小石勝朗「法浪記」

 橋本龍太郎首相とモンデール米駐日大使が、沖縄の米軍・普天間飛行場の全面返還を発表したのは1996年4月のことである。当時、私は沖縄の地元紙記者に出向したばかり。普段はそう熱くなることがない編集局内が総立ちになった風景は、今でもはっきりと記憶に残っている。

 それから18年近くが経つ。しかし、沖縄の基地の状況はほとんど変わっていない。普天間の移設先をめぐって幾多の紆余曲折はあったにせよ、日本国内の米軍基地の4分の3は依然として沖縄に集中したままだ。そして、本土の人たちが、そのことにさして関心を示さないという構図もまた、変わらない。

 そんな中で昨年末、沖縄県の仲井真弘多知事が名護市・辺野古沖の埋め立てを承認した。普天間飛行場の代替基地を造成するためである。埋め立て面積は160ヘクタール。陸上部とあわせて205ヘクタール(東京ドーム44個分)の土地を使い、長さ1800メートルの滑走路2本をV字型に配置した新基地が計画されている。埋め立て費用は約2300億円と見積もられているそうだ。

 普天間飛行場の県内移設や沖縄振興策、日米関係といった観点から論じられている知事の判断だが、どうにも気になっていることがある。埋め立ての承認に、果たして法律的な正当性があるのか。「辺野古移設」が、外交や防衛をはじめ諸々の政治的要素の絡むイシューであることは十分に認識している。だが、本来は米軍基地を造るためか否かにかかわらず、まずはこの埋め立てが法律の要件を満たすと言えるか、という基準で評価されるべきだからだ。

 ちょうど今日15日、辺野古への新基地建設に反対する地元住民ら県民が、県を相手に埋め立て承認の取り消しを求める行政訴訟を那覇地方裁判所に起こした。「公有水面埋立法の要件を満たしておらず、承認は違法」と主張している。本コラムの趣旨にも鑑み、この視点から今回の承認を見てみよう。

 訴訟の原告団は、公有水面埋立法の第4条を問題にしている。この条文は、知事が埋め立てを承認するための要件として、(1)国土利用上、適正かつ合理的であること、(2)環境保全と災害防止に十分配慮されていること、(3)用途が環境保全に関する国・自治体の計画に反しないこと、(4)公共施設の配置と規模が適正であること、など6項目を定めている。

 ちなみに、公有水面埋立法は大正10年(1921年)に制定されたが、埋め立てで貴重な水面が失われ自然環境に弊害をもたらしたとの批判を受けて、昭和48年(1973年)に改正。「環境との共生を図ったうえで必要最小限の埋め立てを認めていく」との方向が打ち出された。

 原告団が違反の根拠にしているのは、第4条の要件の中でも「環境保全への十分な配慮」と「適正で合理的な国土利用」だ。何が法律の規定に反しているのか。具体的には、昨年11月に日本弁護士連合会(日弁連)がまとめた意見書が参考になる。

 まず「環境保全への十分な配慮」について、日弁連の意見書は「『十分な配慮』とは、問題の状況と影響を把握したうえで、これに対する措置が適正に講じられていること」と解釈する。そして、「(今回の)埋め立ては環境に十分配慮されたものとは到底言えない」「埋め立て予定地の自然環境の保全を図ることは不可能」と結論づけている。

 大きな理由として挙げているのが、ジュゴンである。国の調査では周辺で3頭しか確認されていない絶滅危惧種・国の天然記念物で、沖縄が北限とされる大型草食獣だ。体長3メートルほど、クジラに似た胴体と小さな頭を持ち、人魚のモデルとも言われる。

 埋め立て申請に伴う国の環境影響評価(アセスメント)書には、海草の藻場でのジュゴンの食跡は「辺野古地区では確認されなかった」と記載されていた。そのうえで、国は「(埋め立てによる)海面消失によりジュゴンの生息域が減少することはほとんどないと考えられる」と予測している。

 しかし、環境影響評価書の提出後の調査によって、埋め立て予定地域で3カ月間に計12本のジュゴンの食跡が発見された。国もこの結果を確認していたが、日弁連の意見書提出の段階で評価書は訂正されていないという。意見書は「全く誤った予測をしている」と強く批判している。

 サンゴについても、国は埋め立てで約37ヘクタールの生息・生息可能域が消滅すると予測しながら、「必ずしも確立された技術とは言えない移植を環境保全措置としている点は極めて不十分」と指摘。約78ヘクタールが消失するとみている海草の藻場も「具体的な環境保全措置についての言及はない」としている。

 「適正で合理的な国土利用」をめぐっても、日弁連の意見書は、埋め立て予定地が「日本の重要湿地500」(環境省選定)の2つのエリアに関係していることなどを挙げて「生物多様性に富んだ環境的価値が高く評価されている」と強調。ジュゴンの餌場であることにも触れ、「国土の利用に関する様々な位置づけからも自然環境を厳正に保全すべき場所にあたり、埋め立てることは『国土利用上適正・合理的』とは言えない」と言い切っている。

 埋め立てに使う土砂の多くが本土から運ばれてくることも、問題視されている。埋め立てにあたっては、沖縄をはじめ九州や瀬戸内周辺などの計7県から2100万立方メートル(東京ドーム17個分)もの土砂を搬入することになっており、アルゼンチンアリといった外来生物が侵入して生態系に影響することが懸念されるからだ。

 仲井真知事の埋め立て承認に至る手続きの中で、当の沖縄県の環境生活部が承認のわずか1カ月前の昨年11月に、「環境保全措置に不明な点があり、周辺区域の生活環境と自然環境の保全への懸念が払拭できない」とする意見を出していることにも注意が必要だ。米軍機の騒音、ジュゴンやウミガメの保護、土砂に混じる外来種の駆除、サンゴの移植、工事に伴う赤土の流出など、国が打ち出した多くの措置に対して「実効性が確認できない」といった形で否定的な評価をしている。

 国の埋め立て計画が公有水面埋立法の要件を満たしていないことを、沖縄県が自ら認めているのではないだろうか。

 にもかかわらず、仲井真知事は「現段階で取り得ると考えられる環境保全措置などが講じられており、(公有水面埋立法の)基準に適合していると判断した」と国の申請を承認してしまったわけだ。ジュゴンやウミガメの保護、外来種の駆除、米軍機の騒音などは、環境保全対策の「留意事項」としただけだった。

 普天間飛行場の県内移設や沖縄振興策の是非を論じる以前に、承認が法律の規定に則って行われたのかどうかをきちんと検証する必要がある。行政訴訟では、法律の解釈や適用をテーマに、実のある審理が実現するように望みたい。

 法律の問題から外れるけれど、最後に一言。

 仲井真知事の埋め立て承認に対して、少なからぬ本土の人たちが「札びらを切られて転んだ」と揶揄するのを目にした。たしかに、どう見たって知事は公約を翻したのだから、沖縄県民が非難するのは当然だ。でも、本土の私たちにそれを言う資格があるだろうか。

 仲井真知事にあの選択をせざるを得ないように仕向けたのは、「本土」に他ならないのだと思う。「埋め立てを承認するな」と言うのは易しい。じゃあ、あのまま県外移設に突き進んでいたとして、沖縄はどうなっていくのだろうか。

 おそらく、政府は徹底的な嫌がらせに出る。普天間基地を固定化し、危険な状態のまま放置するかもしれない。基地機能を強化して、オスプレイを増やすことだってできる。沖縄の他の米軍基地も、まず返ってこない。当然、沖縄振興の名の下の予算も、大きく削られる。権力っていうのは、そういうものだ。これまでの歴史から、沖縄の人たちはよく知っている。

 そんな先行きが容易に予想されるのに、どうやって沖縄県知事に「頑張れ」と求められるのだろう。ましてや、米軍基地を原発同様に、弱い土地ばかりに押し付けてきた本土の、特に都会に暮らす私たちが……。今回の記事で書いたように、埋め立て承認に違法性がないかどうかは厳しく問われるべきだ。でも、仲井真知事が国の申請を「法律の要件に適合しない」と突き返せる状況を作り出せなかったことが、一義的に誰の責任なのかは、よく考えなければならないと思う。

 東京都知事選で原発論争をすることを否定しない。でも、その何分の一かでも、沖縄の基地問題へアプローチする方法を考えてほしい。日米安保条約や米軍の駐留が本当に必要なのか。必要だとすれば、東京を含めて全国で米軍基地の負担をどう分かち合うべきなのか。不要だとすれば、これから日本はどういう道を歩んでいくべきなのか。沖縄の基地問題に向き合うことは、自分たちの国のありように向き合うことなのだから。

 

  

※コメントは承認制です。
第20回
沖縄県知事の判断は法的な観点から厳しく検証されるべきだが、「本土の責任」も問われるべきだ
」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    週末には辺野古のある名護市で、今後を大きく左右する市長選挙。これについては、今週の岡留さんコラムで詳しく解説いただいています。
    原発の問題が、立地地域だけの問題ではないように、基地の問題もまた、基地のある場所だけの問題ではない。何度でも立ち返りたい、忘れてはならない視点です。

  2. yuuko より:

    全面返還とは文字通りの「全面返還」でなければ、おかしいのではないでしょうか。いつの間に「移設」になったのですか。その原因になった12歳の少女に対する暴行事件はあまりにショックで県民の怒りは当然と思いました。アメリカの中でも、普天間飛行場を閉鎖してその機能を嘉手納に統合すればいいという声もあったとネットで見ました。アメリカにとっても日本にとっても中国が最大の貿易相手国になっている今、国の政治も安保条約も考え直す時期に来ているのではと思います。属国のような不平等な日米地位協定のまま、100年200年、300年も米軍基地を置き続けるなんて、考えられません。

  3. AS より:

    要するに、1945年9月以降、この国はアメリカの植民地、自由連合国と化しているわけなのですよね。
    これで「領海と領空と独立を守る」(安倍晋三)とか、片腹痛い。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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