10月5日って何の日? といきなり問われても、すぐに返答できる方は少ないだろう。最近またぞろ注目を集めている「マイナンバー」こと共通番号制度が施行される日である。あと3週間を切った。
日本年金機構の個人情報流出を受けて、国会では「施行延期」の声も出ていたが、予定通りに実施されそうだ。安全保障関連法案と違ってこちらは民主党も賛成だから、当然といえば当然ではある。
多くの方々が制度を実感するのは、一人ひとりの個人番号(マイナンバー)の「通知カード」(紙製)が世帯ごとに簡易書留で届いてから(おそらく10月中旬以降)だろう。そこで初めて、原則として生涯変わらない12ケタのマイナンバーと対面することになる。
マイナンバーをめぐっては、ここへ来てさまざまな動きが出ている。いずれも庶民の生活に深く影響してくる事柄だ。
制度の施行前にもかかわらず、いったん決めた用途を拡大し、預貯金口座や健診データをマイナンバーでつなぐ法案が成立した。審議の過程では、実務を担う地方自治体のセキュリティーの不備が表面化し、制度が始まってから果たして個人情報がきちんと守れるのか、不安は解消されていないことも浮き彫りになった。
そして、2017年4月に消費税率を10%に引き上げた際の負担軽減策として、食料品や外食の2%分を消費者に返還する方法に「個人番号カード」(顔写真入りのICカード)の利用が打ち出された。
本稿では、マイナンバーをめぐる最近の動きを紹介するとともに、制度施行後に番号に「抵抗」する方策にも触れたい(なお、マイナンバー制度の「危険」については、拙稿「延期になるか、マイナンバー」をお読みください)。
マイナンバーの用途拡大法案が成立したのは、9月3日のことだった。
2年前に成立した共通番号法は附則で「施行後3年を目途として、施行の状況等を勘案し、個人番号の利用の範囲を拡大することについて検討を加え」と定めており、担当大臣も国会で同様の答弁をしていた。なのに、3年後どころか、10月5日の「施行前」に拡大法案を提案してきたのだ。政府の担当者は取材に対し「附則や当時の答弁は主に『民間への拡大』を想定したものだった」と答えたが、詭弁だろう。
拡大法案は衆議院ではあっさり可決された。6月に入って参議院で採決される寸前に年金情報流出が発覚し、審議はストップ。しかし、年金機構と厚生労働省の調査報告書がまとまったのを受け、①年金機構による共通番号の利用開始を当初の来年1月から最大1年5カ月遅らせる、②年金情報と共通番号を結び付ける情報連携の開始を当初の2017年1月から最大11カ月遅らせる、と法案を修正すると、民主を含む賛成多数で可決されてしまった。
拡大法案の成立により、預貯金口座は2018年からマイナンバーと紐付けできるようになる。当初は本人の同意が必要だが、3年後の21年をめどに義務化することが検討されるそうだ。
40~74歳が受ける特定健康診査(メタボ健診)の情報は、来年1月からマイナンバーと結び付けられる。身長、体重、腹囲をはじめ、血圧や血液検査、尿検査の結果といった「医療情報」が含まれている。医療分野に共通番号を適用する条件とされていた個人情報保護の特別法が制定されないままの拡大に、医療関係者からは「完全に約束違反」との批判も出ていたが顧みられなかった(拡大法案の問題点については、拙稿「なし崩しで用途拡大が進む『マイナンバー』」をご参照ください)。
さらなるマイナンバーの用途拡大の対象として、政府はすでに戸籍やパスポート、自動車登録、診療情報などを明示している。クレジットカード、キャッシュカードをはじめ、民間への利用拡大も具体化しそうだ。このままだと、マイナンバーで結び付けられる個人情報は、どんどん膨らんでいくことが予想される。
さらに注意すべきは、拡大法案を可決した際の附帯決議(15項目)に、個人番号カードを使った本人確認の方法として「生体認証の導入の検討」が盛り込まれたことだ。そう遠くない将来、個人番号カードに指紋や顔の情報がインプットされる可能性が現実味を帯びてきた。こうした究極の個人情報までがマイナンバーと結び付けられ、政府による国民管理・監視の具とされる世界を想像するだけで恐ろしくなってくる。
拡大法案の参議院での審議の過程では、地方自治体のセキュリティー対策が万全とは言えないことも明らかになった。
年金情報流出を受けて総務省は自治体に対し、共通番号と結び付けた個人情報を扱う「基幹系」のネットワークと、インターネットで外部につながる「情報系」のネットワークを分離させるように求めた。しかし、8月18日時点で、まだ1~2割の自治体が分離を完了できていないというのだ。
山口俊一・IT担当相は8月27日の参議院内閣委員会で、自治体の態勢が「正直言って大変心配だ」と率直な心情を吐露した。野党議員の追及に「しっかり対応できるよう施行に向けて全力を挙げる」と逃げていたが、最後は「(10月5日の施行時点でセキュリティー対策が)できていない自治体はマイナンバーのネットワークに入ってもらうことはやめさせていただく」、つまりマイナンバーに参加させないと答弁し、全国一斉に制度をスタートできない可能性を認めざるを得なかった。
そして、9月に入って突然浮上してきたのが、消費税率10%への引き上げに伴い、食料品・外食の2%分の還付に個人番号カードを使う方式だった。
すでに報道でご存じかと思うが、食料品を買ったり外食したりした際にお店の読み取り機に個人番号カードをかざすことで、マイナンバーと紐付けされた還付情報が集計センターに蓄積される。インターネット上の自分専用のページ「マイナポータル」を通じて申請すれば、1人年間4000円を上限に還付金が登録した口座に振り込まれる、という仕組みを財務省は想定しているそうだ。
この方式の問題点はすでにいくつも指摘されているので多言しないが、やはり最も危ないのは、食料品の購入というセンシティブな個人情報を国家に知られることだろう。
しかも今回の用途拡大法案との絡みでみれば、還付金の振込口座を登録しなければならないから、預貯金口座へのマイナンバーの紐付けが促進されることになる。また、健診データと日ごろの食生活がマイナンバーでつながることで、その人がどんな「不摂生」をしているかを把握できるようになる。
結果として、たとえば病気になった時に「自己責任」を理由に治療を選別される材料に使われかねない。あるいは、預貯金の金額に応じて、治療に差をつけられるかもしれない。今は「あり得ない」と一笑に付されるとしても、昨今の政治状況に鑑みれば、そうした使い方をできる可能性が生まれるというだけで十分に警戒する必要があるのだと思う。
さて、不安と不信が募るばかりなのに拡大への道をひた走る共通番号制度を、私たちは黙って受け入れるしかないのだろうか。
制度に反対する弁護士や学者、地方議員、医療関係者、市民運動家らでつくる「共通番号いらないネット」が8月28、29日に東京都内で開いた集会で、施行された場合の「抵抗策」が議論された。個人番号を付けられてしまうこと自体を拒否する術はないけれど、利用の段階で何とかできないか、という問題意識からだった。
同ネットが提案を検討しているのは、①番号の通知カードの返上、②個人番号カードへの切り替え拒否、③公的書類へのマイナンバー不記入、といった方法だ。
中でも重点を置こうとしているのは、②の個人番号カード拒否である。通知カードから個人番号カードへの切り替えはあくまで任意なので申請さえしなければよく、制度への反対の意思表示になる。個人番号カードの普及を進めさせないことで共通番号制度の効果を削ぎ、マイナンバーのさらなる用途拡大の阻止にもつなげられるとみている。個人番号カードへの切り替えやカードの携行を義務化させない狙いもある。
同ネットは引き続き、個人番号の通知や個人番号カードへの切り替え開始(来年1月)の延期を訴えており、制度施行直前の10月3日には東京・渋谷の宮下公園で反対集会とデモを計画している。
弁護士グループが中心になって、違憲訴訟を起こす準備も進んでいる。共通番号制度は憲法13条に由来するプライバシー権を侵害して違憲だと主張し、マイナンバーの使用差し止めを求める方針だ。12月1日に全国7カ所以上の地裁に提訴するという。「問題点を広く明らかにして、制度に歯止めをかけたい」と準備にあたる弁護士。訴状の内容などが具体化したら、改めて報告したい。
不安だらけのマイナンバー制度だけれど(税金還付問題をめぐる、麻生財務相の「カードを持ちたくなければ減税されないだけ」発言もひどかった!)、すでに成立してしまっている以上、おとなしく受け入れるしかないの? と思っていた方も多いのではないでしょうか。「共通番号いらないネット」の提案する「抵抗策」、広げていければ小さくない力になるかもしれません。違憲訴訟の件も含め、引き続き動きを追っていきたいと思います。