風塵だより

 どうにも納得のいかないことってあるね。

 最近のアメリカでの事件。
 11月27日、コロラド州のある医療施設で銃の乱射事件が発生、3人の死者と9人の負傷者が出たという。アメリカで後を絶たない銃乱射事件のひとつと思われそうだが、その裏には、どうも政治的動機があるらしい。
 この施設は「妊娠中絶」も行うのだが、アメリカでは根強い「中絶反対」の声があり、社会問題になっている。その中でも強硬に「胎児の命を守れ」と主張する団体や個人によって、中絶関連施設がたびたび襲撃されている。今回の事件も、そういう背景があるのではないかといわれている。
 だが、ここで何かおかしいと、ぼくは感じてしまう。
 中絶反対論者の主張は「胎児の生命を守れ」ということなのだが、中絶を阻止するために、それを行う医師や看護師の生命を狙う。胎児の命が尊いというのなら、医師や看護師の命だって大切なはずではないか…。
 これ、普通に考えておかしくないか? 

 こんな「普通に考えておかしい」ということが、このごろ世の中には多すぎるような気がするんだ。
 集団的自衛権も解釈改憲も自衛隊海外派遣も原発も沖縄も国会…も、普通に考えておかしいことだらけではないか。
 ざっと思いついたことを挙げてみよう。
 まずは、原発から。

◎東京オリンピック招致プレゼンテーションの場で「原発事故の状況はアンダー・コントロール」と世紀の大嘘を吐いた安倍晋三首相。メルトダウンしたデブリがどこにあるかも分からず、なおも汚染水漏れが続いている段階での発言だった。
 普通に考えて、これはすごくおかしかった。

◎福島県では、とくに子どもの甲状腺異常が激増している。11月30日に開かれた福島県の「県民健康調査」の検討委員会では、さすがに「増えている」こと自体は認めざるを得なくなった。
 事故当時18歳以下だった福島県の子どもたちを対象に行っている健康調査で、1巡目の甲状腺検査で「ガン」や「ガンの疑い」と診断されなかった子どものうち、2巡目の検査で新たに9人がガンと診断されたという。これで甲状腺ガンと特定されたのは115人になったという。
 しかし、それでもなお検討委員会の星北斗座長(福島県医師会副会長)は「チェルノブイリ事故と比べれば被曝線量は少なく、事故当時5歳以下だった子の発症がないことなどから、放射線の影響で起きたガンとは考えにくい」と、被曝との関連を否定した。
 その理由として「これまで大掛かりで精密な検査をしたことがなかったので、以前には見つからなかったようなものまで発見されるから、増加しているようにみえる」との説明を繰り返す。だが、これまでの数倍というのならともかく、数十倍~数百倍もの異常が見つかっているのだ。では、なぜこんなに増えているのかの説明をしてほしい。
 これ、普通に考えておかしいでしょ!

◎この福島県の健康調査は、なぜか「秘密会」で検討されることが多いという。きちんと情報公開して被災者の不安を払拭するためなら「秘密会」にする必要はないはず。
 普通に考えておかしいやり方です。

◎行政による原発事故被災者の「帰還推進」が始まっている。その目安となるのが、年間20ミリシーベルト以下という数値だ。だが、この20ミリシーベルトというのは、小出裕章先生も何度も指摘しているように、放射線を扱う特殊な仕事に従事している人たちの「放射線管理区域」を超える放射線量だという。そういう場所へ「除染が終わり、放射線量が下がったので帰還は可能」だと政府や行政が言うのだ。とにかく「事故終了」を言い、避難者への援助を打ち切るための帰還推進。
 普通に考えておかしい、というより危険なことではないか。

◎そんな状況下にある福島県で、福島第二原発を「条件が整えば再稼働の可能性も」と発言したのが、高木毅復興担当相。まあ、この人は、他にもさまざまな金銭トラブルやスキャンダルを抱えている問題人物だけれど、こんな人を復興担当相に任命するというのは、それほど自民党内に人材が払底しているということか。
 普通に考えて、論外だ。

◎世界中で頻発するテロが日本でも起きない保証はないが、日本の原発はその対策がまるで考慮されていない。再稼働した川内原発(鹿児島県、九州電力)では、テロを想定した場合の特定重大事故等対策施設(特重)の設置期限を先送りしてしまった。テロ対策なしでの再稼働だ。
 この特重施設とは、原子炉が攻撃を受けた際、冷却機能を維持するための最後の砦となるべき重要な施設であり、安倍首相らがやたらと口にする「世界でもっとも厳しい新規制基準」で設置を義務づけているものだ。それがなんと、設置先送りとなったのだ。「世界一厳しい規制基準」を、政府、電力会社、規制委員会がまるで三位一体で破ったことになる。
 11月18日の記者会見で、その点を問われた田中俊一原子力規制委員長は、「今回、パリでテロが起きたことなどから心配するのは分かるが、特重施設は対策を重層的にするもので、現状でも一定程度の対策はできている」と、ほとんど意味不明の釈明。「重層的」とは何か。いったい、どんな対策ができているのか、田中氏は具体的には説明できなかった。
 普通に考えて、まったくおかしい。

◎また、サイバーテロも予測されているが、原発はその対策がかなり脆弱だとも言われている。
 さらに最近、ウクライナで起きた送電線の爆破(?)によるクリミア半島の大停電。これは現役キャリア官僚が書いたとしてベストセラーになった小説『原発ホワイトアウト』(若杉冽、講談社)で描かれたテロを髣髴とさせる。こういう方法でも原発を標的にできるのだ。小説で描かれたテロの方法が、実際に使われたということかもしれない。
 テロ対策なしの原発再稼働。
 普通に考えれば、やはりおかしい。

◎高速増殖炉「もんじゅ」に、最近は政府寄りの姿勢が目立つ原子力規制委員会も、ついに最後通告を突きつけた。現在の運営主体は日本原子力研究開発機構という文科省所管の法人だが、その管理のあまりのずさんさに、規制委もさじを投げたかっこうだ。
 「もんじゅ」は、1995年のナトリウム爆発事故以来、運転停止。2010年、14年ぶりに試験運転を開始したが、すぐにクレーン脱落という重大事故を起こしてまたも停止、現在もそのままの状態である。その間も重要機器の点検漏れが1万点以上も見つかるなど、何度警告してもその体質は変わらなかった。もともとこの高速増殖炉自体が、世界各国ではすでに放棄したシステムで、現在は日本だけが固執しているに過ぎない。
 規制委は「運営主体を他に移すよう勧告」したが、代わりうる運営体などどこを探しても見当たらない。そんなことは、規制委だって百も承知の上での勧告だった。パフォーマンスを疑われても仕方ない。
 しかも、原発の元締めともいえる電気事業連合会(電事連)ですら、八木誠会長(関西電力社長)が「電力会社には高速増殖炉への技術的知見がないので運営は難しい」と拒否。結局「もんじゅ」は宙に浮いた状態になっている。
 普通に考えれば、廃炉しかない。

◎だが、「もんじゅ」を廃炉にできない原子力ムラの事情もある。
 もし「もんじゅ」がコケれば、日本の原発の根幹をなす「核燃料サイクル」そのものの破綻となる。そうなれば、原子力ムラの住人たちの利権のひとつが消えてしまうことになりかねない。
 使った以上のプルトニウムを生み出すことで自前のエネルギーを作りだせるという触れ込みの「夢の原子炉」だったはずが、「もんじゅ」をやめればプルトニウムの行き場所を失うのだから、核燃料サイクルを続けることはできなくなる。しかも、青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場と、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料加工工場について、運営体の日本原燃は11月16日、なんと22回目の完成延期を発表したのだ。もはや、いつ稼働できるかなど、それこそ「幻の工場」になりつつある。
 核兵器の原料となるプルトニウムが、いまや日本には5千発分も溢れかえっている。原発が再稼働すれば、行き場のないプルトニウムがますます溜まっていくばかりだ。世界中から「日本の核武装への危惧」が表明されるのも、こういう事情による。危険なプルトニウムをもうこれ以上増やしてはならない。
 普通に考えれば、「核燃サイクル」自体を、もうおしまいにしなければならない時期なのだ。

◎この「核燃サイクル」は、凄まじい「金食い虫」でもある。「もんじゅ」につぎ込まれた金はこれまでで1兆円を超えた。さらに、六ヶ所村の再処理工場は2兆3千億円を費やしても先が見えない。
 東京新聞(11月17日)は「核燃サイクル」にかかったコストを独自に調査した記事を掲載した。それによると「いずれ必要になる廃炉費用も考慮して集計した結果、少なくとも12兆円が費やされ、もんじゅが稼働していない現状でも、今後も毎年1600億円ずつ増えていくことが分かった」とされている。「もんじゅ」は、毎日5千万円の維持費を、停止中の現在も使い続けている。年間約200億円だ。いつ動くか分からないものに、他も含めて毎年1600億円もの金が消えていってしまうのだ。
 だが、政府は「ここでやめてしまっては、これまで投下した費用が無駄になってしまう。最後までやり通すのが政治の義務だ」として、「核燃サイクル」からの撤退を拒否している。これからも、膨大な国民の税金や電気料金をドブに捨てるというわけだ。だが、いま撤退すれば、ドブに捨てるカネは少なくて済む。どっちが得か、普通に考えればわかるはず。
 消費税の軽減税率(「据え置き税率」というべき)の財源や社会福祉、老人医療の費用など搾れるところからは際限なく搾り取って、こんなところへ金を使う。
 普通に考えれば愚の骨頂である。

 「普通に考えておかしいこと」…。
 むろん、原発問題だけではなく、文頭で指摘したように、さまざまなところで「おかしいこと」は露呈しているけれど、今回はここまでにしておこう。原発だけだって、まだまだたくさんの「おかしいこと」はあるけれど、あまりに長くなってしまう。
 ぼくらは、物事をもっと普通に考えていいと思う。
 そして、おかしいことがあったら、やっぱり「それはおかしい」と、声をあげ続けていくことが大切なのだ。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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