風塵だより

 ぼくは1945年生まれだ。敗戦の年に生まれた。「歩く戦後史」などと自分では冗談めかして言っているが、要するに、戦後の日本とまったく同じ年数を生きてきたということだ。
 同年生まれに、佐高信さんや落合恵子さんたちがいる。最近、よくデモや集会でお会いする。そのたびごとに、つい愚痴を言い合う。
 「まさか、この歳になって『戦争反対』なんてマジメに言わざるを得なくなるなんて、思ってもみなかったね…」と。
 70年も生きてくれば、そりゃあ、さまざまなことがあったさ。
 朝鮮戦争、東西冷戦、キューバ危機、ソ連の核実験再開、60年安保、ベトナム戦争、ベトナム反戦と全共闘、アフガン戦争、天安門、ベルリンの壁、ソ連崩壊、湾岸戦争、イラク戦争…。数え上げればキリがないが、それでも日本は何とか火薬の臭いからは、身を退いてやってこられたんだ。
 「本当にいろんなことがあったけれど、日本が戦争に自ら加担しようとするなんてことを、政府が言い出す時代が来るとは…」
 落合さんの“怒髪”が、ますます逆立ってしまうわけだ。

 今、この国が、安倍首相らの言うような「存立危機事態」に近づいているとは思えない。憲法学者の大多数が「安保関連法案は違憲」と断言し、歴代の内閣法制局長官たちも国会で同様の意見を述べた。そんな中で、国会の会期を大幅延長してまで、強引にこの法案を成立させようとする安倍、どうもどこかタガが外れてしまっている。
 母方の祖父・岸信介元首相の悲願を実現することだけが、安倍の生きがいと化している。国民のことも、国際的信望も、自衛隊員の命も、海外で働く日本人も、国内でのテロの危険性の高まりも、とても熟慮しているとは思えない。ただただ、ノブスケじいちゃんの夢見た「改憲」だけが頭の中で渦を巻いているみたいだ。
 父方の祖父・安倍寛氏は、戦時中の大政翼賛会体制に反旗をひるがえして立候補。孤塁を守ったリベラル派の代議士だったという。だが孫の晋三氏は、この祖父についてはまったく言及しない。リベラル嫌いの骨がらみ極右になってしまった“不肖の孫”だ。

 それにしても、この「安保関連法案」、どこをとってもおかしなことばかり。首相や閣僚、さらには自民党幹部の言うことが、まるでバラバラ。突っ込まれると右往左往したあげく、撤回や修正、謝罪を繰り返す。法案の中身がひどいから答弁に一貫性がないのだが、そんなことはどうでもいいらしい。ただただ法案成立を目指す。
 素人が見たって破綻しているヘリクツを、ペラペラ述べ立てるだけの安倍首相と閣僚たち。多分、官僚たちがもうイヤになっていることだろう。閣僚(特に中谷防衛相)がシドロモドロで、せっかく教え込んだことと違う答弁を繰り返すんだから。

 もうひとつ与党にとって頭の痛い問題は、公明党だ。実は、ある世論調査で公明党内部が大揺れだという。共同通信社が6月20、21日に行った調査だが、安保関連法案への反対が、公明党支持者でも前回の5月調査と比較して、大幅に増えていることが判明したのだ。
 公明党支持者のうち、安保法案に賛成36.6%(前回53.9%) 反対47.2%(前回35.1%)という結果だ。たった1ヵ月の間に、公明党支持者の間で劇的な逆転変化が起きていたのだ。これには、公明党幹部も大慌て。与党協議で自民党へすり寄るだけだった北側一雄副代表に対する風当たりが強まっているという。
 しかも、安倍首相は政界引退を表明したばかりの橋下徹氏と懇談、この席で橋下氏の「国会への登場」をしきりに促したという。それが「公明党がガタガタいうなら、公明党を見限って橋下と手を組むぞ」という安倍の脅しだと受け取る公明党幹部もいて、それやこれやで大揺れ、というわけだ。
 
 さて、ではこのつぎはぎだらけの「ヘリクツ法案」のおかしさを、素人なりに考えてみる。分かりにくい話が多い中で、とても分かりやすい例が、安倍が固執する「ホルムズ海峡の機雷掃海への参加」である。
 これを集団的自衛権行使の理由とすることへの疑問を取り上げてみる。これしか具体的な事例を挙げることが出来ない安倍首相の苦しまぎれのヘリクツの破綻が、最もよく露呈している事例だ。

◎ホルムズ海峡の機雷除去に自衛隊派遣の理由

 ホルムズ海峡の機雷掃海作戦というのは、石油確保という「経済的理由」そのもの。これは「自由を守るため」でも「人道的立場から」でもなく、「経済的理由で戦争に加担する」ということを国際的に公言するに等しい。
 戦争を繰り返すアメリカだって、戦争開始にあたっては「人道的介入」とか「抑圧からの解放」「自由主義の擁護」「虐殺の抑止」「テロとの戦い」などと、一応のリクツは唱える。戦争への言い訳を、それなりの「思想」でくるんでカッコをつけるのだ。
 しかし、安倍の「ホルムズ海峡」には、そんな「言い訳の思想」すらない。経済優先の、つまり「思想なき戦争」だ。これは、国際的にもまことに恥ずかしいことではないか。

◎ホルムズ海峡封鎖で、寒冷地では凍死者も出る?

 高村正彦自民党副総裁は、ホルムズ海峡の機雷掃海について「原油がまったく来なくなって国内で灯油もなくなり寒冷地で凍死者が続出するというのは、国民の権利が根底から覆される状況」と説明(3日NHK)した。だが、果たしてそんなことが起こるのか。
 現在、日本の石油備蓄は全国10カ所の国家石油備蓄基地と民間石油会社からの借り上げタンクで約4,782万kl、民間石油会社の備蓄約3,288万kl。合計8,070万kl。これは、日本の消費量の約200日分。万が一、石油輸入が途絶えても、優に半年以上はもつ。
 こういう現状を知りながら「国内で灯油がなくなり凍死者が続出する状況」などというのは、たちの悪い脅しでしかない。

◎原発停止で原油輸入量が増大?

 原発停止による火力発電用の石油需要の増大ということがしきりに言われているが、2011年以降、実際には日本の原油需要はほとんど横這い。低燃費車の普及でのガソリン需要の低下、節電技術や節電意識の増大での電力需要の低下もあり、今後も原油輸入量が増えるとは考えられない。ホルムズ海峡云々の議論の怪しさが、ここに現れている。

◎石油輸入量は逆に減っている

 貿易統計では、日本の昨年5月の原油輸入量は、前年比19%減の、日量274万バレル。原油輸入量が日量300万バレルを割ったのは、実に1969年以来のことだという。この傾向は今年に入っても変わらない。

◎ホルムズ海峡の「環境は悪化」しているのか?

 安倍はしきりに「安全保障環境の変化」を強調するが、イランが海峡封鎖という挙に出る、などということはまったく考えられない。
 軍事ジャーナリストの田岡俊次さんは、次のように指摘する。
 「アメリカとイランの関係改善が進む中、イランが海峡封鎖しなければならない理由は何ら見当たらない。イランは石油を輸出したいのだし、自らの不利益になるようなことをなぜするのか。環境の変化というなら、むしろ改善されつつあるのが現状」と、デモクラTVで強調していた。

◎ホルムズ海峡以外に石油輸送ルートが…

 朝日新聞(21日)に、興味深い記事が載っていた。
 「ホルムズ 恵みの海峡」「イランも依存『封鎖は非現実的』」という記事。つまり、田岡さんの解説と同様、イランにとってもホルムズ海峡が大切なルートであり、海峡封鎖などするわけがない、ということだ。
 しかも、もうひとつ「ホルムズ回避 進む備え」との記事。これは、産油国のサウジアラビアやUAEが、ホルムズ海峡を通らずに原油積み出しができるように、パイプラインを海峡の南のオマーン側や西の紅海へ敷設、ホルムズ海峡を回避できる形を造りつつあるというのだ。
 ホルムズ海峡での機雷敷設やその除去などが、ほとんど意味をなさなくなっている現状が分かるだろう。
 安倍が挙げることのできたたったひとつの「集団的自衛権行使の事例」が、こうして泡のように消えてしまった。それでもなお「ホルムズ海峡」にしがみつくみっともなさ。

◎自衛隊の途中撤退は可能なのか?

 紛争中(戦争中)の「機雷掃海」というのは、誰もが認めるように「戦闘行為」の一環である。安倍首相は、集団的自衛権行使の場面でも、「もし、戦闘に巻き込まれそうになったら中止、撤退する」と繰り返し強調している。
 ヤバクなったら、クルリと部隊を反転させて撤退する? もしそんなことをしたら、日本は世界中の物笑いの種になるだろう。

◎後方支援と兵站の違いは?

 これを安倍ははっきりと説明できない。兵站線を突くのは戦闘の常識。むしろ、後方支援のほうが危険だと、田岡さんなどもしきりに指摘している。しかし、安倍はこういう具体的な指摘には一切答えない。いや、答えることができない、というほうが当たっているのだろうけれど…。

◎歴代内閣法制局長官たちの証言

 22日の衆院特別委員会での元法制局長官たちの意見は、さらに厳しいものだった。

阪田雅裕氏
 ホルムズ海峡の機雷封鎖、これなどどう考えても、我が国の存在を脅かし、権利を根底から覆すというような事態に至りようがないと思います。総理は機雷除去が受動的、限定的だからいいのではないか、といった趣旨の説明をされていると思いますけれども、中東有事にまで集団的自衛権の出番があるということだといたしますと、これは限定的でも何でもない。もし、そうだとすると、これは到底、従来の政府解釈の基本的な議論の枠内である、とは言えなくなります。

宮崎礼壹氏
 今や、集団的自衛権行使が9条の下では認められない、ということは、我が国においては確立した憲法解釈であると考えるべきであります。政府自身がこれを覆す内容の法案を国会に提出するということは、法的安定性を自ら破壊するものと言わなければなりません。(略)これはいわば、黒を白と言いくるめる類いとしか言えません。

 「法の番人」と言われる歴代の内閣法制局長官たちが「黒を白と言いくるめる類い」とまで、安保法制を痛烈批判したのだ。それでも安倍は平気なのか。彼の神経を疑う。
 また、彼らの後輩にあたる現在の横畠裕介法制局長官は、さぞかし耳が痛いだろう。いや、「この法案はフグのようなもの」などという、わけの分からぬぶっ飛び答弁でごまかしにかかる人だから、安倍同様、フグの毒で神経回路が麻痺しているのかもしれない。

 「ホルムズ海峡での機雷掃海」についてだけでも、こんなにおかしなことばかり。まるで、ありえないものをある、と強弁する駄々っ子のような「安倍国会答弁集」である。
 いまや「安倍話法」が、一般用語として通用するようになってきた。これが褒め言葉ではないことは、むろん、言うまでもない。

 さすがに多くの人たちが、この安倍答弁の曖昧さ、デタラメさ、適当さ、いい加減さ、そして何より、その危なさに気づき始めた。
 連日のように、国会周辺ではデモや集会が行われている。国会周辺だけではない。札幌でも京都でも大阪でも名古屋でも神戸でも、そのほか多くの町や場所で、もう黙ってはいられないと「安倍NO!」の声を挙げ始めた。
 ことに、学生たち若者を中心にした「SEALDs」という団体が主催するデモや集会には、これまであまり顔を見ることのなかった世代が、数多く登場している。
 憲法学者は言うに及ばず、あらゆる分野の学者・研究者が数千名単位で「安保法制反対」の表明をした。歴代の内閣法制局長官たちも「安保法制は違憲」との意見を陳述したし、演劇などの表現者たちもしかり。小説家や評論家、ミュージシャンなどの声も大きくなりだした。

 各マスメディアの調査でも、安倍内閣の支持率は、このところかなりの急降下である。共同通信もNNNも朝日新聞も、読売新聞でさえ、それを示している。ことに、朝日調査では、女性の支持率が急落。支持34%(前回42%)、不支持37%(前回31%)と、ついに不支持が支持を上回った。
 「戦争」という文字が具体性を帯び始めたことに、女性たちが猛反発し始めたのだろう。女が立ち上がれば、やがて男もつられるだろう。

 この法案が潰れるまで、ぼくは小さな声を上げ続けようと思う。

 

  

※コメントは承認制です。
35 ヘリクツ崩壊の安倍法案」 に4件のコメント

  1. 島 憲治 より:

     「安倍家内閣」「立憲主義破壊内閣」を倒すしかない。7 月10日(金)国会周辺デモに参加するため一泊二日の予定で上京します。シニア、かつデモ参加の経験のない私ですが、皆さんの奮闘ぶりをしっかり自分の目で確認、頭に焼き付けておきたいと思います。初参加の人に参加の心得などがありましたらアドバイスお願いします。

  2. 鈴木耕 より:

    遠くから上京してデモに参加する…という人が増えています。それだけ、黙っていられなくなっている人が多いのだと思います。ぼくも、時間が許す限り参加しています。ひとりの人間として、この「危険法案」に反対する、それだけの意志表示です。いちばんいいのは、ゆっくりと国会の周りを一周、歩いてみることです。いろんな方たちが、いろんな方法で訴えています。そのひとり一人と「こんにちは」と挨拶しながら歩くのです。ここに来もしないで「人数は水増しだ」などと罵声を浴びせる人もいますが、だいたいの人数を数えながら歩いてみれば、どれくらいの人が参加しているか実感できます。それも、楽しいです。

  3. L より:

     島 憲治さまへ
     こんにちは。周辺を一周すると、警察の規制についても感じ入ることができるでしょう。議員会館前はマシですが、憲政会館から正門側は車もあまり通らないのをいいことに相当ひどいです。横断歩道を渡らせないだけでなく、Km単位で大回りさせます。もちろん、納得できる説明はありません。というか、説明できる理由なんてない。このへんは夜は暗いです。 国会の周りを1週すれば、この国で主人が誰なのかがよくわかります。もし、いい思い出だけ残したいなら、早めに行って衆院第2議員会館か参院議員会館前で抗議するのが良いでしょう。ちなみに、衆院第1議員会館前は規制して入れさせないのが普通です。ここは自民党が多いかららしい。

  4. 島 憲治 より:

    鈴木さん。Lさん。アドバイスありがとうございます。            本日、東北地区盲学校弁論大会(会場・青森市)を拝聴してきました。生まれつき、あるいは途中失明した人達です。弁論の内容といえ、語る姿といえ、魂を揺さぶるものばかりでした。生きる姿が真剣勝負そのものものでした。      7月10日(金)デモに参加、国民主権ならぬ国会議員主権の事態をしっかりと見ておきたいと思います。詳細に亘るアドバイスありがとうございました。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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