とかく、「難しい、とっつきにくい」と思われている「法」。だから専門家に任せておけばいいと思われている「法」。しかし私たちの生活や社会のルールを決めているのもまた「法」なのです。全てを網羅することはとてもできませんが、私たちの生活や社会問題に関わっている重大な「法」について、わかりやすく解説してもらうコーナーです。今あるものだけなく、これから作られようしている「法」、改正・改悪されようとしている「法」、そして改正の必要があるのに、ちっとも変わらない「法」について、連載していきます。「法」がもっと身近になれば、いろんなことが見えてくる!
若者を使い潰していけば、
弊害は社会全体に及ぶ
「ブラック企業」という言葉、最近よく耳にするけれど、具体的にどんな会社のことを指すのだろうか? きちんと認識して使っている人が、どれくらいいるだろうか?
何を隠そう、私もよくわかっていなかった。
実際にブラック企業に就職して身も心もズタズタにされた若者たちや、就職活動で先輩からその手の話を聞かされている学生たちにとっては、とても身近なテーマに違いない。一方で、自分が就職する時にはそんな心配をする必要がなかった、特に40代以上のおじさん・おばさん世代には、実感しきれていない事態でもある。
だから、いまだに言葉のイメージだけが先行していて、「若者の意識の変化」で片付けようとしたり、「自己責任論」を持ち出したりする向きもあるようだ。でも、それは大きな間違いで、ブラック企業は社会や経済に大きな弊害をもたらし、誰もがその影響を受けるおそれが大きい――。
若者たちから労働相談を受け、調査研究や政策提言をしているNPO法人POSSE(ポッセ http://www.npoposse.jp/)の代表・今野晴貴さんの講演を聞いて、ブラック企業が決して一部の世代だけの問題ではないことがよくわかった。今野さんの話をもとに、ブラック企業について考えてみたい。
そもそも、ブラック企業とはどんな会社なのだろうか。
単に「違法企業」というのは正しくないそうだ。ブラック企業にありがちな長時間労働や過剰なノルマは、それ自体が違法なのではない。パワーハラスメントや不当な命令も、訴訟を起こさなければ不法行為や権利濫用と認定されにくいうえ、労働行政の取り締まりの対象にはならない。
今野さんはブラック企業を「悪意ある労務管理によって、若者を使い潰す企業」と定義していた。
それが、大企業で大々的に行われているところに、社会的な広がりが見えるという。特に新卒の労働市場における存在感は大きく、飲食、小売り、IT、介護業界の新興企業を中心に、学生を正社員として大量に採用しているのが特徴だ。裏返すと、最初から大量の離職を前提にしているということなのだが……。半面、労働市場全体でのウエートはそれほど大きくはなく、労組も組織されていない企業なので、上の世代をはじめ社会からの認知が遅れた。
「景気の動向には関係なく、通常の労務管理の手法として、つまり成長戦略として若者を使い潰している」と今野さんは指摘していた。この点で、不況や経営計画の失敗が原因である「追い出し部屋」とは異なる。だから、仮に景気が良くなろうとも、業界でトップに立とうとも、ブラック企業に改善の見込みはないらしい。
驚かされるのは管理の手法だ。こうした企業の共通点は「普通」を敵視することで、労使関係をはじめ従来の常識や規範を意図的に解体する。さらに、新入社員のアイデンティティーを意図的に破壊してショック状態に陥らせ、「ついていけない自分が悪い」と信じ込ませるのだという。
ブラック企業の実態について、今野さんは3つの類型に分けて紹介していた。
「選別型」では、必要以上に多くの新卒を正社員として採用し、入社後にふるいにかける。1000人規模の会社なのに、毎年200人を採用し、1年目で半数以上を辞めさせるIT系企業もあるようだ。
「半年で店長にならなければ会社にいられない」として、店長になれないと半年ごとに降格させる小売り企業では、かなりの新卒社員がうつ病になり、入社5年で8割が辞めるという。入社後に「予選」と称して月200時間を超える残業を強いて、自殺に追い込んだ会社もある。
辞めさせるための方法も、計画的で陰湿だ。あるIT系企業の場合、顧客先での仕事を切って会社にいざるを得なくしたうえで、「何でここにいるんだ」と問い詰める。「このままではどこに行っても通用しないよ」と持ちかけて、心理学的な手法を用いた「カウンセリング」を受けさせる。これまでの人生を反省させ、自分が無能で無駄な存在であると思い込ませて、「自己都合退職」に追い込む、といったやり方である。
2つ目の「使い捨て型」は、低賃金で長時間労働を強いる会社だ。固定残業代が特徴で、ある飲食チェーンでは基本給に月80時間分の残業代を含ませていたが、採用後まで明らかにしていなかった。また、店長などの肩書をつけて残業代の出ない管理監督者(いわゆる「名ばかり管理職」)として扱う仕組みも、ブラック企業に広く普及しているという。正社員として就職できても、数年で若者はボロボロになるわけだ。
3つ目は「無秩序」で、パワハラやセクハラが横行している。しかし、会社は上司を積極的に諌めようとはしない。若者の価値が低く、会社は「代わりはいくらでもいる」と軽視しているそうだ。
こうしたブラック企業の弊害は、前述したように世代を超え、将来の社会崩壊につながる危険をはらんでいる。
長時間労働やうつ病の増加によって結婚や出産ができない層が広がれば、少子化が進む。国内の消費は縮小するし、税収も減少する。働くことがリスクになる状態は、若者にとっても善良な企業にとっても好ましいことではないだろう。うつ病の若者が増えれば、医療費が膨らんで国民健康保険の財政を圧迫する。
産業界にとっても影響は大きい。これまで日本では、一括採用した新卒社員を企業内訓練(OJT)によって育て上げるシステムだった。大企業で育成した人材は、中小企業へ供給されてもいた。しかし、ブラック企業が大量の大卒社員を育成もしないまま使い潰すようなことが続くと、産業を担う基幹人材がいなくなり、日本の産業はいずれ立ち行かなくなるからだ。
「このままでは、とんでもない社会不安を招く。社会的な損失には、右も左も関係ない」という今野さんの言葉には、深刻な響きがあった。
では、どうすれば良いのだろうか。
今野さんは「ブラック企業を見分けてリスト化するのは無理」と話していた。企業が正社員の採用を抑制し、見方によってはブラック企業が新卒採用全体の半分ほどを占めるとも言われる状況にあって、「そこしか内定が取れなかったら入社するしかない」のが現実だろう。学生時代に「リスクが高いことをやらせる企業がある」ときちんと教育していくことや、入社前に労働法を学んだり相談窓口を調べたりしておくことを、対策として挙げていた。
そして、厳しい言い方ではあるが、「入社してからその会社を変えるしかない」とも語った。もちろん、それを黙って見ているわけではない。おかしいことに声を上げたり訴訟に持ち込んだりする場合に、「私たちが支援する」と今野さんは力を込めた。その一環として、全国規模の「ブラック企業被害対策弁護団」が近く設立される予定だ。ブラック企業ユニオン(労組)の結成も視野に入っているそうだ。
法的な規制の必要性も強調していた。
まず重要なのは、長時間労働の抑制である。残業は「月45時間まで」などと労働基準法に基づく告示が定めているが、労使間で「三六協定」と呼ばれる取り決めを結んで労働基準監督署に届け出れば容易に上限を上げることができる。大企業でも、過労死ラインとされる「月80時間」を超える残業を認める労使協定が一般的だ。
今野さんらは、労基法を改正して長時間労働に上限を設けることや、退社から次の出社までの間に連続11時間以上の休息を義務づけるEU型の「レストタイム制」を導入することを、提案している。
過労死防止基本法の制定も有効だという。超党派の議員連盟が取り組んでいるが、この法律ができれば政府の実態調査が進み、長時間労働やパワハラなどへの厳格な規制につながっていくことが期待されるそうだ。
ところで、こうした法律の制定・改正にあたるのは、言うまでもなく立法府たる国会である。
目下行われている参院選。ブラック企業との噂が飛び交う会社の創業者が立候補している政党が、大勝しそうな雲行きだ。そうした候補者が当選すれば、自分の関係する企業にマイナスの影響を与えるような法律の制定や改正にブレーキをかけるであろうことは、自明の理だろう。
ブラック企業対策と国政選挙が極めて密接にかかわっていることを、投票する前に改めて認識しておきたい。
「嫌なら辞めればいい」ともよく言われる「ブラック企業」ですが、
実際に勤務している人は、
「辞める」という選択肢を思い浮かべることができないほど、
精神的に追い詰められていくのだともいいます。
長い目で見れば、社会全体にも大きな不利益をもたらすこの問題。
個人が声をあげたり、裁判に訴えたり、というだけではなく、
社会全体での取り組みが重要です。