足で歩くとかいふやうな、憂鬱な方角を習慣してゐるあの僕の国か!
南方

南方とは? と女が言つた
南方は南方、濃藍の海に住んでゐるあの常夏の地帯、竜舌蘭と梯梧と阿旦とパパイヤなどの植物達が、白い季節を被つて寄り添ふてゐるんだが、あれは日本人ではないとか日本語は通じるかなどゝ談し合ひながら、世間の既成概念達が寄留するあの僕の国か!
亜熱帯

アネッタイ! と女は言つた
アネッタイなんだが、僕の女よ、眼の前に見える亜熱帯が見えないのか! この僕のやうに、日本語の通じる日本人が、即ち亜熱帯に生まれた僕らなんだと僕はおもふんだが、酋長だの土人だの唐手だの泡盛だのの同義語でも眺めるかのやうに、世間の偏見たちが眺めるあの僕の国か!
赤道直下のあの近所

 この詩は、1947年12月、山之口44歳のときに『青年沖縄 第三号』という雑誌に掲載されたものだ。1947年とはまさに敗戦直後、あの悲惨な沖縄戦の終わった後の作品だった。
 山之口は、1922年、19歳で初めてヤマトの土を踏む。以来、沖縄へ帰ることもあったが、その生涯のほとんどを東京で過ごした。その暮らしはいかなるものだったのだろうか。
 前掲書の年譜によれば、沖縄県立第一中学校時代は、山之口はかなり反抗的な精神の少年だったらしい。こんな記述がある。

(山之口は)学校側が標準語励行運動を推進し方言罰札を取り入れたため、反感をもち意識して沖縄口(ウチナーグチ)を使ったり方言札を一人占めにしたりした。学校長を揶揄した「やまと口札とるたびに思うかな、ほうげんの乱は止めたくの助」という落首が学内のあちこちにはりだされた。

 戦前、地方の学校では「方言をやめて標準語を使おう」という運動が行われ、とくに沖縄では、それが著しかった。木製の「方言札」というものを作って、方言を話した生徒の首から下げさせたという。一種の見せしめの罰だ。
 これは、すべてを中央に同化させようという、明治政府以来の中央集権的な方策だった。軍備増強に走った時代には、とくに軍隊において地方出身者にも命令が厳密に伝わるよう、徹底的に方言撲滅を図った。方言では、命令がうまく伝わらないことを恐れたのだ。
 戦前の沖縄で育った山之口が、かなり訛りの強い沖縄言葉(ウチナーグチ)を話したことは間違いない。東京に出てきた若い青年にとって、それがどれほどの重荷だったことか。どんな差別が待ち構えていたか。

 地方から方言がほぼ消滅したのは、教育によるものというよりは、明らかにテレビの影響である。幼いころからテレビを子守唄にして育った現代の子どもたちは、どんな辺鄙な地方へ行っても、明瞭な「共通語」を話す。方言が失われるのは当然のことだった。
 1959年の「皇太子ご成婚」をきっかけに日本中にテレビが普及し始め、それとともに方言が姿を消していった。1945年生まれのぼくは、多分、その分水嶺の世代だろう。
 東京に出てきた当初のぼくは、ほとんど自分から言葉を発することはできなかった。いわゆる「秋田弁」がとても恥ずかしかったのだ。あのころ東北弁は、嘲笑の対象とされていたように、ぼくは感じていたのだ。「沖縄方言」の山之口は、ぼくなどとは比較にならないほどの怯えを感じていたのではないか。
 テレビなどなく、ラジオでさえそれほど普及していなかった時代の山之口青年が、その言葉のゆえに“本土”において、そうとうな差別を受けたことは想像に難くない。
 この「会話」という詩からイメージされるのは「沖縄」そのものだ。しかし、この詩の中には「沖縄」という言葉が一度も出てこない。沖縄出身者が、自らのふるさと沖縄を描きながら、沖縄という言葉を使わない。いや、使えない…。そこに、詩人の置かれた境遇が見えてくる。
 だが、その差別が、いまはなくなったか?

 沖縄が戦後、アメリカの軍政下のくびきから解放されて(実際はそうではなかったのが現実だが)ようやく日本に復帰した(「本土復帰」と呼ばれる)のが1972年のこと。
 沖縄県民が、ほとんど島をあげて喜んだ「日本国憲法下への復帰」であった。沖縄はそれまで憲法の通用しない、まさに米軍政下の「治外法権」の地だったからだ。「ようやく平和憲法の下で暮らせる」という喜び。しかし、その喜びはやがて失望にとってかわられる。
 差別は止むことなく、いまも続いている。在日米軍基地の70%以上を小さな島に押しつけ、それを拒否しようとすると、強圧的な物理力(警察や海保)で徹底的に弾圧する。
 米兵の凶悪犯罪ですら、まるで天からの絶対的な声のような「日米地位協定」によって、犯人逮捕に至らなかった事例が数多く存在する。「日本国憲法の下への復帰」を願った沖縄県民の上には「日本国憲法よりも強大な日米地位協定」が、いまもふんぞり返っているのだ。

刺青と蛇皮線、
豚を頭にのせ憂鬱な方角を習慣する、
常夏、龍舌蘭、梯梧、阿旦、パパイヤ、
日本語は通じるか、
亜熱帯、酋長、土人、唐手、泡盛……

 それらが「世間の偏見達が眺める僕の国」なのだと、詩人の裡に苦痛とともに刻み込まれたのだ。当時の“ヤマト”の人たちの、沖縄に抱くイメージが、この詩の背景だ。それこそが「世間の偏見達」なのである。

 昨年、沖縄でもっとも問題になった言葉といえば、むろん「土人」であった。あの大阪府警の若い機動隊員が、高江のヘリパッド建設に反対する人へ、まったく“自然に”投げつけた言葉だった。
 山之口貘という稀有な詩人が、数十年前に東京で味わわされた「ふるさと沖縄への偏見と差別」が、脈々と現代にも受け継がれていることをいま知らされたなら、いったいどんな言葉を発するだろう。

 山之口貘の詩は、いまも痛みを伴ってぼくらに語りかけてくるのだ。

 ひとつ付け加えておこう。
 山之口獏の詩を愛したヤマトの人たちもたくさんいた。早逝した伝説のフォークシンガー高田渡はその筆頭であろう。彼を中心に多くのミュージシャンが集り、山之口獏の詩に曲をつけて制作された『貘』は、ぼくのもっとも好きなアルバムのうちの1枚である。
 上記の「会話」は、佐渡山豊の作曲・歌。ちなみに、ぼくがこのCDの中でいちばん好きなのは「生活の柄」で、高田渡の曲、大工哲弘・高田渡の歌。ぜひ、聴いてほしい…。

 

  

※コメントは承認制です。
103沖縄の詩」 に2件のコメント

  1. ふくろう より:

    獏さん、大好きです。
    むかし、下北沢のライブハウスで
    高田渡さんの「生活の柄」を聴きました。
    渡さん、酔っぱらってましたが
    味わいのある歌でした。

    歩き疲れては 夜空と陸との 隙間にもぐり込んで
    草に埋もれては寝たのです 所かまわず寝たのです

    平凡社ライブラリー「山之口貘 沖縄随筆集」の
    「むかしの沖縄いまの沖縄」にも
    「罰札」による沖縄方言撲滅の話があります。
    「方言」は「撲滅」するべきものではありません。

    耕さんの言われるとおり
    「ヤマト」側の差別意識は
    機動隊員の「土人」発言につながっている。

    辺野古、高江への弾圧や
    山城博治さんの不当逮捕
    オスプレイ墜落と同様のことが
    自分の住んでいる都道府県で起きたらどう感じるか。
    「ヤマト」側の人間には
    「立場の置き換え」の想像力が必要だと思います。

  2. 鳴井 勝敏 より:

     差別用語を発することで自分の立つ位置を維持しようとする輩。これは自分の弱さを隠す常套手段である。弱さから学ぶのではなく隠す。 彼らは、集団でなければ行動できない。一人では批判が怖いからその様な発言はしない。    この点、「自立心」の培われている人間は、差別用語を発することで自分の立ち位置を維持する様なことはやらない。多様性認める精神が身に刻まれているから必要がないのだ。
      不透明不確かな時代だ。違いを認める文化が早く根付かないと日本は国際社会で孤立する。メデイの責任も大きい。事実を伝えることも大事だが、権力者側に対する批判精神が後退するようなことがあってはならない。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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