風塵だより

 すごい歓声と指笛、涙で抱き合う人たち……。
 翁長雄志さんの記者会見場は、古い表現だけれど、興奮の坩堝だった。11月16日の夜8時のことである。
 ぼくたちふたりだけの「デモクラTV」取材班も、このとき、その渦の中にいた。

 100坪以上はありそうな、かなり広い仮設の記者会見場は、30分以上も前から、報道陣と支援者で溢れかえっていた。報道陣の数だけで200人は超えていたらしいというから、その熱気も分かるだろう。
 つまり、誰もが「翁長当選」を信じて疑わなかったということだ。
 地元メディアはもとより、東京や大阪からやって来た大手メディアも勢揃いしていたし、ぼくでも顔を知っているような著名ジャーナリストも詰めかけていた。テレビ朝日「モーニングバード!」の「そもそも総研」で切り口鋭い調査報道を連発している玉川徹さんの顔も見えた。
 この日の午前中に、我々は辺野古の浜にいたのだが、ここでかなり大がかりなロケ準備をしているクルーを見かけた。それが、古舘伊知郎さんの「報道ステーション」の放送準備だったということは、後で知った。
 こんなに大きな注目を集めたのは、一地方の知事選とはいえ、それだけこの国の進み行きに大きな影響を与える審判だと、多くの人たちが認識していたということだろう。

 ぼくは金曜日(14日)に那覇に入り、沖縄タイムス記者や他の現地の知人から情勢を聞いたりしていたのだが、ほとんどが「翁長勝利は揺るがない」との答えだった。
 こんなことも聞いた。「もう『ゼロ打ち』ができるかどうかという一点のみが焦点ですね…」
 「ゼロ打ち」というのは「開票率ゼロの段階で『当選確実』を打つ」という意味。事前の情勢分析や期日前投票の動向、投票日の出口調査などを総合的に判断した結果、当選が間違いないと思われれば、開票率ゼロでも当選確実を速報する。それが「ゼロ打ち」である。その点のみが焦点ということは、事前予測で、すでに「翁長圧勝」が確実視されていたということだ。
 投票時間終了の午後8時ぴったりに、テレビが「翁長当確」のテロップを流した。
 会見場の司会者が、事前にこんなことを言っていた。
 「当確が一回出ただけでは万歳しないでくださいね。拍手だけにしてくださいね。ほかのテレビ局で2回目の当確が出たら、初めて万歳しましょうね!」
 もはや、余裕である。それほどまでに、沖縄の圧倒的な民意の流れが明らかだったのだ。新米軍基地建設へのNO!
 待ちきれない人たちから盛大な拍手が湧いたが、それが巨大な「バンザーイッ!」に変わるのに、30秒もかからなかった。あとはもう歓声と涙と拍手と指笛とカチャーシー…。会場に入りきれない人々は、外のテントからも溢れていて、そこかしこで抱き合っている。
 さまざまな選挙戦の様子をテレビなどで観てきたが、こんな凄まじい歓喜に溢れた光景は初めて見た。

 その前日(15日)午後8時、ぼくらは沖縄タイムス社の会議室をお借りして、「デモクラTV沖・沖縄事選特別番組」を生放送した。
 沖縄に移住してもう10年が過ぎたという元「噂の真相」編集長の岡留安則さん、沖縄タイムス政経副部長の与那原良彦さん、そしてルポライターの鎌田慧さんという豪華メンバーに、ぼくが意見を聞くという1時間番組(デモクラTV・アーカイブで視聴できるので、お時間があればぜひ)を作ったのだ。
 選挙戦最終日の15日夜、沖縄県庁前広場は、なんと7500人を超える大群衆で埋め尽くされていた。翁長候補の最後の訴えに集まった人たちだ。実は、その場所で、ぼくはばったり鎌田さんにお会いしたのだ。そこで「ラッキー!」とばかりに鎌田さんを拉致、急遽、生放送への出演を強引にお願いしてしまったというわけだ。
 ということで、緊急放送にしては豪華な顔ぶれがそろった。
 鎌田さん、岡留さん、与那原さん、この場を借りて、ありがとうございました!

 沖縄取材3泊4日、レンタカーで本島中を走り回った。どこへ行っても「オナガ」と書かれたのぼり旗が目についた。むろん「ナカイマ」の旗もあったけれど、圧倒的に「オナガ」が多かった。
 ほとんどがボランティアだという。各地に自然発生的にできたボランティア組織が独自に活動した結果で、特に那覇市内では、街角ごとにグリーン(翁長カラー)の鉢巻きをした人たちが3人一組といったスタイルで訴えていたのが目についた。

 決着がついた後、ぼくらはホテルの近所の店で、ふたりだけの「打ち上げ」をした。アグー豚を食べた。うまかったぁ!
 この店では、店主と常連らしいお客さんが、オリオンビールを飲みながらテレビを見ていた。選挙特番だった。それを楽しそうに見ていたのだから、多分、翁長支持だったのだろう。もし仲井真支持だったら、あんなに楽しそうに見ているはずがない。酒場でも、翁長圧勝…。

 翁長雄志  360,820票
 仲井真弘多 261,076票
 下地幹郎   69,447票
 喜納昌吉   7,821票

 これが最終結果である。ほぼ10万票の差、まさに圧勝である。これはもはや「民意」以外の何物でもない。自公民相乗り候補vs.共産党候補という地方首長選挙にありがちな構図以外で10万票もの差がつくというのは、きわめて珍しい結果なのだ。
 しかも、同時に行われた那覇市長選挙でも、翁長後継で反基地を訴えた城間幹子さんが、自公推薦の与世田兼稔さんを、10万対5万7千のほぼダブルスコアで下すという、これも圧勝。
 
 ある意味で、今回の沖縄の選挙は、従来の考え方を根底から揺るがす「枠組みの大変換」と言えるものだったと思う。
 つまり、ある特定の問題について(今回の場合は辺野古新基地建設反対)、従来の保守革新の枠を越えた新しい連携のかたちを示したものといえる。なにしろ、あの共産党でさえ「一部の腹のすり合わせ」が成立すれば、保守系の人たちとも十分に共闘できるということを示したのだから。
 右派の論客(?)といわれる桜井よしこさんが沖縄へ入り、「あの共産党が相乗りするような候補」と翁長さんを罵倒し、さらには「名護市では共産党員を市の幹部に登用」などとデマまがいの演説までして、保守革新の分断を図ったのだが、それはまったく通用しなかった。
 沖縄の人たちは、もはやそんな枠を軽々と飛び越えていたのかもしれない。それが、翁長陣営がしきりに訴えていた「オール沖縄の闘い」ということの真の意味だと思う。

 突然、降って湧いたような「解散総選挙」である。安倍首相はしきりに「国民の信を問う」と大見得を切るのだが、いったい何の「信を問う」のかさっぱり分からない。
 沖縄では「解散総選挙は、沖縄知事選の自民惨敗の衝撃をやわらげ、辺野古での新米軍基地建設を強引に進めるための目眩ましではないか」との観測が強まっている。
 確かにここまで明確に「民意」が示されると、いかに極右政権といえども、そう簡単に無視はできまい。なんとなく他へ目を転じさせてウヤムヤにしてしまおう、国民の目から逸らしてしまおう、という自民党お得意の“猫ダマシ作戦”に打って出たのではないか。そのためには700億円もの税金の無駄遣いも辞せず、という姑息な手段…というのは穿ちすぎか?

 翁長当選の喜びに沸いた辺野古では、それでも座り込みが続いている。座り込みのテント村で、みんなに可愛がられているという野良猫が、大きなあくびをしながら、一緒に座り込みをしていた。
 負けないな、これは。
 ぼくは、そう思いながらレンタカーに乗り込んだ。

19_fujin

辺野古の座り込みテント村のアイドル野良猫、みんなと一緒に座り込み中です。

 

  

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6 沖縄知事選の衝撃!
解散総選挙という安倍首相の“猫ダマシ作戦”
」 に1件のコメント

  1. 島 憲治 より:

    法案審議の資格がない違憲状態の国会。行政の追認傾向を強める最高裁判所。 安倍氏の政権運営を見て権力者の凄さを知る。同時に強い義憤を覚える。
      集団自衛権閣議決定。憲法を法律で解釈変更するという反則技。その一方で、「法の支配」を説く厚顔無恥。国民の信を問うべき時には信を問わず。予算不足何処吹く風の外国訪問。戦争被害者である中国、韓国に胸襟を開けない小心。慰安婦問題でさらけ出す人権意識の薄弱さ。主権国家を強調する割にはアメリカ追随外交。戦前回顧に浸る自己中。どれもこれも国際標準を充たさないものばかりだ。                          一方の有権者。これらの現状を批判の対象にすると批判者が攻撃の対象にされるという、いじめに似た社会構造。「思考停止」状態の国民が拡散するばかりだ。その結果、全体主義の生活を想像することも、民主主義を破壊する力が潜んでいることに気づくこともできないのかも知れない。                この悪循環が安倍政権を支えていると見る。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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