風塵だより

 やっと大騒ぎが終わった。
 あれは、いったい何だったのだろう?

 確かにオバマ米大統領の被爆地広島の初訪問は、それなりの意義もあっただろうけれど、サミット自体はその陰に霞んでしまい、何を議論したのか、何が決まったのか、その成果はよく分からないぼやけたものでしかなかった、というのが正直な感想だ。
 ぼくはむしろ、このサミット報道(というより騒動)のおかげで、沖縄の米軍属による事件と、その原因となった米軍基地の存在が、報道の片隅に追いやられてしまったことのほうが大問題だと思う。

 凄まじい数の警察官を動員して、徹底的な警戒態勢を敷いた今回の「伊勢志摩サミット」は、結局のところ、安倍首相による「空虚な祭り」でしかなかった。
 サミットが終わった直後から、自民党内では「衆参同日選はなくなった」とか「安倍総理は6月1日に消費増税の延期を正式に発表することになる」などという観測がしきりに流され始めた。どうもうさん臭い。
 5月30日になって、とうとう安倍首相は「消費増税延期&同日選回避」を鮮明にした。やっぱりな、である。
 要するに自民党内では、今回のサミットが安倍首相による「同日選回避」のリクツづけための「消費増税延期」に使われるのだ、ということは常識だったのだ。
 むろん、それに難色を示す幹部もいるにはいた。たとえば麻生太郎財務相だ。「財政再建のためには消費増税がぜひとも必要」というのが財務相としての当然の主張…と評価する向きもあるが、そう簡単な話ではない。実はこのところ、安倍内閣の大番頭・菅義偉官房長官と麻生財務相の仲がそうとう険悪だという噂がしきりに流れている。
 麻生氏は、もう一度総理大臣の座に返り咲きたいと思っているようだが、菅氏はそれに拒否反応。仲がいいわけがない。
 (どうでもいいことだが、あの麻生氏のマフィア・ファッション、ご本人は似合っていると思っているのだろうか? ほんとうにどうでもいいことだけれど…)

 安倍首相はこれまで「大災害や、リーマン・ショック級の経済危機が起きない限り、来年4月の消費税10%への引き上げは確実に行う」としつこいほどに繰り返してきた。それはなぜだったか。

 消費増税を実施すれば、冷え込んでいる消費意欲がいっそう殺がれ、さらに景気が下降するのは、経済学者でなくても、ほとんどの庶民が実感していることだ。「黒田バズーカ」などと愚かしいネーミングの黒田東彦日銀総裁の政策もまったくの的外れ。目標とした2%の物価上昇でのデフレ脱却など、もう絵に描いた餅にもならぬありさまだ。
 つまり、日銀の金利政策が頼みの綱だったアベノミクスは、もはや誰の目にも失敗だと映っているのだ。
 選挙ポスターが街中に貼り出されている。安倍氏と候補者が並んだポスターには「経済で、結果を出す」との文字がデカデカと書き添えられている。散歩中に、その文字の脇に「出てねーじゃねーか」とマジックインクで書き殴られているのを見つけた。「ぐふふ、そのとおりじゃねーか」と、ぼくも苦笑しながらつぶやいていた。
 あの「TPP」の際も「TPP絶対反対。自民党はぶれません」と大きな看板を掲げていた。前に言ったことなんて、用済みになればゴミ箱へポイッ。前言になんか縛られない。好き勝手に前言を撤回する。それもまた「安倍話法」の特徴のひとつである。

 このままで選挙戦に突入すれば、安倍内閣の一枚看板「アベノミクス」は失敗だったと野党の攻撃にさらされるのは必至だ。
 世論調査での、安倍内閣の支持理由の第1位は、いつだって「他の人より良さそうだから」であり、積極的な支持理由は、やっと第2位に「経済政策」が来る程度だ。これは安倍首相にとってはアキレス腱になる。
 有権者たちが「安倍さんに代わる人は見当たらないが、しかし、経済がこれじゃあな…」と思い始めれば、自民党候補が雪崩を打って落選…ということにだってなりかねない。参院選の1人区では、ほぼすべてで野党統一候補が合意できたようだ。そうなれば、圧倒的に有利だと言われていた自民公明の連立与党にも、多くの取りこぼしが出てしまうかもしれない。
 安倍首相としては、何があっても「改憲」のために、この参院選は勝たなければならない。その最後の手段が「消費増税の延期」だったというわけだ。選挙直前に「国民のみなさまの生活のために、苦渋の選択として消費増税を先送りすることに決めました」と、まるでそれが国民のための政策であるような言い方で、人気取りを図る…ということだろう。
 自分で火をつけておきながら、それを消すことで、火事を防いだヒーローの役を演じる。「アベノミクスで、国民の生活を豊かにする。その上で、消費増税を行う」と胸を張ったのは安倍首相だ。それが今度は「消費増税は国民のみなさまのためを思って凍結する」と言う。辻褄が合わなすぎる。しかし、辻褄なんかどうでもいい。とにかく喋りまくって煙に巻く。これは「安倍話法」のひとつの型だ。

 選挙のためには何だって利用する。むろん、政党なのだからそれが一概に悪いとは言えない。選挙で勝つために、さまざまな手を使うのは当然だろう。だが今回の安倍首相のサミット利用は、あまりにあざとかった。最重要とされる国際首脳会議を、自分の「悲願の改憲」のための選挙に利用しようとしたからだ。
 なんでも「改憲」に利用するのが「安倍話法」の究極の目的。
 安倍首相は「大災害や、リーマン・ショック級の経済危機が来ない限り、消費増税は約束どおりに行う」とこれまで繰り返し述べてきた。だが、どんな調査結果を見ても「来年4月の消費増税には反対」が60~70%を占める。これでは、7月10日投開票といわれている参院選に影響が出るのは明らかだ。そこで、安倍首相は姑息な手段に打って出た。
 それが、サミットの場での「世界経済はリーマン・ショック前に似ている」との、世界中がのけぞった演説だったのだ。
 毎日新聞(5月29日付)で、こう書いている。

 27日閉幕した主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)で、安倍晋三首相が「世界経済はリーマン・ショック前に似ている」との景気認識をもとに財政政策などの強化を呼びかけたことに対し、批判的な論調で報じる海外メディアが相次いだ。景気認識の判断材料となった統計の扱いに疑問を投げかけ、首相の悲観論を「消費増税延期の口実」と見透かす識者の見方を交えて伝えている。
 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は「世界経済が着実に成長する中、安倍氏が説得力のない(リーマン・ショックが起きた)2008年との比較を持ち出したのは、安倍氏の「増税延期計画を意味している」と指摘した。首相はサミット初日の26日、商品価格の下落や新興国経済の低調ぶりを示す統計などを示し、自らの景気認識に根拠を持たせようとした。しかし、年明けに急落した原油価格がやや持ち直すなど、金融市場の動向は一服している。米国は追加利上げを探る段階だ。英国のキャメロン首相は26日の討議で「危機とは言えない」と反論。FTは英政府幹部の話として「キャメロン氏は安倍氏と同じ意見ではない」指摘した。
 英BBCは27日付コラムで「G7での安倍氏の使命は、一段の財政出動に賛成するよう各国首脳を説得することだったが、失敗した」と断じた。そのうえで「安倍氏はG7首脳を納得させられなかった。今度は(日本の)有権者が安倍氏に賛同するかを見守ろう」と結んだ。
 仏ルモンド紙は「安倍氏は『深刻なリスク』の存在を訴え、悲観主義で驚かせた」と報じた。首相が、リーマン・ショックのような事態が起こらない限り消費税増税に踏み切ると繰り返し述べてきたことを説明し「自国経済への不安を国民に訴える手段にG7を利用した」との専門家の分析を紹介した。首相が提唱した財政出動での協調については、「メンバー国全ての同意は得られなかった」と総括した。
 米経済メディアCNBCは「増税延期計画の一環」「あまりに芝居がかっている」などとする市場関係者らのコメントを伝えた。
 一方、中国国営新華社は「巨額の財政赤字を抱える日本が、他国に財政出動を求める資格があるのか?」と皮肉った。首相が新興国経済の減速を世界経済のリスクに挙げたことへの反発とみられ、「日本の巨額債務は巨大なリスクで、世界経済をかく乱しかねない」とも指摘した。

 少々引用が長くなってしまったが、世界のマスメディアが安倍首相のパフォーマンスをどう見ていたかがよく分かる。特に、世界には通用しないような特殊な統計を切り貼りして持ち出し、各国首脳の失笑を買ったことは、記憶しておく必要がある。「自国経済への不安を国民に訴える手段にG7を利用した」「あまりに芝居がかっている」とまで酷評されたのだ。
 安倍首相が国会審議で、自分に都合のいい統計や指標を持ち出して、「これだけ私の政権下では経済が良くなっているじゃありませんか。民主党政権下では出来なかったじゃありませんか!」と、口角泡を飛ばして喋りまくる様子は、国会中継を見たことのある人なら誰でも知っているだろう。
 統計の都合のいい部分だけを切り取ってまくし立てる手法、これも「安倍話法」の大きな特徴のひとつだ。安倍首相は、それをサミットという大舞台でやってしまったのだ。結果的に、世界に向けて大恥をかいたのだが、本人にその自覚はなさそうだ。それとも例によって、ウソで塗り固めたか。
 ロイター通信が5月30日に配信した記事に、こんなことが書いてあった。

(略)サミットにおける世界経済議論に関し、安倍首相は「私がリーマン・ショック前の状況に似ているとの認識を示したとの報道があるが、まったくの誤りである」と発言。「中国など新興国経済をめぐるいくつかの重要な指標で、リーマン・ショック以来の落ち込みを見せている事実を説明した」と述べたという。

 呆れてしまう。
 あれほどリーマン・ショックを強調しておきながら、批判されると「それは中国など新興国経済の指標」と他国のせいにする。とすると、英米仏独その他のマスメディアの記者たちは、すべて間違った報道をしたということか。
 ここまで開き直れるのは、もはや「安倍話法」も完成・完璧の域に達したというしかない。

 安倍首相は、オバマ大統領の広島訪問を最大限に利用して、サミットでの大失態をごまかしてしまった。日本のマスメディアは、うかうかとそれに乗せられ「サミットの政治利用」をほとんど批判しなかった。
 これが、今回の「サミット騒動の顛末」なのである。

 上の記事で、英BBCは皮肉たっぷりに「G7首脳を納得させられなかった。今度は(日本の)有権者が安倍氏に賛同するか見守ろう」と言っている。まさに、あんな首相の言い分を、日本の有権者たちはそのまま受け取ってしまうのですか? という問いかけである。
 そう、今度は、我々の番なのである。

 そろそろ「安倍話法」の欺瞞に別れを告げてもいいころだ。
 BBCの皮肉を押し返すためにも、今度の参院選で安倍自民党に一泡吹かせなければならない。

 

  

※コメントは承認制です。
77 サミットでも使った「安倍話法」」 に2件のコメント

  1. リーマンショックという比喩が、何でもかんでも北朝鮮と同じく。とってもダメなのはわかるんですが、他の先進国がそれを認めたがらない理由についても考えるべき。というのは、他の先進国は今、景気も多少上向いてきたので経済を正常な常態に早く戻したいと考えているわけですが、FRBの利上げ1つとってみても、それは外部の例えば中国とかブラジルとかの国に壊滅的な影響を与えかねないので、その責任を取りたくないから、あえて切り離して無視してるっていうのがあると思うんですね。その広報機関たる欧米のマスコミの論説をそのまま受け取っちゃダメですよ。まあ安倍政権叩きには使えるけど。

  2. 島 憲治 より:

    鈴木さん、いつも鋭い視点での寄稿文ありがとうございます。さて、 桝添都知事に対するバッシングが強まる一方だ。ところが、欺瞞に満ち溢れている「安倍話法」は、支持を広げているのだ。どちらもリーダーに相応しくない人物だと思うが、その違いはどこから生じるのだろうか。問われてことに向き合っているか否かの違いと見ている。安倍総理は「安倍話法」を用い向き合っているのだ。本人がそのことに自覚が無い分、有権者には向き合っているように見えるのだ。 だとすれば、いかにも情緒的ではないか。この情緒性が今夏の参議院選挙に雪崩こむとすれば怖い。明治維新、太平洋戦争敗戦、それに匹敵する今夏の参議院選挙。前二者に比べ自由な意思での選択だ。国民生活及び国際社会における日本の立ち位置、双方に大きな影響を及ぼす歴史的大一番である。主権者として、後世の人達の検証に耐えられる様主権を行使する積もりだ。                                                        

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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