「原子力発電所の地元」とは、どこまでを指すのか。もちろん、原発が立地する当の自治体がそれに当たることに疑いの余地はない。危険な施設を受け入れているのだから、事故への備えや相応のインセンティブが必要だろう。
しかし、福島第1原発の事故で事情は変わってきた。いったん原発で事故が起きれば、放射能による被害は相当広い範囲に及ぶことがはっきりした。国内の原発はすべて停まっているとはいえ、事故の危険が存在し、再稼働へ向けた動きもある以上、どこまでが「地元」に当たるのか、慎重に定義を考え直さなければなるまい。
従来は原発から10キロ圏内の市町村が事業主体の電力会社と安全協定を結び、新増設や再稼働の際に事前同意を求められるケースが多かった。それが福島第1原発の事故後、政府は防災対策の重点区域(UPZ)の範囲を30キロ圏内に広げ、自治体に避難計画の策定を義務づけた。とはいえ、30キロ圏内の市町村には、原発の新増設や再稼働にあたっての「同意権」はないままだ。
そんな中で北海道函館市が、建設中の大間原発(青森県大間町)の設置許可の無効確認や建設差し止めを求める訴訟を起こす方針を明らかにした。3・11前から同様の裁判は全国にあるが、自治体が原告になるのは初めてだ。
下北半島に位置する大間町は、本州最北端にあたる。大間原発から函館市域までの距離は最短で23キロ。しかも、間は津軽海峡で遮るものがないから、事故が起きた際の風向きによっては27万5千人の市民を抱える函館市は甚大な被害を受けかねない。そういう地理的関係である。
大間原発の設置が許可されたのは2008年で、函館市には同意権がなかった。3・11後もそれは変わらないまま、工事や手続きは進んでいく。このままでは原発は完成し、稼働してしまう――。市の危機感が背景にある。
訴訟の内容を説明する前に、まずは大間原発の概況に触れておこう。
最大の特徴は「フルモックス(MOX)」と呼ばれる方式だ。全国の原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料だけで発電する。普通の原発で一部にMOX燃料を使う「プルサーマル発電」は国内4基で実施されていたが、すべてがMOX燃料の原発は世界でも初めてだという。
プルトニウムは毒性が強いだけに「通常のウラン原発より事故が起きる確率が高く、事故の際の危険も大きい」との懸念がある。事業者の電源開発(Jパワー、本社・東京)がこれまでに原発を運営した経験がないことも、不安材料に挙げられている。すでに函館市の市民団体が3・11の前に、建設差し止めを求める訴訟を函館地方裁判所に起こしている。
2008年に着工し、14年11月に稼働する予定で、3・11時点の進捗率は37.6%だった。工事はいったんストップしたものの、民主党政権が「すでに着工している原発の建設は引き続き認める」との方針を示し、12年10月に再開した経緯がある。出力は138万3千キロワット。事業費は4690億円。
函館市は3・11後、国や電源開発に対して建設を再開しないよう求めてきた。しかし、工藤寿樹市長によると「説明もなく、同意を得ることもなく、工事は再開された。何を言っても聞いてもらえなかった」。それなのに原発が完成した暁には、30キロ圏内の自治体として市に避難・防災計画の策定が義務づけられる。「とても納得できるものではない」「いい加減なやり方だ」と市長が憤るのも無理はないだろう。
さて、訴訟の中身を見てみよう。
訴訟の相手は、国と電源開発。国に対しては、大間原発の原子炉設置許可の無効確認とともに、電源開発に大間原発の建設停止を命じるよう求める。電源開発に対しては、建設・運転の差し止めを求める。
主張のポイントは大きく2つある。1つは「自治体の権利」だ。
大間原発が稼働すれば、重大な事故が発生する危険性は高まる。福島第1原発事故を見ても、ひとたび原発で大規模な事故が起きれば、自治体が崩壊するほどの壊滅的被害が現実のものとなってくる。そこで、憲法の「地方自治の本旨」に由来する「地方自治体の存立を求める権利(地方自治権)」を前面に掲げ、原発の建設・運転の差し止めによって、その権利への侵害を排除・予防するという考え方を打ち出す。
同時に、原発事故が起きれば市の庁舎、市有地をはじめ多数の市有財産が使用できなくなることから、市の所有権に基づく「妨害予防請求」としても建設・運転の差し止めを求める。
もう1つは、大間原発の設置許可が3・11より前の基準で出されていることの違法性だ。「審査に用いられた安全設計審査指針類は、福島第1原発事故を防げなかった不合理なもの。不備や欠陥は深刻で、大量の放射性物質が環境に拡散されるような事態を招きかねない」として、設置許可は無効だと主張する。
国の原子力規制委員会が電源開発に大間原発の建設停止を命じるべき理由としても、3・11後に改正された原子炉等規制法や、それに基づく新規制基準による安全性の判断がなされていないことを指摘。もし建設停止が認められない場合でも、原発建設による不利益と負担が30キロ圏内に及ぶことが福島第1原発事故で明らかになった以上、少なくとも30キロ圏内にある函館市が同意するまで、国は電源開発に建設をさせないよう求める。
函館市は2月27日開会の定例市議会に関連議案を提出し、3月下旬に可決されれば、4月3日ごろ東京地方裁判所に提訴する予定だそうだ。この時期に法的な行動に乗り出すことについて、工藤市長は「春以降に電源開発が安全審査の申請をする予定と聞いているし、既存の原発の再稼働に対する世論や関心も高まると予想されるから」と説明している。
もっとも、市長は「少なくとも(原発の)新設はやめるべき。これ以上、原発を増やすことは認められない」と強調する一方で、国の原発政策への影響を問われて「そこまで意気込んでいない。函館の動きが全国へ伝わってほしい」と答えている。「脱原発」を掲げての行動というより、自治体としての役割を追求した結果の取り組みだけに、広い層からの支援が集まりそうだ。訴訟費用は、寄付も募るという。
弁護団は、東京を中心に地元の弁護士を含む10人で、多くの原発関連訴訟を手掛けている河合弘之弁護士が中心になっている。「道南部の中核自治体が自ら原告となって提起する点で、これまでの原発訴訟と大きな違いがある」と意義をアピールしている。
ところで、大間原発の帰趨を考える時、法廷外で向き合わなければならないテーマがある。「フルMOX」が持つ意味だ。
日本は現在、使用済み核燃料から国内外で取り出したプルトニウムを約44トン保有している。長崎型原爆の4千発分に相当するそうだ。さらに、青森県六ヶ所村の再処理工場が稼働すれば、毎年7トンのプルトニウムが増えていく。もともとは高速増殖炉「もんじゅ」で使うはずだったが、実用化は絶望的になっている。
プルトニウムは核兵器に転用できるから、消費する原発がなくなれば「原発の燃料とする前提で日本がプルトニウムを取り出すことを認めた日米原子力協定に反する」と、アメリカが黙っていないと言われている。一方で再処理をやめようとすると、地元の六ヶ所村と結んだ覚書を根拠に、再処理工場が貯蔵する使用済み核燃料(約2900トン)を排出元の原発に持って帰るように迫られ、大混乱は必至だ。
大間原発は年1.1トンのプルトニウムを消費できる。青森とアメリカという「ダブルA」に挟まれて、日本政府としては何としても動かしたい原発なのだ。だから「新設にはあたらない」とこじつけてでも、稼働しようとするだろう。
大間原発の建設を止めるためには、溜まったプルトニウムをどうするのか、使用済み核燃料の処理方法をどうするのかについて、方向を決めることが不可欠の前提になる。訴訟と並行して、社会的・政治的・科学的な取り組みを加速させなければならない。
もう一つ、忘れてはいけないポイントがある。仮に大間原発をやめるとして、大間町の振興策をどうするのか、という視点である。
大間町は青森市から車で3時間半。函館市の方が近いものの、津軽海峡を船で越えなければならない。冬季の強風など気象条件も苛酷で、雇用を生む産業は立地してこなかった。大間のマグロは近年有名になったが、漁業全体としては衰退しており、6千人余の町民の暮らしは厳しさを増しているという。
3・11前は、原発建設の関連事業に1700人が従事し、町内への経済波及効果は大きかったそうだ。私は建設工事の停止中に大間町を訪れたが、「原発が稼働しなくてもいいから、とにかく工事だけは計画通りに全部させてくれ、という悲鳴が出ている」と聞かされた。原発に頼らざるを得ない状況なのだ。
大飯原発(福井県)が再稼働する時に改めて感じたのだけれど、原発の新増設や再稼働をさせないためには、同意権を持つ地元自治体に反対してもらうのが一番の早道だ。つまり、地元の意向を汲みながら原発に代わる振興策を提示し、地元が「原発はやめよう」と言える環境を整える必要がある。今こそ、危険な原発を地方に押し付けてきた都会が果たすべき役割なのだと思う。
そうした営みと相俟ってこそ、函館市による差し止め訴訟の効果も高まるに違いない。
福島第一原発事故では、放射能による被害が県や市町村といった「境」とはまったく無関係に広がることが改めて明らかになりました。その意味では、 誰もが「当事者」であるともいえます。
一方で、数多くの核施設が建設されている下北半島の状況を思えば、直接的な負担を一部の地域に押しつけることで私たちの社会は成立してきた、とも いえます。1年半ほど前の記事になりますが、大間出身の山田勝仁さんが現地の声をレポートしてくれたこちらの記事もぜひあわせてお読みください。