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こうして書き進めていく間も、私の奥底にしまっておいた記憶が、数珠つなぎになって這い出てきます。
――ヘイ、セン! YOUは、米軍のミサイルのすごさを知ってるか?
これは、二〇一一年のゴールデン・ウィーク滞在中、不意に自室から飛び出してきた義父が、私に投げかけた質問です。私はリビングの食卓を借りて、職場関係の報告書を作成しているところでした。このころはちょうど、9.11アメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされたオサマ・ビン・ラディンが、潜伏先のパキスタンにおいて、アメリカ軍の手で殺害されたという報道があったので、よく覚えているのです。このニュースに喜びを爆発させていた義父の姿が忘れられません。「やっぱりこの人もアメリカ人なんだな……」と思ったものでした。
――リッスン!
上気した子どものような表情で、義父が寄ってきました。つい先ほどまでいろいろと検索をかていたのでしょう。義父はアイフォンのページを次々に示し、世界各地で「活躍」しているアメリカ軍の戦闘能力を事細かに説明しはじめました。ジョークでも始まるのかと思って受け流していたのですが、本人は本気でエキサイトしている様子でした。
義父は米軍のミサイルが、正確にターゲットを撃墜するにいたるプロセスを、うれしそうに解説してくれました。
――いいかい? このミサイルは、ありとあらゆる障害物をキャッチするんだ、YOU KNOW? だから、どんな町の中の建物も、こんなふうにヒュンヒュンよけて飛んでいってしまう(義父は「ヒュンヒュン」にあわせて、アイフォンを振り回しました)。そして結局のところ、最後はピンポイントで「ボンム!」ってわけさ、YOU KNOW?
実に無邪気に兵器の能力を解説する義父の姿に、私はどう反応すればよいのか戸惑っていました。義父は、黙ったままの私を見るや、「こんなに面白い話をしているのに、なんで反応しないんだ?」といった不満げな顔で両肩をすくめると、「WELL……」とつぶやいたきり、自室に引っ込んでしまいました。
このときのことを思い返すたびに、自分はなぜ、次のような異論をきちんと述べなかったのだろう、と考えます。「イラク空爆の際は、毎週のようにアメリカ軍戦闘機による誤爆報道があった。テクノロジーがどんなに発達していようとも、それを扱う人間のエラーは防ぎようがない。仮にターゲットが正確に破壊されたとしても、周囲にいる罪もない人々が傷つかないという保証はどこにもない。そもそも、その圧倒的な破壊力を持つ兵器や軍隊が、しきりに出入りすることで、沖縄県民の生活が脅かされてきたのではないか?」と。
私がこの言葉を言えなかったのは、義父の無邪気さに呆れていたというだけでは済まない問題が潜んでいたことに気づかされます。
まず、私の家族が彼の家で世話になっているという、厳然たる事実がありました。たしかに彼の家は、プライバシー・ゼロの状態に等しく、妻には多くの忍耐と心労を負わせてしまいました。ただ同時に、放射能汚染について確かなことが分からない状況下では、そこは私が唯一安心して家族を預けることのできる「避難所」でもあったのです。そうした場所を快く開放してくれた義父に、私は恩義を感じていました。
ただ、それにも増して私の胸につかえてきたのは、無邪気にミサイルの話をする義父と、それに違和感を覚える私とが、「紙一重」なのではないか、という疑問でした。自分が義父の言葉を耳にした瞬間にそう感じていたのかどうか、必ずしもはっきりしません。けれども、原発避難以降、沖縄について見聞きしたことを踏まえる限り、私はどうしてもこの疑問にたどり着かざるをえませんでした。つまり、義父の発言に違和感を覚えていようがいまいが、沖縄を「コロニー」として食い物にしてきた本土の人間である私が、免罪されるわけではないのではないか、と。
東京電力福島第一原発事故が起こり、飛行機に飛び乗り向かった先の沖縄は、その後、母子が生活する場所となることで、「地元」となりました。そこには、心あたたまる人々とのふれあいや安心感があると同時に、「本土」では想像することもできないような、厳しい沖縄の現実がありました。筆者の苦悩を、私たちがどれほど共有できるか、それが問われています。
これに似た事案は本州でも起きてますよね。
沖縄特有ってことはないでしょ。