1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。
*タイトルの写真は、紐育に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。
第4回
カリフォルニア・フリーダムの光と影
6月12日。日曜の朝。抜けるように青い空。のんびりとそよぐ風。さんさんと輝くお日さま。1階の自動ドアから食堂に入ったとたん、中にいた20人余りの人達が、みな食事の手を止め、私を見る。それまで聞こえていた会話も、ナイフやフォークが皿に当たるカチカチとした音も、全てストップした。
聞こえてくるのは、米保守系共和党寄りと言われるFOXテレビの大音量のみ。画面に映るのは、米史上最悪の銃射殺事件を伝える現地リポート。先週お伝えした、6月12日午前2時過ぎ(日本時間同日午後3時過ぎ)、米南部フロリダ州オーランドにあるLGBT(性的少数者)向けのナイトクラブで、イスラム過激思想に感化されていた男(29)が自動小銃を乱射し、49人が死亡した大惨事のニュースだ。
何だか、西部劇にあるガンスリンガー、さすらいの早撃ち名手が、見知らぬ荒野のバーに入っていく映画の一シーンみたい、と脳裏に光景が浮かぶ。セルフサービスの食堂カウンターに近づき、紙コップにコーヒーを入れる。人々は、無言のまま、私の行動を目で追うのが分かる。カウンターの世話をしている、ヒスパニック系の女性と目が合う。
「おはようございます。いかが? お元気?」
英語で声をかけると、室内の客達は何事もなかったかのように、それまで途絶えていた会話に戻った。
私は西海岸、カリフォルニア州の北側、シリコンバレーの外れにある某ホテル・ブランドの小さな宿にいた。その週末に、近くのキリスト教系の私立大学と、全米屈指のエリート私立大学でダブル卒業式があったため、「米地方からの出席者達」でホテルは「全室満員」(同ホテル、フロント談)だった。
食堂にいた客達は、全て白人。それも紐育(ニューヨーク)で見慣れた、ちょっと世慣れした都会人的な白人達ではなく、日曜日は教会に行って、食事を、という感じの真面目そうな老若男女だ。
何人かの人々は話をしながら、私の行動を目で追い、様子を伺う。スクランブル・エッグも、ベーコンもトーストも食べる気がしなくなった。朝食バイキングが終わる時間に食堂に戻り、コーヒーのおかわりと、バナナとブルーベリー・マフィンを手に階段を登ろうとした時、先ほどのヒスパニック系の女性スタッフが、階段で一休みしているのに出会った。
「さっきはありがとう。私ひとりが非白人の客だったのね。でも、ああいう反応をされて、驚いたわ。みな、一瞬フリーズするなんて。私があなたに話しかけなかったら、あなたがそれに答えてくれなかったら、どうなっていたのかしら。おかげで助かったわ」と私。
彼女は溜息をつく。
「最近、ずっとこうなのよ。私は、生まれも育ちもこの近所、ノーザン・カリフォルニアだけど、曾祖父の代はメキシコからの移民だった。私の家族は誰もイリーガル、法律を冒してこの国に移り住んだわけではないのに」
30代の彼女は、私の目を見て続けた。
「メキシコからのイリーガル達はみんなディポータブル、国外退去処分に値する、アメリカとメキシコの間に壁を作る、とあの人が言ってから、話がおかしくなったのよ。人々の態度もひどくなった。私達、肌に色がついた人間を侮蔑、差別する白人達がいるのは分かってる。でも、ここまでひどくなるとはね、信じられない」
「『あの人』のせいだと思う? 彼が出馬宣言して1年、事態は悪化したと思う?」と私。
彼女はうなずく。『あの人』とは、米大統領選で共和党指名候補が確定しているトランプ氏のこと。結局、彼女とは、お互い、身体も心も健康を保ち、この滅茶苦茶な時代を乗り切りましょう、と別れ際に言葉を交わした。
「異」なものとは何か。異邦人、外国人とは誰か。トランプ氏の出馬以来、「異」なものへの恐怖を売る、彼の様々な暴言で、合衆国という一つの大きなワイン樽がひっくり返され、底にある「澱(おり)」が外に出され、良くも悪くも全てが露呈した印象がある。そして、その澱の大きな部分、根っこにあるのは、人種差別、人種侮蔑だ、と感じる。不安な時代にあって、差別、侮蔑、区別の心が広がるのは日米どころか、世界共通ではないか。
ホテルで出会った彼女にも伝えたが、人種差別問題を語るのに必見の無声映画『國民の創生』(1915年米公開)を見て欲しい。米国を二分した南北戦争と、その後の連邦国家再建を描いた作品。故淀川長治さんの名解説エッセイと共に、ネットを探すと出てくるはずだ。
一見素敵なカリフォルニア・シリコンバレーの夕焼けだけど(2016年6月12日 撮影:鈴木ひとみ)
『國民の創生』への淀川長治さんのコメントは、こちらで読めます。
政治や経済に不安が広がると、「異」なるものへの差別が始まる。日本でも他国でも、同様の状況が生まれていることを感じて、ため息がこぼれます。しかし、一体何を「異」とするのか。いまは自分がマジョリティのように思えていても、いつマイノリティだと指さされるかわからない―そんな状況がさらに不安を拡大させるだけです。歴史の繰り返しから、私たちはもう少し何かを学んだはずだと信じたいのですが…。