風塵だより

 先日、何気なく新聞を読んでいたら、投書欄でふと目がとまった。「いい投書だなあ」と思いつつ読んだ後で、投書者の名前を見たら、アレッ? なんだか知り合いに出会ったような気がしたのだ。
 それもそのはず、ぼくの弟のカミさん(義妹)と同じ名前じゃないか。住んでいる県も同じだし、年齢も確かこのくらいだったはず…。でも、彼女がこんな文章を書くなんて思ってもみなかったから、ちょっと驚いた。
 さっそく、電話してみた。

 「あらーっ、お兄さん、あれを読んでくれたんですか。きゃーっ、恥ずかしい!」と、やっぱり弟のカミさんだった。
 「あんないい文章を書くなんて、知らなかったよ。たいしたもんだね」
 「やだーっ、恥ずかしい! でもね、お兄さん。あたし、ほんとうに腹が立って仕方なかったの。だから、思うまんまを書いてみたの。それで、せっかく書いたんだからって、新聞社に送っちゃったんです。そしたら、思いがけず連絡があって…」
 「いやいや、心がこもっていて、とてもステキだったよ」
 「あたしね、安倍さんってとても許せない。だから、ホントは東京へ行ってあの国会前デモに参加したかったけど、そうもいかないから、怒りをぶつけちゃったんです」
 「それでいいんだよ。ぼくら夫婦が代わりに行ってきたからさ。でも、地方にはそういう人たちがいっぱいいるんだろうなあ…」
 「そう思うわ。教会でも、そんな話が最近はたくさん出るようになって。みんな、安倍さんにはとても怒っているみたいよ」
(ちなみに、弟夫婦は熱心なクリスチャンである)

 というわけで、以下、その投書全文を転載してみよう。

自衛隊に憧れた子を戦に送るな
 ここ宮城県でも、4年前の東日本大震災で沿岸部は壊滅的な被害を受け、多くの命が奪われた。自衛隊員の絶望的な状況での献身的な救助活動に私たちは心から感謝した。働きを目の当たりにして「将来は自衛隊に入り、困っている人を助けたい」と目を輝かせていた子どもたちが多くいた。
 国会での安全保障関連法案の審議を見ていると、法案の本質は米国を中心とした他国の戦争に自衛隊が参加することにほかならないと理解するに至った。
 イラク戦争では非戦闘地域での人道復興支援といわれたが、実情は緊迫した現場だったことが次第に明らかになっている。「人を助けたい」と自衛隊に憧れた子どもたちが入隊後、後方支援の名の下に他国との戦争に巻き込まれる可能性があると思うと心が痛んでならない。安倍政権は弾薬を消耗品だと言う。私は、自衛隊員の命も消耗品のように扱われるのではないかと不安になる。
 人助けと戦争は正反対だ。米議会で安保法制を夏までに成就すると述べ、拍手を浴びた安倍晋三首相に言いたい。あなたへの賛辞は、自衛隊員の生命を危険にさらすことと引き換えであるのだと。

 この投書、肩書は「主婦」となっていた。つまり、どこにでもいる「地方のおばちゃん」のひとりだ。実母を自宅で介護している、フツーの主婦なのである。しかし、ストレートにここに書きつけられた意見は、まさに真実をついていると、ぼくは思う。自衛隊の役割についての「人を助けること」という判断も、多くの人たちとの共通する思いではないか。
 そう、自衛隊は「戦争をする組織」ではなく「人を救助する組織」という認識だ。自衛隊の災害救助などでの活躍が、自衛隊のイメージをどれだけ優しいものにしてきたか。いま、それを壊そうとしているのは誰か?

 ぼくは、義妹と政治的なことや憲法についてだとか、これまで話したことはない。弟ともめったに会わないので、格別、そんな話をした記憶もない。だから、この投書を読んで驚いたのだ。
 彼女は「お父さん(弟のこと)とも、最近はよく話すのよ。安倍さんってイヤねえ、なんて…」
 ぼくら夫婦も含めて、いまや「フツーの人たち」が安保法制や戦争について熱心に語り始めた。安倍のおかげだ。これは、安倍がやったたったひとつの「いいこと」なのかもしれない。フツーの人たちが、安倍によって目覚めさせられたのだから。

 安倍自身は「国民の理解が、まだ十分に得られたとは言えないことは確かですが…」と認めている。同じように言う閣僚や自民党幹部もいる。しかし、この投書を読んでみれば、「国民は十分に理解している」ではないか。理解したからこそ反対しているのだ。それに気づいていないのは、もう「安倍一族」だけなのだ。
 安倍が目指す「集団的自衛権行使」が、弾薬の輸送などでズルズルと戦争へ引き込まれる。「法案の本質は米軍を中心とした他国の戦争に自衛隊が参加することにほかならない」と、フツーの主婦に喝破されている。安倍のヘリクツよりも、ずっと正しい。
 「集団的自衛権行使には『武力行使の新3要件』があるから、日本が簡単に戦争に巻き込まれることはない」と言うのが安倍の説明だった。昨年7月1日の閣議決定後の記者会見で、安倍は以下のように述べた。

 集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか、そうした抽象的、観念的な理論ではありません。現実に起こり得る事態において、国民の命と平和な暮らしを守るために現行憲法下で何をなすべきか、という議論であります。
 例えば、海外で突然紛争が発生、それから逃げようとする日本人を、同盟国であり能力を有する米国が救助、輸送している時、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではないが、しかしそれでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国を守る。それをできるようにするのが、今回の閣議決定であります。

 それを「米艦に日本人母子が救助されて乗っているところを、他国軍に攻撃される」という安っぽいイラストをもちいて説明した場面を、記憶している人も多いだろう。
 ところが9月2日の国会審議で、中谷防衛相はあっさりと、その安倍の説明をひっくり返してしまったのだから、もはや閣内不一致どころの騒ぎじゃない、ただもうメチャクチャ。中谷防衛相はこう述べた。

 米国艦艇による輸送の例において、邦人が乗っていないからといって、存立危機事態に該当することが決してない、というものではありません。

 なんじゃコレ? 質問していた民主党の大野元裕議員もあっけにとられた答弁だった。
 要するに、安倍の「米艦に乗っている邦人母子を守るために自衛隊が米艦を防護する」と説明がまったくのウソだったと、自分の部下に暴露されちまったというお粗末。座布団全部、引っ剥がしちゃえ!
 なにしろ、この「存立危機事態」ってのがアヤフヤの権化。政府説明の「武力行使の新3要件」に出てくる。こうだ。

(1)密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある(存立危機事態)(2)我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない (3)必要最小限度の実力行使にとどまる

 存立危機事態? この言葉自体が極めて不明瞭だが、中身だってなんとでも解釈できるテキトーさである。まさに、今回の安保法制そのものを象徴している曖昧な造語だ。
 しかも、安倍の懸命なヘリクツ説明の「国民の生命を守るための米艦防護」が、担当大臣にあっさり覆されてしまったわけだから、もう取り繕う方法もない。この内閣は、論理的には完全に崩壊している。
 こうなると、もう開き直るしか方法はなくなる。最近、異様な顔つきを見せ始めた高村正彦自民党副総裁が、とうとう言っちまった! 毎日新聞(9月7日付)。

自民党の高村正彦副総裁は6日、青森市内での講演で、安全保障関連法案に関し、国民の理解が得られなくても今国会中に成立させる方針を強調した。「国民のために必要だ。十分に理解が得られなくても、決めないといけない」と述べた。(略)

 ここまで来ると、もう「独裁政治」というしかないだろう。なにしろこれは、「国民の理解なんか知らねえよ、決めるのはオレッチだ」という乱暴な言い回しでしかない。
 高村氏、自分でも言いすぎたと思ったのか、すぐに「国民の理解を得られなければ次の選挙で政権を失う。それが民主的統制だ」と弁解じみたことを付け足した。だが、ほんとうにそう思うならば、国民の反対が強いこの法案を争点にして、解散総選挙を行うのが先だろう。民意を確かめた上で、法案の採決をするのが当然だ。この程度のリクツも理解できないか?
 どんな世論調査でも、安保法案に反対する声が賛成の倍ほどにもなっている。世論調査がすべて正しいとは思わないが、選挙結果こそが民主的だと強調するなら、なぜそれを先に行わないのか。
 高村氏、話の順序が逆なのだ。

 自民党総裁選への立候補を目指していた野田聖子氏は、立候補受付当日の9月8日朝、立候補の要件である20人の議員の推薦を得られなかったとして、ついに出馬断念を表明した。
 聞くところによると、野田氏の推薦人になるかもしれないと目された議員たちに対する官邸や安倍陣営からの恫喝まがいの締め付けは、凄まじいものだったという。所属派閥のボスからはもちろん、同期や先輩、後援会幹部、支援業界団体まで使って「安倍支持」を強要。それでも推薦するというのであれば、向こう3年間は一切の政府要職はもちろん、党の役職も諦めなければならないし、次の選挙では同じ選挙区に刺客を立てられかねない…。
 当初、なんとか20人は確保できるかも知れない、と読んでいた野田陣営は、この切り崩し工作でついに諦めざるを得なかった。
 これで、安倍の無投票総裁再選は決まった。

 政府は、沖縄県側との辺野古米軍新基地建設に関しての協議を、予定通り打ち切り。工事中断期限の9月10日を過ぎれば、すぐさま工事を開始するらしい。まさに「手のひら返し」とはこのことだろう。
 あの1カ月間の辺野古工事中止は、やはり安倍パフォーマンスに過ぎなかった。沖縄を支持率低下歯止めの駒に使っただけだったのだ。安倍官邸、やることが薄汚い。

 だが、安倍強権政治に対する反発は、多分、安倍官邸の読みを超えている。
 各地方から、今までにない動きが伝わってくる。8月30日の国会包囲に合わせて全国で繰り広げられたデモの数は、その後に分かっただけでも400カ所以上。1000カ所に及んだ、という報告もある。
 国会包囲の主催者が呼びかけた「全国100万人デモ」は、確実に達成されたようだ。その後も、勢いは衰えない。

 弟夫婦が住む宮城県では9月6日に3500人超の「反安保法制デモ」が行われたというし、同日の東京新宿には12000人もの人たちが集まって「反安保法制」を叫んだ。
 産経新聞や週刊新潮などを始めとして、懸命に「デモ参加者は少数」キャンペーンがなされているが、この全国へのデモの拡がりは尋常じゃない。産経新聞にだって地方支局はあるだろうから、記者が行って調べてみればいい。自分たちの記事が、いかにいい加減かが分かるだろうに。
 広島県庄原市や三次市、愛知県あま市、新潟県阿賀野市などでも自民党の県議や市議らが、この法案はおかしいと声を上げ始めた。
 さらに最近のデモで目立つのは創価学会の三色旗だ。学会員も、声を上げて署名活動を開始、すでに7000筆もの署名が集まり、それを山口那津男公明党代表に届けるのだという。
 こんな動きをできるだけ無視しようと、必死な連中もいる。朝日新聞(9月8日付)に、こんな記事。

「色々議論ある」谷垣幹事長
 自民党の谷垣禎一幹事長は7日の会見で、「色々な議論が党内でもあるだろう。しかし、それが燎原の火のごとく広がっている状況ではない。現在の安全保障環境の変化を丁寧に説明していく」と話した。

 それは認識が甘いよ、谷垣さん。
 すでに「燎原の火」は燃え盛っているのだ。自民党内は強烈な締め付けで「物言えば唇寒し」状態だろうが、フツーの人たちの間では、もう燎原の火どころじゃないんだよ。もしそれが信じられないなら、谷垣さんには「マガジン9」の「日本全国デモ情報」欄をご覧になるようお薦めする。その数の多さに目をひん剥き、「燎原の火」の意味をようやく理解するだろう。
 そして「丁寧に説明」すればするほど、火は燃え盛っていく…。
 自民党内だって、来年の参院選の候補者たちを中心に「このままでは選挙が戦えない」と、頭を抱え込んでいる連中がたくさんいる。

 デモや集会の数は増えこそすれ決して減ってなんかいない。いままでデモなどやったことも見たこともないという地方で、どんどん声が上がっているじゃないか。

 闘いはこれから、なのです。

 

  

※コメントは承認制です。
44 「燎原の火」は燃え広がっているか…」 に2件のコメント

  1. いつも「マガジン9」で勉強しています。

    今回の更新便り、その通りだと思います。
    国民の理解が進むから法案への反対が増えています。

    「丁寧に説明する」なら
    反対している場所に行って
    説明しろ!と思う。

    自信も確信もない「戦争をしたい」のではなく
    「戦争をさせたい」
    歴史上、最も嫌われ極悪なアベ政権へ!!。

  2. 高尾 弘 より:

    耕さんの弟さんの奥さんの投稿その通りだと思う。武力行使の新3要件ってのは見事そのまま今のアホの政権に当てはまるではないか。彼らの存在自体が、彼らのような考え方を持った人間の集団が政権の中心にいること自体がこの国の国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆す要因そのものであって、正にその(存立危機事態)やらを惹起しているのではないのかい?ぼくは一介のの開業医しかも3年前に60歳だった、団塊の世代の後続部隊にあたる年代なのでほとんどの政治屋が年下になります。僕の親父は中曽根と誕生日まで一緒で軍医だったので中国で捕虜になり何年間か中国にいたようです。あまり触れたくなかったのだと思います。自分たちのしたことに。接収した民家の子供達にお菓子をあげたりすることも軍規違反だったんだそうです。死んでいく若い兵隊もたくさん見たんだと思います。兎も角、あらゆる手段を持って再起不能になるまで徹底的にリンクに沈めてやろうではないですか。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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