風塵だより

 3月になった…。

 高濃度汚染水の漏洩トラブルがあったにもかかわらず、2月26日、高浜原発4号機がついに再稼働した。ボルトの緩みが汚染水漏れの原因で、それは解消できたから安全性に問題はないという。ボルトの緩みとはどう考えても人為ミスである。同じようなボルトの数はどれくらいあるのか、人為ミスはこれ以降絶対に起きないといえるのか。それらには何の答えもないままの、強引な再稼働だった。
 だが、それも束の間、今度は29日、再稼働したばかりの高浜4号機の原子炉が緊急停止。それも、安全性をPRしようとして関西電力が招き入れた大勢の報道陣の真ん前で警報音が鳴り響いたのだからなんとも皮肉。
 「報道ステーション」は、その時の様子を生々しく報じていた。慌てふためく関電社員たち。「今日はこれで終わりです。あとで説明しますから、出てください。部屋から出てください」と、必死に報道陣を追い出す運転員たち。「安全性のPR」どころか恥をさらしただけ。いや、逆に考えれば「危険性のPR」は完璧にできたということだ。

 2月24日、稼働から40年が過ぎる「老朽原発」の高浜1、2号機の再稼働に、原子力規制委員会は新基準適合というお墨付きを与えてしまった。言葉は悪いけれど“狂気の沙汰”としか思えない。4号機の相次ぐトラブルを、規制委員会はどう考えているのだろうか? この4号機の惨状を見ても、まだ新基準適合のお墨付きは取り消さないのか。
 取り消さないのであれば、規制委の立ち位置が分かる。

 先週のこのコラムでも書いたのだが、たった5年前、東京を含む日本の東半分は、住民全員が避難を余儀なくされる瀬戸際まで来ていたのだ。ほんの「偶然の幸運」によって、まさに「神のお情け」でかろうじて救われたようなものだった。
 少しだけ想像力を働かせてほしい。巨大都市東京周辺から、数千万人もの群衆が西へ逃げようとする光景を想像するのはおかしいだろうか?

〈東京から西へ向かう列車は超満員。乗車できない人たちが、他人を押しのけて乗り込もうとする。駅のホームは怒号と悲鳴で溢れる。乳飲み子を抱えた母親が、「この子だけは、なんとかこの子だけは…」と泣き叫ぶ。
 高速道路は大渋滞、ほとんど駐車場と化している。動かぬ車に苛立つ人たち。そこここで激しい口論が始まる。「トイレに行きたい!」と泣きわめく子どもに、途方に暮れる親たち。
 店頭からは、食料品がすべて消えている。もう飲料水さえ確保できない。疲れ果てて、コンビニの前に座り込む人たち。デパートやモールなど大型店は、早々と明かりを消す。暗い街。
 泣く気力さえ失って、母の腕の中で眠る幼児…。〉

 少しでも想像力があるならば、誰だってこの程度の光景を思い浮かべることくらいできるだろう。シリア難民の姿がかぶさる…。
 あなたやあなたの家族が、電車で車で徒歩で、あてもない逃避行を続ける…。5年前の、あの「原発爆発」の直後に、東京でも実際に起きかねなかった事態だった。いや、福島ではそれが現実だったのだ。

 今ごろ(2月24日)になって、東京電力は「判定基準があって、その基準に照らせば事故から3日後にはメルトダウンの判定が可能だったが、その基準があることに今まで気づかなかった。お詫びしたい」と、とんでもないことを言い出した。
 判定基準の存在に気づかなかったのだという。だから、メルトダウンを認めたのは5月に入ってからだったというのだ。こんな初歩的人為ミスを犯したために、どれほどの人が逃げ遅れ、不必要な放射能を浴びたことか。そんなミスをしでかした人たちが、そのまま再稼働を担当しようとしている。恐ろしい話ではないか。もし、これが意図的な隠蔽だったとしたら、もっと恐ろしいけれど…。

 東日本全域の総避難を、当時の政府首脳も高級官僚たちも、電力会社幹部や原子力専門家たちでさえ、一時は覚悟した。紛れもない事実だ。
 だが、現在の安倍政権には、この程度の想像力もないらしい。官僚たちは自己保身に汲々とする。財界の巨頭たちはカネの臭いには敏感だが、放射能にはとんと関心がない。原子力ムラの学者たちは、啓蟄(けいちつ)の虫のように、またぞろムズムズと動き出した。それらがあいまって、なし崩し的に原発再稼働は進んでいく。
 このところの原発を巡るニュースを見ていると、怒りを通り越して悲しい気持ちのほうが先に立つ。2016年1月に入ってからの報道を、ぼくのファイルからピックアップしてみよう。

◎1月4日:福島第一原発の地下水で、放射性物質の濃度が乱高下。遮水壁が昨年10月に完成したが、その後、遮水壁に地下水がせき止められて水位が上昇、地中の高濃度放射性物質に触れて汚染された可能性が指摘されている。だが、正確な原因は不明のまま。(東京1月5日)。

 その場しのぎの汚染水対策に巨費を投じてもこのありさまだ。

◎九州電力が川内原発(鹿児島)の免震重要棟の設置計画を撤回したことを、田中俊一原子力規制委員長が、6日の会見で「設置を前提として再稼働の許可を得ている。審査をクリアできればもういいのか」と不快感を表明。(東京7日)。 

 さすがの田中委員長も、ついにこう言わざるを得ない事態。

◎昨年12月にインドと原則合意した「日印原子力協定」を、政府は今年中に締結する方針だが、安倍首相は「万が一、インドが核実験を行うことがあれば協力は停止」と4日の国会で明言。しかし、いかなる形式でそれを担保したかは言えない」と外務省幹部は言っている。(朝日6日)。

 アベノミクスの矢のためには、あとのことはどうでもいい…のか。

◎原子力規制委は電力各社に対し「原発の新規制基準に違反してケーブルが敷設されていないかどうかを調査するように指示」した。これは、東電の柏崎刈羽原発(新潟)などで、違反のケーブルが見つかったことによるもの。原子炉の緊急停止などに必要な「安全系」のケーブルは、他のケーブルと分けて設置するように定めているが、柏崎刈羽6号機では中央制御室の床下で2種類のケーブルが混合して敷設されているという違反が昨年9月に発覚。同原発1~7号機では違反が1000本も発覚。同様の違反が、福島第2、浜岡4号機、志賀、東通、女川などでも見つかっている。(毎日6日夕刊)。

 何かを調べれば、必ずと言っていいほど「違反」が見つかる原発。

◎1月7日、廃炉作業中の浜岡原発2号機のタービン建屋で火災が発生。タービンの排気ファンの軸受け部分が火元。延焼はなく、放射能漏れもないという発表。(朝日7日)。

 「外部への影響はない」という決まり文句。

◎柏崎刈羽原発の再稼働について、新潟県の泉田裕彦知事は「規制委の審査を通ったとしても、再稼働に同意する前提とはならない」「規制委の審査は、安全確認のためという条件付きで申請を容認したもので再稼働とは関係ない。東電の広瀬社長は、審査は再稼働のためとは言っていない」と強調。(朝日8日)。

 泉田知事の意見は、ごく当たり前の論理だと思うのだが、東電はどう反論できるのだろう?

◎九州電力は玄海原発(佐賀)の免震重要棟についても「計画はまだ白紙」として、耐震性の「代替緊急時対策所」を整備し、その後「耐震支援棟」を建設することで代替する意向。規制委からさえ疑問視の声。(東京9日)。

 一度動かしてしまえば、もう誰の言うことも聞かない、という傲慢な電力会社の姿勢がそのまま表れている。規制委も舐められたものだ。

◎15日、参院予算委で林幹雄経済産業相は、2030年の電源構成に関し、原発の割合を20~22%にするという安倍政権の方針について「運転期間は40年後から最長20年延長できる。それを見込んだ数字だ」と説明。(東京16日)。

 「20年延長は例外中の例外」としていた民主党政権時代の説明を、一気に骨抜きにしてしまった。「例外中の例外」が、経産相の一言であっさり覆るというデタラメさ。

◎日本も加盟する国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は16日、世界のエネルギー消費に占める再生エネの割合を2030年までに倍増させれば、世界の国内総生産(GDP)を最大1.1%上昇できるとの試算を発表。(東京17日)。

 ほんとうの経済成長とは、こういうことではないか。

◎再稼働を申請している全国16原発26基の事故対策拠点「緊急対策所」のうち、7原発15基で免震構造での建設計画を撤回、耐震構造に変更したり再検討を進めていることが判明。監督官庁の原子力規制庁は「機能を失わなければ免震、耐震のどちらでもかまわない」と説明。(毎日19日)。

 九電の川内原発での「免震重要棟撤回」を受けてのことだろうが、なし崩しのウヤムヤ典型例。規制委は黙って認めるつもりなのか!

◎経営不振に陥っている東芝は、原発関連での損失を大きく計上。子会社の米原子力大手ウェスティングハウス(WH)関連の資産価値を引き下げて損失計上することに伴うもの。東芝は2006年にWHを買収したが、福島原発事故以後、原発の新規受注はできていない。15年末時点で、WH関連の「のれん代」は3441億円だが、原発発注できず1600億円の損失を計上。(毎日24日)。

 結局、原発事業が東芝の足を引っ張っている。原発は儲からないのだ。

◎プルサーマル関連交付金を、7件10市町村にこれまで計162億円を支給。佐賀県61億円、愛媛県60億5千万円、福井県24億8千万円、青森県7億円など。(東京24日)。

 核燃料サイクルが破綻しているにもかかわらず、プルトニウムを使わざるを得ないための措置。原発がいかに「カネ食い虫」なのかがよく分かる。

◎再稼働の関電の高浜原発3号機(福井)だが、事故時の広域避難先は、受け入れ計画策定ができているのは1割だけ。高浜原発30キロ圏は、福井、京都、滋賀の3府県12市町に及び、人口は約18万人。そのほとんどは事故時の避難先も未定のまま見切り発車。(朝日26日)。

 もし事故が起きた場合、避難者の命はどうする気なんだ。本気で腹が立つ強引さ。

◎26日に開かれた経産省の作業部会で、核廃棄物の最終処分場について「火山や活断層の近くや侵食、隆起が見られる場所を除いたうえで、港に近い沿岸部を、より適性の高い地域」とする意見が出た。原子力発電環境整備機構(NUMO)によれば「沿岸部や島に設けた入り口から斜めにトンネルを掘り、海底の処分場までつなぐ案」を提示したという。(朝日27日)。

 全国各地で、最終処分場を拒否される事態が続いているための、苦しまぎれの案ということ。

◎原子力規制委は29日、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働審査で、東電が示した地震の揺れの想定(基準地震動)を、1〜4号機が2300ガル(ガルは揺れの勢いを示す加速度の単位)、5~7号機が1209ガルで了承。福島事故原発と同じ沸騰水型炉。なお敷地内の活断層については、規制委が今後、現地調査するとしている。(朝日30日)

◎東電は、柏崎刈羽原発で安全上重要なケーブルが不適切に敷設されていた数は全7基で計2500本あったと報告。昨年の調査では中央制御室床下で1049本見つかったとしていたが、他の建物も調べた結果倍増したという。(朝日30日)。

 調べれば必ず新たな不具合が見つかる。原発とは、そんな脆弱なシステムなのか。

◎29日、高浜原発3号機が再稼働。川内原発プルサーマル発電(MOX燃料使用)としては初の再稼働。「使用済みMOX燃料の処分」のめどは立たないままの見切り発車。昨年4月の福井地裁による運転差し止め仮処分を、同年12月に福井地裁が仮処分を取り消して可能となった。(毎日30日)

◎福島県からの避難者は政府統計では、2016年1月14日現在、自主避難を含めて9万9千人。このうち県外避難は4万3千人。なお、ピーク時(12年5月)には16万4千人だった。(東京31日)。

 これは、判明しただけの数。実はもっと多いらしい。「原発棄民」と日野行介毎日新聞記者が名付けた…。

 長くなったので、とりあえず今回はここまでにする。2月以降の出来事については、次回にゆずる。
 悲しくて辛いニュースばかりが、一筋の光明もある。2月29日、ようやく東京電力の旧経営陣3人が強制起訴されたのだ。
 世界中を震撼させた事故を起こしながら、誰ひとりとして責任を取らない(問われない)日本という国を、これまで世界の目はどう見つめていただろう。安倍首相が言う「一億総活躍社会」どころか「一億総無責任社会」と、呆れていたのではないだろうか。そこに、やっと責任を問う場が開かれた。
 新しい事実を掘り起こして、原発の闇に光を当ててほしいと、心から願っている。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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