2013年8月17日(土)14:00〜17:00
@カタログハウス本社 地下2階セミナーホール
福島第一原発事故を経験した私たちは、その危険性を嫌というほど実感しました。しかし、3・11から2年半がたった今、政治は原発再稼働を推し進めています。なぜか? 広瀬隆さんは、長年にわたって集めた膨大な資料を元に、日本が原発推進から抜け出せない「歴史的な理由」を語ってくれました。原発の推進は、人権や憲法の問題とも根底でつながっています。原発、人権、そして憲法。大手メディアではこれまであまり語られてこなかった「近代史」に、満員の会場は大いに盛り上がりました。
広瀬隆●ひろせ・たかし 1943年東京生まれ。早稲田大学卒業後、大手メーカーの技術者として勤務。その後、医学書、技術書の翻訳者を経て執筆活動に入る。『東京に原発を!』(JICC 出版局〈現在集英社文庫〉)、『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋)など原発問題を考える著書は多数あり。なかでも、チェルノブイリ原発事故の1年後に出版された『危険な話』(八月書館)は、ベストセラーになり反原発の世論形成の役割を担った。この本に忌野清志郎が影響を受けたことは有名である。2010年8月には15年ぶりの反原発書として『原子炉時限爆弾~大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)を出版、翌年3月に起こった福島原発の事故を予言するような内容だった。また、事故直後に緊急出版された『福島原発メルトダウン』(朝日新書)では、「全原発を即、止めよ」と警鐘を鳴らした。
第一部の冒頭、広瀬さんはある動画を見せてくれました。今年7月、『DAYS JAPAN』の広河隆一さんや、物理学者の藤田祐幸さんたちと一緒に、福島を車で縦断しながら放射線測定の旅に出た時の映像です。廃墟と化した町に、山積みにされた放射性廃棄物の袋。ガイガーカウンターは毎時14マイクロシーベルトを指していました。広瀬さんによると、毎時0.02~0.05マイクロシーベルトであれば、あまり汚染していない平均的な空間線量だそうで、1マイクロシーベルト以上で危険な状況であると言います。
また、広瀬さんたちは土壌の汚染も計測していました。結果は、1平方メートルあたり195万ベクレル。チェルノブイリでは148万ベクレル以上あれば完全閉鎖地区で、それを上回る汚染だそうです。テレビや新聞では報道されない福島の今に、愕然とさせられる映像です。広瀬さんは「あれだけの廃虚を作った人間が罪に問われないなんて。なぜ福島の人が泣き寝入りしなきゃならないのか」と力を込めました。
原発事故は、確実に人々の暮らしを奪い、土地を汚染した。それは今も、これから先も、ずっと収束の見えない問題であることを改めて突き付けます。
しかし、福島の現状を無視するかのように原発を推進しているのが今の政治です。素朴に「どうしてそこまで…?」と感じる人も多いのではないでしょうか。その答えは、近代の歴史をひも解いていくことで見えてきます。
多くの場合、明治維新は美談として語られます。西郷隆盛、木戸孝允、大久保利通などを“英雄”として好意的に受け止めている人は少なくないことでしょう。しかし、広瀬さんは「戊辰戦争では東北に進軍した薩長らの藩兵が、奥州鎮撫と称して仙台や会津に到着。彼らは無礼で横暴を極め、金品を強奪して乱暴狼藉の限りを尽くした」と言います。
また、その薩長が中心となって築かれた明治政府は1894年から10年おきに戦争をし、日清戦争(1894年8月1日開戦)で尖閣諸島を日本に編入(1895年1月14日)。日露戦争(1904年2月10日開戦)では竹島を日本の領土に編入(1905年2月22日)。広瀬さんが示した年表を見ると、その関係性がよくわかります。尖閣諸島も竹島も日本領だと言われますが、いずれも戦争のさなかで編入していたのです。「日清、日露戦争は中国ロシアと闘いながら、朝鮮半島を侵略するための戦争だった」と広瀬さんは憤ります。歴史を知っている中国や韓国の人が怒るのは当然だということです。
明治政府の中枢を担った伊藤博文は、とりわけ英雄のように語られますが、「朝鮮、満州、台湾、琉球、フィリピンを手中におさめて、日本を豊かにせよ」と若者たちに強く説き、アジア侵略を進めた存在だそうです。彼と同じ長州出身の首相は、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三、菅直人まで合計9人にのぼります。内閣制度ができてから130年近い間の4分の1以上を占めるわけですが、それが、今の政治のあり方に脈々と影響をもたらしていると考えることができます。
例えば、尖閣諸島も竹島も、人間が住めるような島ではありません。それでもお互いに欲しがるのは、石油資源や漁業権の問題が関係していますが、「まともな外交官なら、けんかせずにお互いに資源を分けましょうとなるはず」と広瀬さんは訴えます。
また、ずっと以前から「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」などの英字新聞を購読していた広瀬さんは、従軍慰安婦の記録写真を山のように見てきたそうです。そこには、12歳くらいの少女までもが写っていて、思わず涙が出たと言います。慰安婦問題は、女性差別の観点から語られがちですが、広瀬さんは 「これは男の問題ですよ。放っておくのは“男の恥”」だと言います。なぜ新聞やテレビに出る男性有識者たちは、誰もそのことを主張しないのかと嘆きました。
第二部は、日本国憲法誕生の経緯について、資料を元に解説してもらいました。
広瀬さんは、「今では当たり前となっている国民主権を条文に制定したのは誰か?」という根源的な問いかけから話を始めました。一般的には、連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥であるかのように語られがちですが、事実はもっと複雑です。「GHQは憲法を書いたけれど、その骨組みを作ったのは日本人」と広瀬さんは言います。
敗戦翌月の1945年9月27日、フランス文学者の辰野隆、小説家の正宗白鳥、作曲家の山田耕筰など日本人の文化人グループが「日本文化人連盟発起会」を開きました。その後、その「日本文化人連盟」から分岐する形で、憲法史研究者の鈴木安蔵が中心となって「憲法研究会」を結成。言論の自由、男女平等、生存権、平和思想など民主国家の屋台骨を具現化するための議論を始めました。
また、同年の世論調査では、国民の4分の3が明治憲法からの改正を強く求めていたとのこと。「天皇制改革」「貴族院の廃止」「国民主権」「自由の保障」などを求めるという意見があったそうです。
その後GHQは、鈴木安蔵らが書いた草案通り主権在民を認めて、戦争放棄を9条に規定するという形で憲法を起草しました。さらに、GHQの上部機関である極東委員会が「普通選挙制」と、「総理大臣と国務大臣は文民でならなければならない」という条項の追加を求めたという経緯を経て、1946年に日本国憲法が公布されました。改憲を主張する人たちがよく言う「日本国憲法はGHQが作った押しつけ憲法」とはだいぶ異なり、「当時の日本国民の情熱の結晶が新憲法だった」と広瀬さん。あくまでも日本国民が判断して作られたのが今の憲法だと分かります。
今年7月の参議院選挙では、自民党政権が復活し、憲法改定へと突き進んでいるように見えます。しかし、「諦めてはいけない」と広瀬さんは呼びかけます。自民党は大勝したと言われますが、絶対得票率(有権者総数に占める各政党の得票数の比率)で見るとたった20%。大多数の有権者は自民党を支持していないことから、政治の暴走を止めることは不可能ではない、と言うのです。
講演の最後、広瀬さんは来場者に「お願い」を託しました。
「みなさんも自分たちの運動があると思うけれど、一度、力を集めて伊方原発の再稼働を阻止しよう。全国で力を合わせて最大の力を注ごう。伊方原発の再稼働を止めれば、ほかの原発も止められます。そうすれば空気が変わります。そして、もう一つ憲法も大運動をしましょう。本当に危ない日がくるまえに大運動を」
原発再稼働にしろ憲法改定にしろ、あまりに大きな力の前に、「私一人が動いても」とついつい弱気になってしまいがちです。しかし、歴史的な事実を元に力強く語る広瀬さんの講演から「先人たちも自由と平等のために、闘ってきた歴史がある。一人ひとりの力は小さくてもそれが結集し、大運動となれば、原発のない平和な社会が実現するかもしれない」と勇気づけられた方は多かったのではないでしょうか。最後の質疑応答も含め、来場者のみなさんの真剣さが伝わるマガ9学校でした。
●アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします。(敬称略)
今の社会科教育では、今日広瀬さんが話された部分は、軒並み隠されていました。戦後の歴史、特に終戦直後のお話はまったく結果のみしか語られておらず、文脈が書かれていません。教育において何が由来となっているかが、明確にされないために、今の私達の若い世代は、不透明な平和に包まれていると思いました。(田中柚人)
原発、憲法、TPP、消費税…日本はどこに向かっているのか、そのためには歴史をひもとくことが大切と感じています。今日の明治維新以降のお話は、たいへん参考になりました。(匿名希望)
日本の置かれている現状についてわかり易くお話しして下さりありがとうございました! 市民の一人一人が声をあげて、連帯のネットワークを作っていくことが今こそ必要であること、同感です!(兼松恵)
従軍慰安婦のお話をされた時、「女性の(人権)問題だというが、これは女性の問題ではない。男の恥」と力強くおっしゃいましたが、男性の広瀬さんからその言葉を聞き、非常に感動しました。私たち女性も、もっと意見を述べて主張していくべきことをしていきたいと思いました。(匿名希望)
歴史をからめた話はとても面白かったです。と同時に、恐くもなりました。自らも研究や勉強をしていく事の重要性を感じました。(匿名希望)
広瀬氏の力強いメッセージに心から感動した。日本の近現代史が一市民視線から語られており、非常に勉強になりました。(中村孝)
近代史は今までの理解と全く異なる部分が有りましたので、改めて調べてみたいと思います。原発の問題も憲法の問題も、真実を知らせないマスコミが一番の問題だと思いました。(南舘通)
歴史までふまえてのお話が聴けて、良かったです。資料もじっくり読みたいです。(匿名希望)
現憲法制定過程についてのお話は、ひととおり知っているつもりでしたが、画期的でした。中江兆民—植木枝盛—鈴木安蔵のラインの指摘が新鮮。また当時の国民の3/4が新憲法を求めていた事実は重要と思いました。(池上仁)
最後の呼びかけ、そのとおりに思います。周りに改憲も原発もNGの意見を持っている人ばかりなのに「どうしてこうなるの?」という無力感がある中、元気が出ました。ありがとうございます。しかし、これから自分たちがどう行動するかですね。(狩野三枝)
明治維新から戦後までの政治の本当の流れを知ることができました。学校教育でしっかりと本当のことを教えて欲しいです。(樋口恵子)
広瀬さんのお話、ネットの動画では何度も何十回も視聴しましたが、直接伺うのは初めてでした。これからは何度でも足を運びたい。そしてまわりの人に伝えたい。(匿名希望)
講演の模様(第1部、第2部)はこちらの「マガ9の動画」で見られます。是非、ご覧になってください。勉強になりますよ!