2017年2月12日(日)13時~16時
@伊藤塾東京校
講師:伊勢﨑賢治さん(東京外国語大学教授)+東京外国語大学伊勢﨑ゼミ生
ゲスト:小林節さん(慶應義塾大学名誉教授・弁護士)
イギリスのEU離脱を問う国民投票が大きな波紋を呼んだ2016年。離脱多数という結果が明確になって、英国民からは「こんなはずじゃなかった!」との声が上がりました。イギリスでは、国民投票は果たして民主的な制度として機能したのでしょうか。
一方、憲法に定めがあるものの、一度も国民投票を経験してこなかった日本。しかし「改憲勢力」が衆参両院で過半数を占め、憲法改定に関する国民投票が行われる可能性はかつてなく高まっています。近々、国民投票となったとき、自分の意見に自信をもって票を投じるには、どう向き合えばいいのか。世界の国民投票の事例を見ながら、伊勢﨑賢治さんとゼミ生、ゲストの小林節さんと一緒に考えました。
伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ) 1957年東京生まれ。大学卒業後、インド留学中にスラム住民の居住権獲得運動に携わる。国際NGOスタッフとしてアフリカ各地で活動後、東ティモール、シェラレオネ、アフガニスタンで紛争処理を指揮。現在、東京外国語大学教授。紛争予防・平和構築講座を担当。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『伊勢﨑賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)、『本当の戦争の話をしよう:世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』(毎日新聞出版)、『テロリストは日本の「何」を見ているのか』(幻冬舎新書)などがある。
東京外国語大学伊勢﨑ゼミ生 伊勢﨑先生のもとで平和構築について学ぶ東京外国語大学3・4年生。大学で専攻する言語や分野はさまざま。
小林節(こばやし・せつ) 1949年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒。慶應義塾大学名誉教授。法学博士(慶應義塾大学)。名誉博士(モンゴル/オトゥゴンテンゲル大学)。弁護士。一般社団法人インターネット関連事業健全化協議会理事長、公益財団法人松下政経塾評議員、医療法人社団寿会代表幹事。元・米国ハーバード大学研究員、中国・北京大学招聘教授、日本財団理事。自称「護憲的改憲論者」で、これまでさまざまな改憲試案に助言してきた。近著に『「憲法改正」の真実』(樋口陽一・東大・東北大名誉教授との共著、集英社新書)、『小林節の憲法改正試案』(宝島新書)などがある。
第一部
第一部は、東京外国語大学・伊勢﨑賢治さんのゼミで平和構築を学ぶ学生たちによるプレゼンテーションです。世界各国の国民投票は、民意を反映させる手段として、どのように行われてきたのか。日本でも憲法改定手続きにともなう国民投票の可能性が出てきた今、気になる各国の状況を報告してくれました。
まず国民投票とは何か。学生たちは「民主主義の実現において、社会の意思決定をするための仕組みのひとつ」と定義づけました。その上で、国民投票制度がない国も含め、世界の国々を3つのグループに分けています。
•国民投票を実施する場合、大統領発議・議会発議のみ(イギリス・フランス・南アフリカ・ルワンダ)
•国民発議がある(フィリピン・リトアニア・スイス)
•国民投票制度がない(中国・香港・インド・アメリカ・ドイツ)
1つ目のグループのイギリスは、昨年、EU離脱の是非をめぐる国民投票に注目が集まりました。結果に対しては国民の後悔がさかんに報じられましたが、イギリスでは中等学校で必修とされているシチズンシップ教育(市民としての教育)があり、必ずしも「衆愚の選択」とはいえないと指摘。また、この大統領発議・議会発議のみのグループの共通の問題としては、それぞれの国の歴史や事情により国民発議の定めがないものの、国民からの真の求めが政治に反映されにくくなっているなどの点も示されました。
2つ目のグループは国民発議があるため、国民投票に民意が直接反映されるように思えます。ところが、フィリピンでは1997年の憲法改定の国民発議は、最高裁によって違憲とされています。リトアニアとスイスは、どちらも投票率が高くないのも意外でした。
3つ目のグループでは、それぞれの国になぜ国民投票制度がないのかを解説。中国は一党独裁体制にあり、香港はその中国の一地方とされているため、体制を揺るがしかねない国民投票は実施できない環境にあります。また、インドは民族が多様なので国民投票ではマイノリティの声を吸い上げにくいとされている、アメリカは国よりも州ごとの権限が強い、ドイツはナチスが国民投票を悪用したことへの反省がある、といった各国固有の背景がわかりました。これらの3国は国民投票制度がなくても、さまざまな選挙制度が設けられていることや、政治教育が充実していることも紹介。制度としての国民投票がない理由は、「国家が国民の選択を信用せず、衆愚政治に陥るリスクを避けている」からではない、とのことでした。
最後は、日本の国民投票についての解説も。まず国会での発議から、国民投票広報評議会の設置(各議院の議員から10人ずつ選ばれる)、国民投票運動、投票・開票といった流れになることを説明してくれました。
世界の国々のケーススタディからは、どの国も試行錯誤を重ねていることが見えてきます。いずれにしても、イギリスのようなシチズンシップ教育や、ドイツの初等教育からの政治教育のような主権者教育、さらには国民の投票行動をうながす仕組みが大切だと思えました。
プレゼンテーションのまとめとして、学生たちからは、日本で初の国民投票を行うにあたって「3つの提言」が出されました。
1 正当性の付与
2 リテラシーの向上
3 国民の政治決定・プロセスへの参加
1番目は投票結果を正当なものにするために、たとえば最低投票率を設定する。2番目は他者とディスカッションや対話をして、リテラシーを高めるための主権者教育をやっていく。そして3番目は主体的に投票をするために、国民が選択肢の設定からかかわる。つまり「これに対してイエスですか、ノーですか」とあらかじめ決められて投票をするのではなく、選択肢設定のプロセスから国民が参加するシステムをつくったらどうか、という提言です。
私たちが初めて経験する国民投票。それが現実のものとなったとき、自分の意見をもって票を投じるには、こうした提言について一人ひとりが今から考えてみたほうがいいのかもしれません。
東京外国語大学伊勢﨑ゼミ生のみなさん
第二部
第二部は、学生たちのプレゼンテーションと「3つの提言」に対して、伊勢﨑賢治さんとゲストの小林節さんが対談し、意見を述べてくれました。
伊勢﨑さんは最初に「ケーススタディでは、国民投票を行わない国でも、『国民が愚民だから』という理由で行わないわけではないことが明らかになりました。だから国民投票制度は肯定するという前提で、そこを土台に話をしなければならないですね」と確認。小林さんも「私は憲法改正に関わる国民投票には、懐疑的な面もあった。でも今日、学生のプレゼンテーションをじっくり聞いて説得されてしまった(笑)。出された提言の方向でやっていくしかないと思います」と同意しました。
「3つの提言」の1番目については、伊勢﨑さんが「最低投票率の設定は、法律的にはどうなのですか?」と小林さんに質問。小林さんは「国政選挙の投票率はだいたい5割程度。あとの5割の人は何をやっているの、という状態でやってきたわけですね。だけど国民投票は事柄の重大性に鑑み、投票数の過半数で決めるのではなく、たとえば有権者の過半数の賛成を要するとなれば、それは憲法事項になるのか法律事項になるのか。憲法に明記するかどうかは検討が必要でしょう」との見解を示してくれました。
続いて2番目の提言、リテラシーの向上。主権者教育をするのは、伊勢﨑さんも小林さんも賛成。ただし、提言でいわれたような、意見の違う他者とディスカッションをするのは難しいものがあります。お2人からも、「いわゆる護憲派の人たちも、改憲論議そのものを無視したり、意見が少し違うと議論を避けたりしてきた面があったのでは」との厳しい指摘がありました。憲法改定をめぐって国民投票を行うなら、事前に意見の違いを超えて積極的に対話をする。そこは誰もが努力すべき問題といえそうです。
さらに憲法9条の改定にも話が及びました。自民党は現在、国民の賛成を得やすい項目の絞り込みをしているようですが、最大の目標は9条改定といわれています。自民党が掲げる9条改憲案には反対という点で一致するお2人ですが、伊勢﨑さんは「日本が戦後、いわゆる侵略戦争をしてこなかったのは、それが国際法で違法化されているからであって『9条のおかげ』ではありません。改憲論議をするなら、その基本的な認識から出発してほしい」と強調。小林さんも、今の9条の条文は現実に即していないという点で同意見でした。
9条の話は、3番目の提言にもつながります。国民の政治決定・プロセスへの参加を実現するにはどうすればいいか。小林さんは、9条改定を国民投票にかけるのであれば「まず選択肢を考えてはどうか」と提案。9条を改定し、自衛隊を国防軍にするのが自民党改憲案です。対して、9条はいっさい変えるべきではないという護憲論もあります。そして小林さんは改良案として、中国の軍拡化に対応し、自衛権はきちんと明記すべきといいます。その3通りくらいの選択肢をつくるプロセスに「国民が参加できるのではないか」というわけです。
具体的には、与党が改憲の発議を出してきたら、反対派がそれぞれ対案を提出する。その過程は法制度化する。そして改憲派、護憲派、改良派が、全国で公開討論をする。「そうすれば国民を議論に巻き込めるじゃないですか」と小林さん。伊勢﨑さんも、「われわれは討論をする、議論をするということをしてこなかった。そこから始めないといけないですね」とコメント。
小林さんは、自民党が9条改定の必要性を着々と国民に広げていることを危惧しています。対談後の質疑応答でも、多かったのは9条に関する質問です。9条はもとより、どの条文でも憲法改定をめぐる国民投票となったとき、結果に後悔しないためには、参加意識をもつことが大切。そのことを改めて教えられたマガ9学校となりました。
(アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします)
非常に学ぶことの多い講座でした。学生の皆さんのまとめたケーススタディとそこからの日本への提言がすばらしいと思いました。日本でもおそらく近々に憲法をめぐる国民投票があるだろうと思います。それまでに、どれだけの人を「これは自分にとっての大事な問題だ」と巻き込めるか。それがとても大事だと思います。(匿名希望)
最近、リベラル派といわれている方たちの言動に疑問を感じることが多かったので、お二人の話に膝をうちました。学生さんたちの発表もケーススタディに選んだ国が面白く、資料も読み応えがあって素晴らしかったです。(笹原香織)
戦後70年、戦争をしなかった日本がついに安倍晋三政権によって、集団的自衛権の行使を認め、戦争の規制を緩和する法律をつくり出した。日本は専守防衛に徹したほうがいい。ほんの数年で大戦争になる可能性も否定できない。人道支援と個別的自衛権の行使のみ認めた「永世中立国」としたほうが、平和が長続きしよう。全世界が大戦争から解放されよう。その意味での「憲法改正」であろう。(匿名希望)
学生さんのプレゼンテーションが立派で勉強になりましたし、両先生の対談を通して、国民が一人ひとり考えていかなければならないと痛感しました。(匿名希望)
「民度の向上」がよく言われ、そのために住民投票を活用するという意見を支持していたのですが、その意味で憲法改正の国民投票は、その関心度からいって比較にならないほど高い。提言にあった、リテラシーの向上→対話や意見発信の大切さはまったく同感ですが、そういう場や機会をつくることが難しいので、そのための工夫を詰めていただければなと思います。若者への期待を抱かせてもらいました。頼もしくうれしかったです。(新井行雄)
ゼミの話はわかりやすくてよかったです。日本はこのまま「非戦」でいくべきですが、国連憲章と憲法の差異を学ぶ必要があると思いました。(匿名希望)
小林先生の、「対案」による教育は理解できるのですが、似たような機会としてパブリックコメント制度があっても、あまり効果を生んでいないように思います。なんとかドイツのように義務教育に主権者教育がなされることが必要だと思いますが、どうすれば実現されるのか…。(匿名希望)
伊勢﨑先生の「護憲派はひきこもってはいけない」との言葉に大変感銘を受けました。伊勢﨑先生が外務大臣、小林先生が法務大臣であれば、日本はいい方向にいくと思います。(寺口幸一郎)