風塵だより

 唐突な、降って湧いたような解散総選挙である。どう考えても、大義も意義も理由もヘリクツさえもない、デタラメな安倍首相の身勝手な解散だ。ワケが分からない。
 当初、安倍首相は「消費税の引き上げを先送りするが、それについて国民の信を問う」と言っていた。ところがこれが批判を浴びた。
 2012年8月の「社会保障の安定的財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」について、国税庁のHPの「消費税法改正のお知らせ」には、次のような附記がある。

 経済財政状況の激変にも柔軟に対応する観点から、消費税率引き上げの前に、経済状況等を総合的に勘案した上で、消費税率の引き上げの停止を含め所要の措置を講ずることとされています。

 つまり、消費税率10%への引き上げについては、その時点で景気が悪ければ「税率引き上げ停止」も可能なのだ。だから、税率引き上げは法律にしたがって、引き上げ時期とされていた2015年10月時点で判断すればいい。いまは2014年11月である。現時点で、それを解散の理由にする必要など、まったくない。
 そう批判されると安倍首相、今度は「アベノミクス是か非かについて、国民の信を問う」と言い始めた。解散の理由が、こんなに簡単に変えられるものか。どこかおかしい。というより、まことにテキトーなのだ。高田純次さんだって呆れちまうだろう。
 冒頭に書いたように、ヘリクツさえつかない解散だ。
 いろんな方が「○○解散」と、今回の解散に名付けようとしている。ぼくもそれにならって考えた。いろいろあるけれど、結局のところ、こんな長い命名に落ち着いた。
 「今やれば多少議席は減らしても何とか勝てると考えた安倍の身勝手解散」
 これ以外に考えられない。党利党略というより、まったく自分のことしか考えていない最悪の“ジコチュウ総選挙”だと思う。

 しかも、安倍首相の「国民の信を問う」という言葉が本心であるわけがない。もし本心なら、沖縄知事選の結果をなぜ尊重しないのか。
 11月16日の沖縄知事選は、まさに「アメリカ軍の辺野古新基地建設の是非について、沖縄県民の信を問う」選挙だった。各メディアの世論調査でも、今回の県知事選の「最大の争点は辺野古基地問題」という結果が出ていた。そして知事選では、基地建設絶対反対を掲げた翁長雄志さんが、基地建設推進の仲井真弘多さんに10万票もの差をつけて圧勝した。これが「県民に信を問うた」結果だったではないか。
 ところが県知事選の直後から、辺野古では強引な建設準備作業が始まった。機動隊や海上保安庁を大量動員して、反対する人たちの強制排除に乗り出したのだ。
 「民意を守れ!」と叫ぶ人たちを、キャンプシュワブ・ゲート前から力ずくで引きずり出す。海上では、反対派のカヌーに海上保安庁職員が体当たりまでして引っくり返す。この強制排除では、反対運動の象徴のような85歳の島袋文子おばぁが転倒、怪我をさせられて病院に運ばれるという事態まで起きてしまったのだ。
 これが、安倍の言う「国民の信を問うた」結果なのだ。いかに安倍首相の言うことが真っ赤なウソか、この一点を見ただけでもよく分かる。

 この強引なやり方が、総選挙への影響を考えてか、とりあえず現状では少し柔軟になっている。
 その事情はこうだ。
 沖縄では、自民党の4人の衆院議員が先の選挙では、すべて「普天間飛行場の、最低でも県外移設」を唱えて当選した。ところが石破茂自民党幹事長(当時)の“恫喝”によって「普天間の辺野古移設を容認」させられるという“事件”があった(2013年11月25日)。
 この時、この4人と1人の参院議員の5名が、石破幹事長の前に並ばされて首うなだれている光景は、沖縄のメディアで大きく報じられた。それは沖縄県民に「現代の琉球処分という屈辱」として、深く刻み込まれたのだ。その怒りは収まってはいない。
 その4人が、今回、また立候補する。その際「公約違反」との批判を浴びるのは間違いない。批判を少しでも和らげるために、衆院選が終わるまでは辺野古での強引な作業は控えよう…ということだ。
 いずれにしろ、姑息なやり方だ。選挙が終われば、いまよりももっと強圧的に、凄まじい弾圧を始めるのだろう。

 この例からも分かるように、安倍首相には、民意を尊重する気などサラサラない。
 原発再稼働にしても、集団的自衛権にしても、特定秘密保護法にしても、どんな調査でも反対のほうが賛成を上回っている。
 「そんなのカンケーねえ!」というギャグは、沖縄出身の小島よしおくんのものだったけれど、安倍首相はいつからか小島くんのギャグを横取りしてしまったようだ。「原発も集団的自衛権も秘密保護法も、そんなのカンケーねえ!」なのだから。

 首相が首相なら、自民党の方々のひどさもソートーなものだ。
 自民党沖縄振興調査会長という肩書の猪口邦子参院議員が、毎日新聞(11月21付)のコラムで、次のように書いていた。

 (略)翁長雄志氏は辺野古の埋め立て承認の撤回も検討すると述べたが、沖縄県と政府がこれまで積み上げた内容や、どうすれば普天間の危険性を早期に除去できるかにもぜひ考えを寄せていただきたい。(略)
 普天間を県外、国外に移設すれば、米国は到底対応できない負担を負うことになる。それは同盟国としての信義に関わる問題だ。(略)

 これが元上智大学教授の政治学者で、現在はれっきとした政治家として沖縄振興の自民党の責任者のひとりでもある猪口氏の主張である。
 沖縄県民は名護市長選、名護市議選に続いて沖縄県知事選でも「辺野古基地建設NO!」の民意を示した。日本の国土のたった0.6%の面積に、在日米軍基地の74%が集中するという沖縄県。それに対する県民の怒りや訴えに対し、猪口氏は「対案を出せ」と突っぱねている。
 そこまで言うのなら、沖縄県知事に米軍及び米政府と直接交渉できる権限を与えるべきではないか。沖縄県知事や名護市長がアメリカへ行き、現状を訴え、基地撤廃への道筋を探ることに、日本政府が手を貸せばいい。実は、これまでにもたくさんの「対案」を、沖縄県側は示してきている。それにまったく耳を傾けなかったのは、米側というよりむしろ日本政府だったのだ。
 すべて中央政府が決定しておいて、地方の言い分は無視する。沖縄県に「対案を出せ」というのがいかに傲慢か、元学者としても現政治家としても、猪口邦子氏は考えたこともないのだろう。
 基地被害に苦しむ住民たちに「対案がなければこのままで」と言うのか。本来なら、住民に寄り添った対案を考えるのが中央政府の政治家たちの役割ではないか。住民の痛みを軽減するために何ができるかを考えるのが政治家だろう。それをしないのなら、政治家である資格はない。
 レイモンド・チャンドラーの言うように「優しくなければ生きている資格がない」のだ。
 さらに「米国は到底対応できない負担を負うことになる」と主張するに至っては、「アンタはほんとうに日本の政治家か?」と、猪口氏を問いただしたくなる。苦しむ住民たちより、アメリカの意向のほうが大事なのか。「国民は、国家のやり方に口を差し挟むな!」と恫喝しているに等しい。
 自国の国民よりもアメリカの意向を優先する。“愛国心”というなら、これほどそれに欠けた議員も珍しい。
 アメリカとどう向き合い、どう話し合って住民の苦しみを取り除くかが、政治家の役割だとは思わないのだろうか。
 かつて、アメリカのラムズフェルド国防長官は「住民が歓迎していないところに新たな基地は造らない」と議会で証言した。もし、沖縄県知事らが「民意としての新基地建設反対」をアメリカ議会で訴えたらどうなるだろう。よっぽど日本政府よりも耳を傾けてくれるのではないか、と語る沖縄のジャーナリストもいる。

 ともあれ“安倍の身勝手解散”はやられちまった。国会では、議員たちが解散と同時に「バンザーイ!」を叫ぶ。みっともないったらありゃしない。なにがバンザイか。バンザイできるほどの仕事をしたのか、オマエたちは! と皮肉のひとつも飛ばしたくなる。
 国民をほっぽり出して、財政難を言いながら、700億円ものカネをドブに捨てる。正直なところ、ぼくは今回の選挙には大反対だ。

 安倍首相の腹は見えている。
 まだ支持率が高いうちに、しかも野党が脆弱で選挙態勢も整わないうちに解散に打って出れば、多少は与党の議席は減るかもしれないが、それでも過半数は維持できるだろう。そうすれば、あと4年間は衆院解散をせず、長期政権でやりたい放題ができる。争点はウヤムヤにできそうだし、原発再稼働も集団的自衛権も秘密保護法もTPPも、いずれは改憲だって、過半数さえ維持できれば「民意は得た」と言えるのだから、やれる…。
 まあ、こういったところが安倍首相の本音だろうと思う。多分、この推察は間違っていない。

 こんなワケの分からない解散を許してしまったことに、ぼくはほんとうに腹を立てている。
 この選挙には大反対だ。
 しかしそれでも選挙は行われる。ぼくは、唇をかみしめながら、歯ぎしりをしながら、仕方なしに投票へは行く。なんとか“安倍デタラメ解散”に一泡吹かせたいから。

 

  

※コメントは承認制です。
7 この選挙には大反対だけれど…」 に1件のコメント

  1. とろ より:

    沖縄県知事に米軍及び米政府と直接交渉できる権限を与えるべきではないか・・・。

    んな無茶な。一地方自治体の長の考えで,国と国同士,ましてや国防に関する決定をちゃぶ台返しできるようになったら政治にならないでしょう。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

最新10title : 風塵だより

Featuring Top 10/114 of 風塵だより

マガ9のコンテンツ

カテゴリー