1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。
*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。
第17回
さまざまな分断が進行中の大統領選
11月8日の米大統領選まで、あと2週間弱。
前回お伝えした通り、有権者達は大統領選にうんざり。先が見えない不安と緊張感に加え、性別、人種、階級や肩書、所得の格差、右か左か真ん中か、様々な分断がある世の中。バスに乗れば、客が運転手にいちゃもんをつけ、満員の地下鉄車内では地元っ子と観光客が、飛行機内では乗客達が、罵り言葉乱発の口論と、押し合いへし合いの繰り返しだ。
なんだか一触即発の世界。
現在、民主党クリントン候補は支持率49%でリード、共和党トランプ候補は44%で後を追う。
米CNNが10月24日夜(米時間)に報じた、調査機関ORCとの最新世論調査が面白い。
まず、男女有権者間の支持率の差。女性支持者は、クリントン候補の53%に対し、トランプ候補は41%。男性は、というと、クリントン候補の支持者が45%なのに対し、トランプ候補は全体の48%だ。
そしてクリントン候補は、第15回の当コラムで触れたミレニアル世代の若者達と、非白人層の間で支持率を伸ばしている。対するトランプ候補は白人層、特に非大卒の白人の間で支持率を増す。
女性蔑視発言とセクハラ疑惑の問題が引き金となり、クリントン候補にリードを許すトランプ候補は、選挙の不正を訴える。あげくの果てに、彼にセクハラされた、と名乗り出た女性達を全員訴えてやる、と公言したばかり。そして、選挙の結果を受け入れるか否か、はっきりとした明言を避けているのも、ひとつの不安材料となっている。
そんな中、対テロ戦争を題材にした『華氏911』など、社会派で知られるマイケル・ムーア米監督が、新作映画『マイケル・ムーア・イン・トランプランド』(原題)を公開した。監督は10月18日、いきなりツイッターでこの新作を発表し、紐育(ニューヨーク)下町の独立系映画館で同日夜にサプライズの無料試写。定員200人のところ、1000人以上が集まり、話題になった。
その翌日、同映画館の独占一般公開の初回を、入場料16ドル50セント(約1700円)を払って見た。
10月初め、トランプ候補の支持者が多数を占める保守派白人系の地盤、オハイオ州の劇場を貸し切りでロケ。地元有権者の前で、クリントン候補に投票する大切さを、監督が漫談形式で舞台から説くスタイル。撮影から編集まで、約2週間で制作した、という。
映画は、監督ならではの、敵地に乱入する突撃スタイルで、爆笑のプロパガンダ。先の予備選ではサンダース候補を支持した彼が、なぜクリントン候補に投票を決めたのか。
「(今回の大統領選の)投票用紙には、ドナルド・トランプの名前が書いてあるだけではない」と監督はユーモアを交え、理路整然と語る。「その投票用紙には女性に対する嫌悪が、蔑視が、人種差別が、白人優位主義が、そして白人だけのエリート主義が、目に見えない字で書いてあるんだ」。
見終わって、亡き永六輔さんがピーコさんに生前語ったという、「笑いながら怒ったりしていればいいの」を思い出した。
そう、マスカラが流れ落ちるほど笑い転げているんだけど、心は深く静かに、しっかりと、この世の理不尽さ、あり得なさ、そして倫理観が欠如し、権力を濫用する非常識な奴らに対し、激しく怒っているわけだ。
「銃乱射事件の犯人は、ほとんどいつも男性だ」「女性は平和主義。戦争を起こすのは、男性」など、女性の素晴らしさを語る「トランプランド」のムーア監督。
そして、10月24日から25日にかけての深夜、米ABCテレビのバラエティ番組に出演し、「彼女は30年間も公人として人々のために働き、いつも人々の目にさらされてきたのだから、その発言と行動が常に非難、批判の元になるのは当たり前だ。頭が良く、ウィットに冨み、公僕生活が長く、人々のために一生懸命働く素晴らしい女性」と、8年前の政敵だったクリントン候補を賛美するオバマ大統領。
日本と米国、どちらにもある良い面を語り続けたい。しかし、男尊女卑の風習は両国に共通する悪癖だ。見事にフェミニストぶっても、何かのきっかけでその化けの皮が剥がれる輩は、東京にも紐育にもいる。だが、社会に於ける女性の地位の話になると、どうしても我が日本の愚痴になる。昔から人々に犠牲を強いる国。その人権問題は、女性への差別、蔑視につながる。
ムーア監督や、オバマ大統領のようなフェミニストの男性は、私の国ではまだまだ少数だ。
「(トランプ候補に)同情するよ。強い女の前で萎縮して、かわいそうだよな」「最近の女はとんでもないよ。セクハラだのモラハラだの、すぐに文句をつけてくる」「(クリントン候補が)大統領になったら、女の世の中になって、男はますます小さくなるばかりさ」。
これらは、今回、ところどころで耳にする日本人、米国人の男性達の愚痴だ。
学歴と性別で分断、との分析がある大統領選。男と女の間には深くて暗い川がある、という、野坂昭如さんの歌「黒の舟唄」が脳裏をよぎる。男と女の根本的なところ、つまりお互い永久に分かり合えない存在なのか、その性と、社会に於けるあり方と認識の問題に至った今回のバトル。8年前も、4年前も、オバマ大統領が大統領選を闘った際、人種問題が問われている歴史を踏まえると、今回は女性が候補。だから当然の流れなのか。
第一次世界大戦中の貢献が認められ、米で女性に参政権が与えられたのは1920年。以来、女性は政治に寄与し、第二次大戦中も、男性が徴兵されたあとの国を、第一次の時と同じく、整備士、旋盤工など男性の仕事をやり遂げて国を守った、とムーア監督は語る。
昔も今も「この世を支える存在」と、彼が言う性を持つ身として、今ほど自分の性別、そして肌の色を意識する時は他にない。そして、言葉や文化にかかわらず、「異」性たる男性との間に流れる、深くて暗い川の存在も。
マイケル・ムーア監督の新作『マイケル・ムーア・イン・トランプランド』公開の紐育下町の映画館前で。(2016年10月19日 撮影:鈴木ひとみ)
史上初の女性の大統領候補者の登場によって、隠れていた様々な問題が露呈し、分断が起きているアメリカ。女性大統領の誕生によって、乗り越えられる一つの壁なのか、それともその「溝」がさらに深くえぐれていくのか…。あと2週間、目が離せません。
多くの女性は平和主義者だと思いたいですが、クリントン女史自体はその言葉と実績からそうではないでしょう。
「トランプとヒラリー、どちらがマシか」より
”クリントンは遥かに好戦的であり、多くの点でネオコンだ。
彼女は政権転覆に大いに関心を持っていて、それをあからさまに発言している。
実際、彼女はリビア攻撃に関与したが、トランプが指摘したようにそれは悲惨な結果を生んだ。
彼女はホンジュラス政権打倒にも参加したが、これも同国に大混乱をもたらした。
クリントンはイラク戦争のような外交政策の大失策の継続に関心を持っている。”
女史の思想と価値観はむしろ自民党の悪目立ちしている女性議員や大臣に近いと思います。
アメリカのフェミニストたちのクリントン女史への評価はどのようなものなのですか?そもそも、彼女をフェミニストと評価していますか?