ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第10回

秋の初め、民主主義の国の憂鬱

 米国の夏はレイバーデイ(労働者の日)と呼ばれる連邦政府の祝日、9月の第一月曜日に終わる。土日月の三連休明けの6日(火)朝、紐育(ニューヨーク)の地下鉄には、新学年を迎えた学生、新社会人となった若者達のフレッシュな姿、緊張した顔がある。
 さて、夏の終わり、秋の始まりと共に、米大統領選の終盤戦が連休明けの6日から始まるのも、この国の伝統だ。11月8日の投開票日まであと2ヶ月。民主党候補のクリントン元国務長官(68)と、共和党候補のトランプ氏(70)による一対一のディベート、討論会は、文字通り3度に渡る「頂上決戦」。見逃せない。
 この夏は日米共に、政治や世界情勢に関し、実に色々な話を世界の様々な人達と交わすことができ、ありがたかった。東京でも、紐育でも、最も聞かれたのは「トランプ氏は大統領に当選すると思うか?」。
 「選挙は水もの」
 「トランプ氏が大統領になってもおかしくない」
 「どっちもどっち、両候補とも嫌い。どちらにも投票したくない、という人達が目立つ」が、私の答え。
 面白いことに、3ヶ月前の夏の始まり、そして、5日(月)夜のディナー・パーティでも、同じ質問と答えが繰り返され、米国籍の友人達はみな揃って首を振る。
 「彼(トランプ氏)が大統領になる可能性は、充分にある。油断は禁物」
 「彼女(クリントン氏)も、彼も、好きになれない。投票したくない。でも、米国とこの地球を破滅に導く候補はどちらか、と考えたら、どちらに投票するか、結果は明白だ」
 「棄権は出来ない。一票を無駄に出来ない。棄権したら彼が当選するに決まっている。だから、どちらの候補も嫌、投票に行っても仕方がない、と逃げ腰の友達をみんな説得しなければならない時期に来ている」
 彼らの会話の土台にあるのは、トランプ氏が追い上げ、リードを伝えられるクリントン氏と支持率が拮抗している、と報じられる現状への、大いなる危機感だ。
 連休前9月2日のロイター電、世論調査(8月26日から9月1日まで、全米50州の1804人を対象に実施)によれば、トランプ氏は支持率を伸ばして40%、クリントン氏は39%。しかも、両候補どちらにも投票しない、との回答は、何と全体の20%を上回っている。
 「カネと疑惑の問題をひとつ取ってもよくわかるだろうが、両候補に共通するのは、政治的な透明感が全く見られないことだ。しかし、二人を比べると、トランプ氏はセンセーショナルな話好きのメディアが飛びつく、過激な話を常にしていて、その結果、ニュースチャンネルは彼の話題を四六時中取り上げている」と語るのは、紐育っ子の地元記者だ。
 「彼はテレビのリアリティー番組の申し子だ。テレビのサウンドバイト、映像と音が合体した短い瞬間に、一般受けするコメントを出せる。これが、彼の大衆を引き付ける強みで、あなどれない。その論議を呼ぶ、偏見に満ちた発言の内容はともかく、ね」
 「一方、クリントン氏はどうだろう。国務長官時代のメールに関する公私混同問題。夫であるビル・クリントン元大統領と設けた、クリントン財団の献金者に対する便宜供与の疑惑問題。彼女がマスコミ相手に記者会見をした回数の少なさは、トランプ氏と好対照だ。ただし、彼女は批判を受け、このレイバーデイの連休に、遊説先に向かうチャーター機の中で、同行記者達を相手に30分間の質疑応答をしたばかりだ」
 ベテラン記者の彼にしても、私の周りの同年代、つまり還暦前後、50歳代から60歳代の米国人にしても、今回の大統領選は「先が全く見えない」、「選挙結果が出るまで、皆目分からない」と皆が口を揃える。
 あと2ヶ月。1980年秋、民主党のカーター大統領と、共和党のレーガン候補の戦い以来、米大統領選をつぶさに見ている私にとって、36年目にしてこんなに面白い戦いはない。
 それは、トランプ氏が民衆の「るつぼ」たるアメリカ合衆国という「樽」を蹴り、ひっくり返したあげく、樽の底にあった差別、侮蔑、区別という最も醜い「澱」が全て露呈しているからだ。
 それを言うと、この街の女友達は「あなたは日本人だから、面白がっているのよ。これはマイ・カントリー、自分の国の話。オバマ大統領の言葉を借りるまでもなく、政治はエンターテイメントではない。だから、ちゃんと考えなければないんだけど、どうしていいかわからない。それに、誰がその、澱を掃除するのよ? 本当に困ったものだわ」と言っていきなり真面目な顔になり、ため息をつきながら深刻に考えこんでしまった。 
 選挙で嫌気が差してしまう雰囲気を、夏の初めの母国、参議院選挙で味わい、紐育でも同じ世界の空気を反芻することになるとは。政治、経済の話が三度の飯より好きな人達が山ほどいる街の、秋の初め。あと2ヶ月の米大統領選、民主主義の国の憂鬱。覚悟を決めて、未知との遭遇を楽しみにするしかない。

米三連休の最終日、紐育の街角で両候補が客寄せの宣伝。「互角の戦い」だから、と50%オフのセール。
(2016年9月5日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第10回 秋の初め、民主主義の国の憂鬱」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「一票を無駄にしたくないけど、投票したい人がいない」――ついこの間、日本の選挙でも同じような言葉を聞いたばかりです。日米に共通するこの憂鬱感、政治への不信感を解決する策はどこにあるのでしょうか…。米国民は最後に誰を選ぶのか、その結果は当然日本にも大きく影響してきます。待っているにはあまりにも不安な「未知との遭遇」です。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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