風塵だより

 テロが相次いでいる。もう、世界中に安全な場所など、なくなってしまったかのよう。
 イスラム国家では親日感情が強く、日本人が狙われるというケースは欧米人などに比べるとかなり低い、と言われていた。しかし、今回のバングラデシュの事件では、「私は日本人だ、撃つな!」との叫びも無視されて銃撃を受けたとの報道もある。
 「平和国家日本」というイメージは、もう薄れてしまったのか。日本も欧米各国と同じように扱われ始めたということなのか。
 なんともいえないキナ臭さが世界中に充満している。

 間近に迫ったリオデジャネイロ・オリンピックでも、しきりとテロ情報が飛び交っているという。現地の治安やテロを心配してリオ五輪参加を辞退する選手が、欧米各国のみならず日本でも現れ始めた。
 こんな記事がある(サンケイスポーツ7月4日配信)。ゴルフの谷原秀人選手は、松山英樹選手に次いで日本人ゴルファーとしては2番手の可能性があるが、リオ五輪は辞退する、というのだ。

(略)谷原は「今のブラジルには行きたいなとは思えない」と話した。「バスに乗っていて強盗に遭うとか、高速道路で発砲事件とか恐ろしい。誰が守ってくれるわけでもないし」と、治安に対する不安が理由。ちょうど2日夜にあったテレビの報道で確認したという。
 6月の「全米オープン」では松山英樹とも話したそうで「あいつも悩んでいる。日本人1番手でみんなの期待を背負っているし、相当な葛藤があるんじゃないか」と、東北福祉大の後輩を思いやった。(略)

 その後、松山選手もリオ五輪参加を辞退したとのニュースが流れた。世界で活躍するスポーツ選手としては、当然の心配だ。では、東京五輪はどうなのか。もはや他人事ではなくなった。

 そんな折も折、森喜朗東京五輪組織委員会会長が、リオ五輪日本選手団壮行会で「国歌も歌えないような選手は、日本の代表ではない」などと、まるで的外れな挨拶をしたという。
 とにかく何でも「愛国心高揚」に利用しようということなのだろうが、カネを組織維持や競技施設(ハコモノ)にばかりつぎ込み、肝心の選手強化には回さない。ましてや参加選手の安全に心を砕いているとはとても思えない。
 こんな男が、なぜ五輪組織委員会の会長におさまりかえって偉そうにしているのか、ぼくにはとんと理解できない。

 2000年4月、当時の小渕恵三首相が病に倒れると、正式には何の権限もない自民党幹部「5人組(森喜朗、野中広務、亀井静香、村上正邦、青木幹雄)」が密室で、次期首相に森氏を指名することに決めたと言われている。成立過程からしてうさん臭い内閣だったのだ。
 そして就任後すぐ「日本は天皇を中心とした神の国」と、まったくの時代錯誤発言で、支持率急落。また、ハワイ沖で高校生の練習船えひめ丸が米潜水艦に体当たりされて沈んだ時も、一報を受けながらそのままゴルフを続けていたとして大きな批判を浴び、歴代最低の支持率(たった5%!)で、ついに辞任に追い込まれたのは、就任からわずか1年後(2001年4月)だった。
 この「神の国」発言から分かるように、当時から、ほとんど戦前的な「皇国思想」(思想と呼べるほど立派なものではないが)を持っていた森元首相、いまもその残滓の中を泳ぎ回っているらしい。ほとんど何の政策的な成果も残せず、後を濁しっぱなしにして飛んでいったアホウドリなのだ。愛国心を煽る大声の政治家が出てくるのは、世の中が危ない方向へ動いている時だ。いまの自民党は、そんな政治家ばかり。むろん、彼もそのひとりだ。

 ぼくはラグビーの大ファンだ。時々は競技場へも観戦に出かける。だがいつも不愉快になるのは、大きなイベントには、必ずと言っていいほどこの森元首相が出張って来ることだ。ほんの短期間、早稲田大学のラグビー部に所属していたことがあるというだけの理由で、日本ラグビーフットボール協会の名誉会長におさまっているからだ。
 スポーツ団体が、補助金や助成金欲しさに政治家の力を頼るのは昔からのことだが、ほとんどの場合、逆に政治家によってスポーツ団体が利用されているのだ、ということに早く気づいたほうがいい。百害あって一利なし、ということのほうが多いのだ。
 そして、引退したスポーツ選手が人寄せパンダとして選挙にかりだされる。今回の参院選でも、東京選挙区には元バレー選手とやらが立候補しているが、かつて、スポーツ選手から議員になった人で、人数合わせではなくまともな政策提言できるまでになった人はいただろうか? ぼくには思い出せない。

 スポーツの国際試合は、愛国心高揚にもっとも利用されやすい場だ。興奮して相手国サポーターと乱闘騒ぎ、ということもよくある。かつては、サッカー試合をめぐって、ホンジュラスとエルサルバドルが断交、ついには戦争に至った(1969年)という例だってあるのだ。
 スポーツを「国威発揚」「愛国心煽動」のために利用するのは、スポーツへの冒涜だし、そんなことをするのは最悪の政治家だ。森喜朗氏は、その程度の理解もなしに、五輪組織委員会会長に就いているわけだ。だから、さまざまなことに口を出し、妙な軋轢を生みだしてしまう。こんな男の下では、とても東京オリンピックがうまくいくとは思えない。

 もう半世紀ちかい昔、こんな歌が流行ったことがある。
 加川良さんが歌った『教訓Ⅰ』である。

命はひとつ 人生は1回
だから命をすてないようにネ
あわてるとついフラフラと
御国のためなのと言われるとネ

青くなってしりごみなさい
にげなさいかくれなさい

御国は俺達死んだとて
ずっと後まで残りますよネ
失礼しましたで終わるだけ
命のスペアはありませんよ…

 このあと、死んで神様と言われるよりも、生きてバカだと言われましょう…とか、きれいごとならべられたときも、命はすてないように…などと続く。
 アメリカがベトナム戦争の泥沼に踏み込んでいった当時、日本でもそれに反対する運動が起き、その中で歌われた歌でもある。
 日本国内には多くの米軍基地があり、まだ本土復帰前だった沖縄も含め、硝煙の臭いの残る米兵たちの、粗暴な犯罪が多発していた時期だ。明日は戦地へ出かけなければならない若い米兵たちの荒みようは、それはひどいものだった。ぼくは学生時代、ほんの一時だが、米軍基地内でバイトをしたことがある。ベトナム戦争の真っただ中、兵士たちの壊れっぷりはひどいものだった。ぼくはわずかだが、それをこの目で見たのだ。
 この『教訓Ⅰ』は、そんな時代背景を持った歌だった。
 だが、これが今、さまざまなところで歌い継がれ始めている。浜田真理子さんや大友良英さんらがカバーしている。泉谷しげるさんも、最近のコンサートではこの曲を歌っている、と東京新聞のコラム(5日)に書いていた。アーティストは、時代に対してすぐれた嗅覚を持っている。その嗅覚が探り当てた「時代の雰囲気」が、今、この曲の再評価となっているのだ。
 
 世界中に銃声がこだましている。
 そんな時代だからこそ「平和外交」が大切なのだと思う。その裏付けが「日本国憲法」ではないのか。
 参院選挙は、あと数日後だ。自民公明+αの改憲勢力が、3分の2をうかがう情勢だと、マスメディアは伝え続けている。なんとかその予測をひっくり返したい!
 選挙へ行こうよ。行って「改憲勢力」以外の政党・候補者に、あなたの1票を投じてほしい。

 安倍首相の「改憲隠し」は狡さの典型だ。腹の底は「改憲一本槍」で真っ黒なくせに「アベノミクスをより一層ふかします」とわけの分からない経済一辺倒でごまかし続ける。
 安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」は「戦前軍国レジームの復活」となって完成するのだ。そして自衛隊が海外へ出かけ、駆けつけ警護なる名目で実際の戦闘に参加し、ついには戦死者を出す…。
 そうなれば『教訓Ⅰ』の歌詞のように「死んで神様と言われる」ことになる。ぼくは「生きてバカだと言われる」ほうを選びたい。(もう、ぼくのような年寄りが、戦場に行くことはないだろうが…)。
 改憲勢力にあなたの票を投じてはならない!

 「命のスペアはありませんよ」
 世界中に、そう訴え続けていかなければならない。

 

  

※コメントは承認制です。
81 命のスペアはありませんよ」 に2件のコメント

  1. 加川良はさすがにわかんないと思う。高田渡が限度でしょ。

  2. 島 憲治 より:

    > 安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」は「戦前軍国レジームの復活」となって完成するのだ。
     この構造を有権者の多くが支持するのはなぜだろうか。 岡田民進党代表へ提言したい。安倍氏に改憲を促されたら、人権保障をより一層充実させるため護憲を促したらどうか。姑息な彼にまともな言葉は通じない。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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