大震災・原発事故に加え、菅とかいう人への内閣不信任決議案がどうなるかでゴタゴタしている二重のドサクサに紛れて、コンピュータ監視法案はあっという間に衆議院で可決されてしまった。5月31日のことだ。法務委員会での審議は3日間だけ。しかも、午前中に委員会で可決されたと思ったら、その午後には本会議で採決という猛スピード。共産、社民は法案に反対したものの、運用にクギを刺す付帯決議もされなかった。
民主党の法務委員である橘秀徳・衆院議員は、翌日、衆院議員会館で開かれた集会で「あっという間の審議・採決だった」と振り返った。橘氏は委員会、本会議とも採決前に退席して棄権したそうで、「国民の権利・自由とのバランスが権力側に傾いている」と法案への懸念を表明していた。与党内にも根強い反対意見があるにもかかわらず、十分な審議もせず、法務・警察官僚の言いなりで採決を急いだ菅政権には、改めて強い怒りを禁じ得ない。
ウイルス作成罪を前面に出し、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」なんてもっともらしい名前をつけた法案の危険な中身については、当コラムでも「震災後のドサクサでの成立はダメでしょう~やっぱり危ないコンピュータ監視法案」、「かなり危ないコンピュータ監視法案」と2回にわたり書いてきた。
もう一度、簡単にまとめれば、(1)警察などの捜査機関が裁判所の令状なしでプロバイダーに対し、特定の人がいつ・どこにメールを出したかの「通信履歴(ログ)」を最大60日間、消さずに保存するよう要請できる、(2)1台のパソコンを差し押さえる令状さえ取れば、そこからアクセス可能なサーバーのデータを一網打尽にできる(リモート・アクセス)、といった点が憲法21条や35条を侵すと指摘されている。ウイルス作成罪にしても、処罰の対象になるウイルスの定義が曖昧なうえ、社会的な害悪が発生していない「作っただけ」の段階で刑罰を科すことが問題とされてきた。
1日の集会で講演した村井敏邦・一橋大名誉教授(刑事法)は「ウイルス対策が必要だからと言って、ただちに罰則付きの法律になることに問題がある」と強調した。リモート・アクセスについて、「どことも分からないところと接続している記録媒体も差押えの対象にできるというのは、今までの差押えの概念と全く違う」と批判。通信履歴の保全にしても「要請」という形を取っているから、制限がないうえ、プロバイダーは相当な負担を強いられるのに不服申し立てができないことを疑問視していた。従来の刑法学の理論を超える部分が多い法案だということがよく分かった。
集会ではさらに、法務委員会の審議の過程で危うい運用・解釈がされる気配が見えたと報告があった。たとえば、江田法相は「重大なバグがあることを知りながらフリーソフトウエアを公開し続けた場合、ウイルス提供罪が成立する可能性がある」との見解を示した。また、通信履歴の保全要請をめぐって、件数などの情報開示を求められたのに対し、膨大な数に上ることなどを理由に「非常に困難」と答弁した。集会の参加者からは「60日の期間を何度も更新して、同じ人の履歴を常時監視するのがバレると困るからでは」という見方が出ていた。
参議院でも、菅政権は拙速な審議を目論んでおり、早ければ6月14日にも法務委員会で採決される見通しらしい。問題意識のかけらもないマスコミ(東京新聞を除く)が何も報じないうちに、世論が盛り上がらないうちに、一刻も早く成立させてしまおうとする魂胆がみえみえである。これだけネットが普及した今日、国民の合意が不可欠な法案のはずなのに。
このまま十分な審議もなく成立してしまうとすれば、本当に怖いと思う。法律って、いったん出来てしまえば、いくらでも一人歩きをするものだから。成立前には美辞麗句を並べていたって、いざ施行されてしまえば、権力側は恣意的な解釈・運用をすると思っていた方がいい。前回の当コラムで触れたが、あれだけ「強制しない」って力説していた国旗・国歌法がどんな使われ方をされているかを見れば、実感できるはずだ。コンピュータ監視法について言えば、法案に含まれた数々の危険はもちろんのこと、もともと一体だった共謀罪の制定へ向けた動きも現れてくるに違いない。
ところで、今回の法案が出てきて成立へ至る道筋では、個人的に考えさせられるところが多かった。上述した2つの拙稿は「マガジン9」とともに「ブロゴス」に掲載され、相当な数のアクセス、ツイートをいただいた。ネットでの関心はかなり高かったし、多くが法案に異議を唱えていた。しかし、その声は政治家・官僚に十分意識をさせるほどには広がらなかったし、反対運動につながることもなかった。意見をまとめようとか誘導しようとか、そんなつもりは毛頭ないが、結果としてネットの声が法案成立を阻止するには力不足だったのは確かだ。もちろん、一義的には記事を発信する私たちの力量の問題であるにせよ。
あるいは、ネットの声を政策形成や運動につなげていくなんて、ハナから期待する方が間違いなのかもしれない、と自分の認識不足を反省もした。それが、姿が見えない、コントロールできない、しなやかなネットならではの特性、と受け止めるべきなのだろう。だからこそ、火が着いた時には、エジプトやチュニジアに見るように政権を転覆させるほどの、予測不可能なパワーを持つ。そして、だからこそ権力側が恐れ、今回のように規制・監視できる法律を作ろうとするのだ、ということと共に。
率直に言って、もはやコンピュータ監視法案の成立を阻むことは難しい。ただ、参議院での審議の中で、運用や解釈に一定の歯止めをかけることはできる。今さらながらではあるが、1日の集会の主催者が法案に反対する電子署名を始めたそうなので、関心のある方はご覧いただきたい。
やっぱり、どう考えても危ない、おかしいコンピュータ監視法案。
それでも、もはや成立を止められない、のであれば、
国旗・国歌法のような拡大運用がなされないように、
そしてこれを踏み台に、さらなる危険な法律が制定されないように、
目を光らせていくしかありません。