小石勝朗「法浪記」

とかく、「難しい、とっつきにくい」と思われている「法」。だから専門家に任せておけばいいと思われている「法」。しかし私たちの生活や社会のルールを決めているのもまた「法」なのです。全てを網羅することはとてもできませんが、私たちの生活や社会問題に関わっている重大な「法」について、わかりやすく解説してもらうコーナーです。今あるものだけなく、これから作られようしている「法」、改正・改悪されようとしている「法」、そして改正の必要があるのに、ちっとも変わらない「法」について、連載していきます。「法」がもっと身近になれば、いろんなことが見えてくる!

非常勤講師の「5年ルール」をめぐり
刑事告発された早大

 契約社員、派遣社員、パート、アルバイトなど、期間が契約で決まっている「有期雇用」の労働者が同じ職場で5年を超えて働くと、希望すれば期間の定めがない「無期雇用」に転換できる。そう定めた改正労働契約法が4月に施行された。いつ雇い止めされるかといった非正規労働者の不安を解消するとともに、待遇改善につなげるのが狙いだという。

 と聞けば、良いことじゃないか、と思ってしまうが、残念ながら雇う側がそう簡単に受け入れないのも、また現実である。自分たちに都合が良い時だけ「調整弁」として有期雇用の労働者を利用してきた企業の間で、立法趣旨を損なうような行為が起こり始めているらしい。

 企業だけではない。非常勤講師が多い大学でも、同様の動きが出ているそうだ。学問の府が、とあきれさせられるのだが……。

 しかも、その手続きに絡んで早稲田大学では総長らが刑事告発されたと聞いて二重に驚かされた。告発した首都圏大学非常勤講師組合の松村比奈子委員長の話を聞く機会があったので、問題点を考えてみる。

 刑事告発のきっかけは、早大が非常勤講師専用の就業規則を作ろうとしたことだった。上限のなかった非常勤講師の雇用契約期間を「通算5年まで」とする内容である。改正労働契約法による無期雇用への転換を避けるための就業規則にしか見えず、それだけでも批判の対象になりそうだ。

 で、使用者が就業規則を制定する場合には、事業場ごとに労働者の過半数を代表する者の意見を聴くよう労働基準法で決められている。早大の教員組合には非常勤を含めた過半数の加入がないため交渉相手になれず、別途、意見を聴く「過半数代表者」を選ばなければならない。今回、早大はこの選任手続きをわざと怠った、というのが刑事告発の概要だ。

 松村さんによると、早大には2012年度の数字で、約4300人の非常勤の教員がいるそうだ。そのうち約3800人が非常勤講師だった。これに対して、教授、准教授などの専任は約2200人。つまり教員の3分の2が非常勤で、就業規則の制定は雇用環境に大きな影響をもたらす。

 非常勤講師組合が就業規則の中身を初めて提示されたのは、3月19日の大学との団体交渉だった。「過半数代表者の選任手続きがなかった」と組合が問うたところ、大学はこう説明した。

 「2月14日に過半数代表者の選出の信任投票用紙を、非常勤講師の控室のボックスに計約3800枚配布し、不信任の場合のみ2月28日までに郵送してもらうようにした」

 しかし、2月14日というのは入学試験の期間中で、たとえば早稲田キャンパスの場合、6~23日の間は構内に入れない。そもそも授業や試験は1月で終わっているから、研究室のない非常勤講師は2月はまず大学に来ない。労働条件の不利益変更にあたる重要なことを、当事者不在の時期を狙ったかのようなやり方で決めてしまうのはおかしい、というのが松村さんらの主張である。

 2月14日に配布したとされる「投票用紙」には事業場(キャンパス)ごとに計7人の候補者名が記載され、「不信任の意思表示がない場合、信任されたものとみなします」と書かれている。不信任なら、その候補者名を書いて郵送するのだが、投票者が署名・押印するようになっている。この方式に対しても「非常勤講師にとっては、管理者にあたる専任教員に知られれば辞めさせられる危険があり、とても投票できない」と松村さんは批判していた。

 団交で非常勤講師組合は「就業規則をいったん考え直すか、時間をかけて非常勤の意見も採り入れるべきだ」と求めた。同席した労働法学者の佐藤昭夫・早大名誉教授も「違法な手続きだから期間を開けてやり直すように」と忠告したが、大学側は「ご意見は伺っておく」と答えるだけだった。

 それどころか、大学の常任理事(労働法学者)からは「非常勤講師の就業規則を手続き通りにやろうとした時に、これはできません」なんていう発言も飛び出したそうだ。過半数代表者の信任投票の結果を尋ねても「わからない」という回答で、大学の説明通りに本当に用紙が配られたのかさえ疑われる対応だったという。

 団交から1週間も経たない3月25日、大学は就業規則の制定を組合にファクスで通知してきた。非常勤講師にも郵便やメールで就業規則の送付を始めた。強行したわけだ。「改正法が施行される4月を過ぎてから就業規則を制定するのは悪質な適用逃れ、と受け取られるのを避けるために、どうしても3月中にやりたかったのだろう」と松村さん。

 そこで、松村さんと佐藤さんは4月8日、鎌田薫総長、常任理事、理事の計18人が労働基準法に違反したとの告発状を東京地検に提出した。過半数代表者の選出にあたり、①専任教員に投票用紙を配らないなど、わざと不適切な方法をとった、②非常勤講師の意思を反映させないために悪質な期間設定をした、③秘密投票など民主的な手段を講じていない、を違法の理由に挙げている。

 この条項に違反したとしても、法定刑は「30万円以下の罰金」。無効にできるのは「5年を上限」とした規定だけで、たとえば「4年を上限」といった形で就業規則を作り直されるかもしれない。それでも刑事告発に踏み切ったことについて、松村さんは「労基法が謳うように、労働条件は労働者と使用者が対等の立場で決定すべきで、小さな問題でも見過ごすわけにはいかない。早大はネームバリューもあり、『5年上限』が全国の大学に波及するのを阻止する狙いもある」と話した。

 今回の告発は、なぜ大学が非常勤講師の無期転換をしたくないのか、という問題につながってくる。

 「無期転換したとしても、法律上、労働条件は有期雇用の時のまま。そうなると、専任教員と非常勤教員の間の異常な格差が露見してしまうからではないか」。松村さんはこう分析した。

 たとえば、週に5コマの授業を受け持つ場合、一般的な大学での専任教員の平均年収は1000万円。これに対して、非常勤は150万円。「何年か修業をして常勤に」と信じて耐えているという。一方で、授業の半分以上は非常勤が担当している現実もある。松村さんは「格差を永続させて身分制社会を固定化したいというのが大学関係者の本音」と見立てていた。

 大学に限らず、せっかく施行された改正労働契約法を定着させる取り組みも必要だ。さまざまな「抜け道」が指摘されているからだ。

 早大のケースでもわかるように、契約期間の上限を5年以下にすれば無期転換の適用を免れることができる。企業などの間では、これまで継続して働いてきた人たちに対して雇い止めをするような動きも出てきている。しかも、同じ職場で通算5年働いたとしても、途中で6カ月以上の空白期間があれば、それ以前の期間はカウントされない。つまり、4年働いて、半年休みを入れて、また有期で雇う、なんて形態が取られる可能性がある。

 無期転換に該当するのは今年4月以降の雇用契約だから、実現するのは早くて2018年4月以降になる。仮に無期雇用に移行できても、労働条件は有期の時のまま継続するだけだ。「同一労働・同一賃金」の原則はあるにせよ、機能しているとはとても言えない現状では、待遇改善につながる保証はない。

 企業、大学、自治体など有期で労働者を雇用してきた使用者が、今回の法律改正の意図をしっかり汲んで対応すべきなのは言うまでもない。「脱法的行為」に対しては強く批判し、企業などの社会的な責任を追及していかなければならない。

 同時に、どうしたら雇う側がスムーズに無期転換できるかを考え、いろいろな面から行政が支援する制度をきちんと構築していく必要もあるだろう。改正法の適用対象は約1400万人で、雇用されている人の4分の1にあたるそうだ。法律を作ったから終わりではなく、まさにこれからの取り組みが問われている。

 

  

※コメントは承認制です。
第6回「改正労働契約法」」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    どんないい法律がつくられたとしても、
    それが趣旨を実現する形で運用されなければ、
    何の意味もありません。
    起こっている問題をきっちりと明らかにしていくと同時に、
    どうすれば本来の趣旨に合った運用が可能になるのか、
    行政も民間も一緒になって考えていく必要があります。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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