B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 新聞の訂正記事って読者を小バカにしたように小さくて地味な体裁だから、気づかなかった方が多いと思う。7月10日付の朝日新聞朝刊・4面の隅に、ひっそりとこんな訂正が載った。
 「9日付『政治考』の記事で、市町村議会の定数の上限について『細かい規定がある』とあるのは『細かい規定があった』の誤りでした。訂正します。定数の上限を撤廃する改正地方自治法は近く施行されます。記事中の『この条項をなくすだけで、地方が議会の在り方を自由に決められる』の一文を削除します」
 え? 要するに、法律が改正されたかどうかという極めて基本的な事実関係をきちんと調べずに、書いてしまったってわけですかい。こんな訂正、今どきの1年生記者でも滅多に出さないぜ。
 で、9日付とやらの「政治考」なる記事を見てみると――。
 なんと筆者は「報道ステーション」でおなじみだった星浩・編集委員。今や朝日新聞政治面の看板記者だ。「復興相の放言 上から目線 地域主権と逆行」と見出しがついた、民主党を威勢良く批判したコラムである。
 松本龍・前復興担当相による被災地での「知恵を出さないやつは助けない」発言が、民主党の掲げる「地域主権」の精神と真逆であると指摘。「国と地方の問題で以前から気になってきたこと」として、民主党が地方自治法の改正を進めてこなかったことを挙げ、その理由を「とりわけ与党議員にとっては、地方分権より中央集権の方が心地よい」からだと断じている。そうした背景が「松本氏の『上から目線』の発言」につながった、との論旨だ。
 地方自治法の問題点として触れた一つが、訂正記事に出てくる市町村議会の定数上限規定だった。人口2千人未満は12人、10万人以上20万人未満は34人、といった細かい規定があることを「余計なお世話ではないか」と批判したうえで、削除になった一文「この条項をなくすだけで、地方が議会の在り方を自由に決められる」へと続き、その後には「地域主権が大きく進むはずだ」とまで書かれている。
 しかし、上限規定をなくす改正案は4月28日に国会で成立していたのであった。肝の部分を訂正したり削除したりで、この記事、残念ながら論拠薄弱になってしまった。
 犯罪にたとえて恐縮だが、故意による間違いではないにしても、こりゃ重過失だぜ。事実確認という記者として基本中の基本である所作を怠ったのだから、一切の申し開きはできまい。何十年も記者をしていて、日ごろどんなにすごい記事を書いているのだとしたって、この手の訂正は、1回出しただけでジャーナリスト失格だと思う。
 それに、通り一遍の訂正記事で済ませるんじゃなくて、経緯やお詫びを盛り込んだ記事を改めて載せるってのが、ジャーナリストとして、報道機関としての誠実な対応ってもんじゃないのか。書かれた民主党に対してもそうだし、何より元の記事をいったんは信用しちゃった読者に対して。
 とまあ、そんなことを知り合いの同紙記者に話してみたところ、「おそらく蛙の面に小便でしょう」なんて言葉が返ってきた……。
 ところで、訂正記事を見てから、元の記事を読み直した故に気づいたことがある。なんで、議員定数の上限規定をなくすだけで「地域主権が大きく進むはず」なのか、きちんと書かれていないのだ。
 これまでも経費削減を理由に、多くの地方議会が議員定数を上限よりも減らしてきた。もちろん、自ら条例を可決してである。それに、地方議会が真に地域自治の主体たり得るために必要な前提は、決して定数だけではあるまい。情報公開をはじめとする議会の透明化、住民への説明責任の徹底といった側面が、何より不可欠である。そりゃ、余計な縛りはない方がいいに決まっているけれど、単に定数さえ自由に決められるようになればバラ色、みたいな論を張るのは、あまりに地方議会の実情を知らないからではないか。
 記事には、片山善博・総務相は出てくるが、当の地方議会や住民の声が全く登場しない。字数の制約があるからかな、と推しはかっていて、ふと思い当たった。要するに、この記事、片山さんか、その配下の官僚に聞いたまま、あるいはもらった資料そのままを、垂れ流しているだけなんじゃないだろうか、と。
 だとすると、この編集委員氏、地方のことなんか全く知らずに、知ろうともせずに、それこそ中央からの、まさに記事が批判している「上から目線」で書いているってことになる。ゲスの勘ぐりであることを祈るが、そういえば朝日記者の給料って本社と地方で格段に違うらしいし……。
 もう一つ。今回の訂正記事を見て驚いたのは、新聞社内のチェック体制が全く機能していないことである。原稿の段階で少なくとも政治部のデスク、整理部、校閲部が目を通しているはずだし、早版が刷り上がった時点で社内の多くの記者が読んでいることだろう。誰も気づかなかったとすれば、組織の劣化は救いようがない。官僚機構ではありがちなことだろうが、もし大編集委員の原稿だから誰も意見を言えないなどという風潮があるんだとすれば、言論機関として読者に言い訳のしようがあるまい。
 朝日新聞が5月に始めた電子版の評判は、ネット上では芳しくない。というか、批評の対象にさえほとんどなっていない。朝日の社長さんは「紙も電子も」と二兎を追う意向らしいが、肝心の「紙」で看板記者がこんな訂正記事を発信しているようだと、その後に続く言葉は「両方ダメ」となりかねない。

 

  

※コメントは承認制です。
第54回 威勢の良い批判のはずが、
自らの質の劣化を露呈させてしまった
朝日・看板記者の訂正記事
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    新聞の購読者離れが進んでいるようですが、
    こんな「訂正記事」を見てしまったら、
    根強い新聞ファンもがっかりしてしまいます。
    それにしても、政治もメディアも「地方より中央が偉い」という頭を
    早く切り替えてもらいたいものです。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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