2014年9月20日(土)18:30~21:00
@新宿NPO協働推進センター
イ・イェダ●LEE Yeada 1991年韓国・仁川生まれ。17歳の頃から韓国社会に疑問を持ち、集会などに時々参加。韓国の専門学校で日本語を学んだ後、2012年、入隊2ヶ月前に単独でフランスに亡命し徴兵拒否。現在ベーグル職人として働きながら、パリ郊外に居住。
雨宮処凛●あまみや・かりん 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。現在もさまざまな不安定さを強いられる人々の問題に広く取り組み、取材、執筆、運動中。オフィシャルブログ「雨宮日記」
安悪喜●アン・アナーキー 韓国軍に徴兵され、2年間服務。その後、反徴兵制・改正運動に関わっている。
※今回のレポートは、学生ボランティアの海気月色が担当しました。
一般的な韓国人男性は、19歳のときに徴兵[※1]検査を受けます。その後、大学進学や特別な事情がない限り、すべての男性が2年間の徴兵義務を課されます。国連で基本的人権として認められている良心的兵役拒否[※2]は認められず、徴兵を拒否すれば、いかなる理由であっても懲役判決を受けることとなります。また兵役の代替制度も現段階では存在しないため、韓国男性に与えられた選択肢は、入隊するか、徴兵拒否で刑務所に行くか、あるいは今回のイェダさんのように亡命をするか、という苛酷なものとなっています。
※1 ちょうへい-せい【徴兵制】国民に兵役の義務を強制的に負わせる制度。軍隊を平時において常設し、これを要する兵を毎年徴集し一定期間訓練して新旧交代させ、戦時編成の要員として備える。(広辞苑 第六版より)
※2 りょうしんてき-へいえききょひ【良心的兵役拒否】(conscientious objection)個人の良心に基づいて、戦争への参加や兵役義務の遂行を拒否すること。(広辞苑 第六版より)
さらに、韓国国内で「聖なる義務」とされる徴兵を拒否することは、「社会的な死」を意味します。徴兵拒否による社会的な非難は避けられず、就職やアルバイトの際には支障となります。
日本では今年(2014年)の7月、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されました。十分な議論や説明が行われていないという問題性もさることながら、将来日本でも徴兵制の導入が起こり得るのではないかと考えた方がいらっしゃったかもしれません。もちろん韓国と同じ形式の徴兵制度が実施されるとは言い切れませんが、それでも韓国の徴兵制度や軍事情を知ることは決して無駄なことではないでしょう。たとえば韓国軍内で横行する身体的・精神的暴力(いわゆるいじめ)の問題はショッキングではありますが、徴兵制をよりリアルに考えるキッカケを与えてくれると思います。
今回で33回を迎えるマガ9学校では、徴兵拒否で2012年7月にフランスへ亡命したイ・イェダさん、イェダさんを日本に招いた作家の雨宮処凛(あまみやかりん)さんを講師にお招きしました。スペシャルゲストには、韓国での徴兵経験後は反徴兵制・改革運動に携わっている韓国人男性の安悪喜(アン・アナーキー)さん、現在は日本に在住する大分(おおいた)さん、NGO「戦争なき世界」所属の韓国男性クロさん、90年にイランから日本に亡命したものの未だに難民認定されずにいるイラン男性のジャマルさん(イスラム教を改宗しているため、祖国イランに帰れば死刑となってしまいます)が登場しました。
左から)韓国から今回のイベント参加のために来日したアン・アナーキーさん、イ・イェダさん、雨宮処凛さん
左から)飛び入り参加のクロさん、今回通訳も担当した大分さん
イエス・キリストの「イェ」とブッダの「ダ」が名前の由来だというイェダさんは、少年のころに手塚治虫の漫画『ブッダ』に強く影響を受け、無殺生を胸に誓ったと言います。イェダさんをはじめとして、雨宮さん、アナーキーさん、スペシャルゲストの方々、そして今回、大分さんとともに通訳を担当されたヤンさんが徴兵制のリアリティを圧倒的な平和観と迫力とをもって真正面からお話してくださいました。
2012年、フランス行きの片道チケットと6万円とを持って亡命
「亡命した理由は?」――雨宮さんの問いに、イェダさんは落ち着いた様子で語り始めました。イェダさんが軍隊について調べ始めたのは、徴兵が迫る19歳の頃だったそうです。このときに韓国軍隊内で横行する精神的・身体的暴力を原因とした減らない自殺、ベトナムやイラクへなどへの韓国軍の派兵といった事実を知ったそうです。これらに疑問を抱くとともに、『ブッダ』の影響で心の根底に殺生への強い抵抗感があったイェダさんは、兵役に参加することにどうしても気が進みませんでした。さらに、兵役従事者から選抜された警察官よる反政府デモの強硬鎮圧、徴兵拒否後の韓国社会での不当な扱いなどを知ったイェダさんは亡命を決意します。
2012年7月、イェダさんはフランス行きの片道チケットと6万円とを持ってフランスへ向かいました。現地に支援者はおらず、当時はフランス語が全く話せない状態だったそうです。しかし、命あるものは殺せないというイェダさんの思いを実現させるためには、また韓国国内において、徴兵拒否者が犯罪者と非国民という烙印を押され、脅威に晒されるということを踏まえれば、イェダさんには亡命という道しか残されていませんでした。
なぜフランスなのか?
亡命をした19歳当時、イェダさんは上述通りフランス語を話すことができませんでした。ただ日本語を話すことはできたそうです。そうであるのなら、なぜ地理的にも近い日本を選ばなかったのでしょうか。
第一に、日本における極端に低い難民認定率という点が挙げられます。昨年度(2013年度)の日本の難民認定率はわずか0.1%でした。
第二に、日本よりも充実したフランスの社会福祉制度という点が挙げられます。たとえばイェダさんの場合、難民認定をされる前からフランス政府による月額3万円の支給があったそうです。お金が底をついたときには、自由は制限されるもののホームレスの人向けのシェルターで生活していくことができました。難民認定されるまでに約1年(2012年7月に亡命、2013年6月に難民認定)という時間が必要となったイェダさんが、今回のマガ9学校で「生きて」なにかを語れるということは、フランスの社会福祉政策の充実ぶりを示しているのかもしれません。
一方、今回スペシャルゲストとして飛び入り参加してくれたイラク男性ジャマルさん(ジャマルさんについての詳細は、マガジン9内「雨宮処凛がゆく!」「働いたら収容所、帰国したら拷問〜〜謎のイラン人、ジャマルさんは難病で難民!! の巻」シリーズをご覧ください)は、日本において二十数年間難民認定がされていませんし、その待遇も人権を無視したような劣悪なものだったそうです。
難民認定率の低さや社会的福祉を含めた亡命者への待遇、そもそも難民への問題意識があるのか、日本が考えなければならない問題は多く残されていそうです。「難民だけじゃなくて、ほんとに(日本に住む)皆さんに対しても、人権感覚は大体どのくらいなのかということが言えるんじゃないかなと思うんですね」――ジャマルさんがおっしゃるように、日本における亡命者への人権侵害という事実は、日本に住む私たちにとっても決して他人事ではないはずです。
韓国徴兵制のリアリティとは?
次に、イェダさんは韓国軍内で起こる身体的・精神的暴力について、その悲惨さを訴えました。これらが原因となり、自殺や銃乱射事件といった報復行為へと発展していくケースもあるほどです。「学ぶためには殴られるのは当たり前」――イェダさんのことばは、体罰問題で揺れる日本でも無視できるものではなさそうです。
実際に徴兵を経験しているアナーキーさんは、韓国徴兵制の待遇面を厳しく批判しました。たとえば、1日24時間拘束されるというのに月額わずか1万円程度しかもらえない給料についてです。これは現在の韓国の最低時給(5210ウォン=約450円)に照らし合わせても低すぎる月給です。このような低月給は伝統――韓国で徴兵制が実施されるようになった頃(朝鮮戦争の頃)に、不足する国の財政を理由にしてほぼ無料で徴集兵が服務させられた――によるものだそうです。しかし韓国の経済力が上昇した現在においても尚、低月給で兵役に就かせられることは問題です。そしてこの低月給が、ひとりひとりの存在を重視しなくなることに繋がっていくのだとアナーキーさんは想像しています(ちなみにイラクの戦場に行くという条件付きで、月給30万円が提示されたことはあるそうです)。
また、休暇については1年9ヶ月の服務期間中にわずか28日間しか与えられず、外出や外泊は1ヶ月に1回のみ可能となるそうです。刑務所の受刑者並みに厳しいこのような待遇は、アナーキーさんいわく「規制しなければいつでも脱走することが前提」にあるからだそうです。さらに、服務中の携帯電話の使用禁止も話に挙がりました。外部からの情報が一切遮断されるというのは、情報が過剰なほどに入る状況では想像し難いものかもしれませんが、これが韓国徴兵制のリアリティなのです。
人としての自由が奪われ、厳しい服務環境と苛酷な身体的・精神的暴力のために年平均130人の若者が軍隊内で自殺し、兵役を終えた後も悪夢にうなされる――集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、徴兵制導入が必ずしも否定できなくなった日本、戦争ができる国づくりを進める日本では、今こそ韓国徴兵制のリアリティを知ることが重要なのではないでしょうか。
イェダさんの亡命は、いままでの亡命と違う?
イェダさんが亡命する以前から、韓国では徴兵拒否で亡命する人たちが存在していました。ただこれまでのケースは宗教的背景があったり、セクシャルマイノリティがあったりと、複数の理由が絡んだもの。イェダさんの亡命理由・難民申請理由とは異なるものでした。イェダさんこそ、韓国で良心的兵役拒否のみを理由に亡命した初めての人物だったのです。
イェダさんは、良心的兵役拒否で亡命した自分の行動によって韓国徴兵制の問題をたったひとりでもいいから共有できれば価値のあることだと考え、亡命という勇気ある行動に踏み切ったのです。
徴兵制とビートルズ?
徴兵制がある社会とない社会の違い、徴兵制のない社会の良さはなにかという話のときに、アナーキーさんは、徴兵制がない社会では「思考がより自由」、「何歳になにをすべきという強迫観念が軽い」、「個人の利益や権利に対する不当な侵害により敏感に反応できるように見える」といったことを述べてくださいました。イェダさんも、徴兵のある社会では集団的な考えで個人を規制すべきであるという考えが強いと見ています。
こういった話の流れに穏やかな革命が起きました――「僕はですね、やっぱりですね、一言で言うと『ビートルズ』ですね」――今回のスペシャルゲストのひとりである大分さんのことばです。ビートルズはイギリスで徴兵制が廃止された年に誕生しているため、もし徴兵制が廃止されていなければ、ビートルズが生まれていなかったかもしれないという話があるそうです。「やっぱりやりたいことがやれる、なにもかもが続けられるっていうのは非常にいい」と大分さんはおっしゃいます。たとえば18歳でバンドを組み、20歳でようやく芽が出てきたかなというときには徴兵され、バンドを解散する必要があります。徴兵されている2年間は携帯電話も使えず、外からの情報が遮断されてしまいます。講演中の雨宮さんのことばをお借りするのなら、徴兵制とは「それまでのキャリアをぶった切る」ものなのでしょう。韓国における徴兵制は、青春の2年間に影を落とすものかもしれません。
日本では、これからも(あるいはこれから)ビートルズを生み出していけるでしょうか。
徴兵拒否を選ぶ息子と親の気持ち
徴兵拒否という道を選ぶと告げたとき、イェダさんは母親から「なぜあなたが刑務所に行ってまで拒否しなくてはならないのか」とひどく心配されたそうです。「徴兵制に過ちがあるのはわかるが、兵役に行ってから徴兵制反対の活動をすればいい」――イェダさんの母親は徴兵拒否を選ぶ息子に訴えました。徴兵拒否によって受ける不利益は容易に想像できたでしょうから、息子を愛する母親であれば当然の反応だったのです。
徴兵拒否後の生活は徴兵拒否をした本人にとっても家族にとっても負担の大きいものであり、そこから来る怒り、不安のようなものが徴兵拒否を選ぶ息子たちの母親たちの心の中には渦巻いているようです。
徴兵制が「聖なる義務」として行われてきた韓国国内では、徴兵制によって実際に起こっている被害(例えば、兵役中の兵士の銃乱射事件や自殺率の高さ)が、徴兵制による被害なのかそうでないのか、わかりづらい状況にあるそうです。あるいは韓国国内において徴兵制という問題を、問題として捉えること自体が困難な状況にある可能性があります。たしかに自分の家の全体像を見るためには、一度家の外に出てみた方が良さそうなものです。
ただイェダさんの場合は、韓国で生まれ育っています。そうであるのに冷静に徴兵制の問題を感じ取り、亡命という勇気ある行動を取りました。イェダさんが手塚治虫やネットを通して、自らの精神をかたちづくっていくことはだれにも止められなかったようです。
決して自己中心的な思いだけで亡命したのではないイェダさんは、私たちの心の中にある平和をそっと気づかせてくれるような方でした。
最後となりましたが、講演中にたくさんのご質問をいただき、誠にありがとうございました。さらにイェダさんへ多くのカンパをいただきましたこと、重ねてお礼申し上げます。
追記
講演後に行われた懇親会のときには、「世界で紛争などが続くのに、自分だけが幸せにはなれません」と話してくださったイェダさん。イェダさんのことばには、圧倒的な平和への意志、輝きや希望、そして悲しみ、悔しさ、など多くの忘れられない感情が込められているように思いました。
3・11以前にも、あるいは戦「後」にも再生産されてきた、たくさんの忘れてはいけないなにか(過去や感情など)をしっかりと受け止め、歩み続けなければならないと強く感じました。(海気月色)
●アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします。(敬称略)
徴兵制のある国とない国、ある国でも徴兵を拒否できるかどうか。その違いがさまざまであることを初めて知りました。韓国では歴史的にも徴兵制を止めることは非常に難しいと思いました。日本ですぐに徴兵制が実施されることはないでしょうが、さまざまな形で人権が侵される可能性を感じてこわいです。(匿名希望)
市民には何の利益もない軍隊。そのための兵役は人生の自由を奪うことをあらためて実感しました。日本の若者はこの現実が目前に来ていることに鈍感すぎるのが心配。戦争経験者はもっと声を出してほしい。(中島安須)
映画好きで、この20年よく韓国映画を見ています。その韓国でいまだ徴兵制があり、しかもかなり非人間的な状態に置かれているらしいことは、私にとって矛盾することです。しかし、イェダさんのような人が出てきて、兵役拒否のネットワークがあることを知ってうれしく思います。韓国のことは他人事でないと思いました。(吉永幸一郎)
自分が正しいと思うことを行動したい、というイ・イェダさんの勇気と行動力に励まされました。若い方々がいきいきと生きていけるよう願っています。(匿名希望)
一度の人生なので、質よく生きていきたいとつくづく思った。外国人に対する日本人の感覚は、鎖国時代から変わらないのかと思った。世界中、殺されたくない人は多いのだから、シンプルに「殺したくない」が当たり前になる世界が来るヒントは人間のなかに実はあるのだと信じたい。(吉野洋美)
生の声、切実な話が聞けてよかったです。でも、高2の息子と友達を連れてくればよかった~!! (匿名希望)
日本と韓国では国の成り立ちなど違うところが多いので、まったく同じにはならないと思うけれど、日本で徴兵制ができるとすれば、「貧困」と「愛国心」と「敵国の存在」が必要だと感じました。そして、それらが安倍政権の行なっていることと一致してぞっとします。日本で徴兵制ができる前になんとしてでも止めたいと思いました。(匿名希望)
柔軟に多くの個性的なゲストを呼んで、活発な話をしてもらえて、皆さんからもいい質問が多くて、すごく面白かったです(そう言っていられるテーマじゃないですが…)。韓国への関心は正直あまりなかったのですが、今回の話を聞いて、俄然興味がわきました。(匿名希望)
韓国の若い人の考え方が聞けてよかったです。韓国の徴兵制はまさしく日本の昔の軍隊だと思います。なぐって服従させることを教えないと、戦場で戦えないから殴るのだと思います。日本の若い人にも、もっと自分のこととして徴兵制を考えてほしい。息子は日本ではあり得ないと言っています。(匿名希望)
興味深いお話をご本人から直接うかがえてよかったです! 何かおかしいと思って、流されないで生きるって、シンプルなのに出来ないこと。実際に行動されたイ・イェダさんに勇気をもらえました。ありがとうございます!!(匿名希望)