小石勝朗「法浪記」

とかく、「難しい、とっつきにくい」と思われている「法」。だから専門家に任せておけばいいと思われている「法」。しかし私たちの生活や社会のルールを決めているのもまた「法」なのです。全てを網羅することはとてもできませんが、私たちの生活や社会問題に関わっている重大な「法」について、わかりやすく解説してもらうコーナーです。今あるものだけなく、これから作られようしている「法」、改正・改悪されようとしている「法」、そして改正の必要があるのに、ちっとも変わらない「法」について、連載していきます。「法」がもっと身近になれば、いろんなことが見えてくる!

 民主党政権時代の昨年3月にいったん先送りされた法案が、成立へ向けて本格的に動き出した。その名は「秘密保全法」(自公政権は「特定秘密保護法」と呼んでいる)。今月3日、法案の概要が発表され、17日までわずか2週間のパブリックコメント(意見公募)の受付が始まった。政府は10月中旬に召集予定の臨時国会に提出する方針だそうだ。

 秘密保全法の問題点は、1年半前の「マガジン9」で、どん・わんたろう氏が2回にわたり取り上げている。氏の許可を得て、まずは主要部分を復習しながら、法案の内容がどう変わったのか、問題点が解消されたのかを見ていこう(引用は、どん・わんたろう「油断は禁物の秘密保全法」から)。

 この法律の対象になるのは「国の安全(防衛)」「外交」「公共の安全及び秩序の維持(治安)」の3分野だ。その中で「国の存立にとって重要なもの」を、当の行政機関が「特別秘密」に指定する。役所の思考・行動パターンの常として、少しでも自分たちに都合が悪そうな情報は非公開にしようとするから、特別秘密の範囲がどんどん広がっていくであろうことは想像に難くない。ここが第1の大きな問題点である。

 法案概要を見ると、「防衛」「外交」はそのままだが、「公共の安全及び秩序の維持(治安)」は外れている。代わりに盛り込まれたのが「外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止」と「テロ活動防止」である。特別秘密は「特定秘密」に名前を変えている。

 「治安」が入っていると、たとえば原発問題で、安全性や事故の原因、放出された放射線の量、健康への影響や環境汚染の実態といった情報までが「国民の不安をあおり公共の秩序を害する」として特定秘密に指定されるのではないか。そんな懸念が、日本弁護士連合会(日弁連)などから出されていた。「治安」が対象から外れたことで、特定秘密の範囲が限定され、法案の危険性がなくなったと受けとめられるのだろうか。

 今月5日の日弁連主催のシンポジウムで、秘密保全法制対策本部の江藤洋一弁護士は法案概要に対して、「特定秘密を指定する要件の中に、さまざまな『主観的な要素』が含まれている」と指摘していた。

 法案概要は特定秘密指定の要件を「別表(上記4分野:筆者注)に該当する事項であって、その漏えいが我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」と記している。別表の記載も「テロ活動による被害の発生・拡大の防止のための措置またはこれに関する計画もしくは研究」というように、抽象的な表現になっている。

 特定秘密を指定するのが当の行政機関であることを考えると、行政機関の主観的=恣意的な解釈がされて、いたずらに特定秘密の範囲が拡大されるのではないか、という危惧は依然として消えないわけだ。たしかに原発の情報にしても、「原発テロに使われるおそれがある」なんて理由で特定秘密にされてしまう可能性を否定できまい。

 公表された法案概要は、A4判で6ページしかない(しかも担当の内閣官房HPのトップページには見当たらない)。そもそも、法律が施行されてしまえば、具体的にどんな情報が特定秘密に指定されたのか国民には検証のしようがないのだから、その範囲をどう定めるかについて、事前に詳細かつ丁寧な説明が不可欠であることは言うまでもない。

 もう1つの大きな問題点が、取材・報道の自由を制限することになって、国民の「知る権利」を侵害しかねない危険性だった。

 「犯罪に至らないまでも社会通念上是認できない行為」によって特別秘密を取得したと判断されれば、「特定取得行為」という処罰対象になる。教唆犯を罰することとともに、取材や報道の制約を意図している。これが第2の大きな問題点だ。

 自民党の「インテリジェンス・秘密保全検討プロジェクトチーム」座長の町村信孝・元官房長官は8月27日、「報道の自由を侵害することがあってはならないという規定は(法案に)書く。基本的人権を不当に侵害することはないと明記する」と述べたそうだ(8月28日付・朝日新聞朝刊)。

 しかし、発表された法案概要に「報道の自由」のくだりはなく、代わりに「本法の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める」との項目が入っている。町村氏はこの規定を指して、報道陣に「みなさんの心配は相当程度解消できる」と語ったという(9月4日付・朝日朝刊)。

 果たして、この規定があれば取材や報道の自由を侵害することにならないのだろうか。

 法案概要は「人を欺き、人に暴行を加え、または人を脅迫する行為、財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為その他の特定秘密の保有者の管理を害する行為による特定秘密の取得行為を処罰する」と定め、未遂、共謀、教唆、煽動も処罰の対象にしている。刑罰は、特定秘密を洩らした公務員らと同じで、最高で懲役10年と重い。

 「第1の問題点」と同様に、違反かどうかを主観的に決められるようになっているのがとても気になる。取材者が特定秘密に当たる内容の入った役所の書類に触ったり、特定秘密の書類が保管された建物に入ろうとしたりしただけで、未遂罪が成立しかねない。ここでの教唆(そそのかし)は相手の公務員が応じなくても成立するとされており、取材者が「あの秘密文書、見せてよ」なんて言うだけでもアウトになりかねないから、幹部公務員とはうかつに会話もできなくなってしまう。

 町村氏が「正常な取材活動は問題ないが、不当な方法に(よる取材に)関しては罰則の除外にならない」と話しているだけに(8月28日付・朝日)、なおさら心配になる。何が犯罪に該当するのか、何が「正常な取材活動」で何が「不当な方法」なのかの線引きを決めるのは、警察・検察といった権力側だからだ。法案概要に入った「基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない」との規定は、「不当に」の意味が曖昧だし、努力目標に過ぎない。

 あくまで取材の手段が適正かどうかは、その取材で明らかにしようとした内容の公益性によって判断されなければならない。仮に特定秘密であったとしても、報道で公にされることによって、隠され続けるよりも国民にとっての利益が大きいのならば、犯罪に当たりかねない取材行為も是認されるべきだ。それが何より国民の「知る権利」に資することになる。

 昨今の報道が本当に国民の目線に立って情報を伝えているかどうかは措くとして、秘密保全法の制定が不可避ならば、少なくとも「取材・報道の自由を侵害しないこと」をはっきりと約束する明文規定を置き、規制に歯止めをかけておくことが必要だろう。その際に「取材・報道」の定義を「国民の知る権利に応えるために情報を取得・発信する活動」といった具合に広くとらえ、フリージャーナリストやネットメディアが取材・報道を制限されないようにも配慮すべきだ。国民の知る権利に、より多角的にアプローチするために。

 最後に、なぜ秘密保全法が問題なのか、憲法の視点からまとめておこう。

 5日の日弁連シンポで講演した右崎(うさき)正博・独協大法科大学院教授(憲法)は、①国民は重要でない限られた情報しか持ち得なくなり、その限られた情報を基にして、主権者としての判断をせざるを得なくなる=国民主権の後退、②特定秘密の範囲は軍事・防衛だけでなく外交の情報も含み、平和を築くために必要とされる広範な情報の自由な流れを阻害する=平和主義と敵対、③民主主義の維持のために不可欠な国民の「知る権利」を支える報道・取材の自由の保障をないがしろにする危険がある=基本的人権を侵害――と指摘した。

 そして、「政府が保有するある種の情報を『秘密』として国民の知り得ないところに置くような法制は、憲法の3つの基本原理と根本的に矛盾し、憲法を実質的に否定するもの、つまり、必然的に立憲主義そのものを破壊するものとならざるを得ない」と強調していた。

 いま秘密保全法が制定されようとしているのは、政府が国家安全保障会議を設置するのに合わせて、「同盟国」のアメリカと情報共有を進めるためだそうだ。漏洩を厳しく罰する法律をつくっておかないと、アメリカから重要な情報を教えてもらえない、と心配しているらしい。

 守るべき国の秘密があるとしても、副作用として憲法上の基本原理を損ね、国民への影響が極めて大きい法律を、十分な議論も経ないまま簡単に成立させて良いのだろうか。主権者たる私たちが、しっかり向き合うべきテーマである。

 

  

※コメントは承認制です。
第12回
やっぱり油断は禁物だった秘密保全法
」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    オリンピック東京開催が決定、のニュースを聞いて、すぐに頭に浮かんだのがこの秘密保全法案のことでした。華やかで賑やかなオリンピックの陰で、さまざまなことが「秘密」として、覆い隠されてしまわないだろうか--。
    何が「秘密」なのか、何が「不当」なのかを、政府に決められてしまうことの危険性を思えば、制定にはどれだけ慎重になっても足りないのではないでしょうか。その問題点について語っていただいている、伊藤真さんインタビューなどもあわせてお読みください。

  2. リック・ネルソン より:

    マスメディアにとって、これは生命線だと思う。左右関係なく、すべてのマスメディアが共同戦線を張って「反対キャンペーン」を張るべきなのに、この動きの鈍さはどうしたことか。多分、いずれこの「マガジン9」のようなサイトでさえ、標的にされかねない。マスメディアが動かないならば、ネット上ですべてのブロガーやツイッター、FB、市民メディア(IWJ、アワプラネット、デモクラTV等)が手を携えて、この悪法をぶっ潰すために立ち上がらなければならない。

  3. たかはしたつお(ハンドルネーム まるみなし)  より:

    国民の耳目から国の「何か」を隠す必要があるのは、主権者である我々に知られてはならない「何か、すなわち、『秘め事』を決めようとしている時だ。
    しかし、そもそも国民に隠さなければならない『秘め事』を作る「権限」を国民が政府、官僚、国会議員に
    絶対委ねては居ない、むしろこれから作ろうとしている事全てを具体的に、正確に、全ての国民に知らせる事こそ義務であるから、「秘密」という「接頭語」が付く事で最初から、「我々は作るべきでないものを、これから作ろうとしています。」と宣言している様なものである。
    最初に指定する「秘密項目」は少ないかも知れない、しかし日ごとにその数は増加してゆき、大半が指定されてしまった、と言う事態になる事は大袈裟ではなくなる気がしてならない。

  4. たかはしたつお より:

    憲法9条の改訂がなされなければ、将来への杞憂で済みますが、もし9条が変えられて自衛隊が軍隊になり、アメリカ軍との共同行動が可能となれば、そして共同の海外派兵も可能となれば、その作戦計画全体が「国民から隠蔽すべき秘密事項」と為る訳です。
    さらに、軍事機密と為れば懲罰は懲役10年では収まらず、死刑まで拡大される可能性が十分あります、さらに一般の刑法では「公開裁判」であることから、非公開裁判である「軍事法廷」が設置されるかもしれません、あるいは「非公開の特別裁判」という手も考えているかもしれません。
    いずれにしろ、憲法改定を阻止する事が、最大、最良の対策と思います。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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