大震災が起きて、しばらくは大好きな首相の座にすがり付いていられそうな菅さん。危機管理への対応を批判されようとも、こんなご時世とあっては自民党も退陣や解散を求められまいし、民主党内の不満分子も表立っての菅おろしは展開できない。そんなところへ、もう一つ、解散回避-政権延命の「口実」が降ってきた。3月23日に最高裁が出した「1票の格差」をめぐる判決である。
最高裁判決をおさらいしておこう。
問題にされたのは、民主党が政権を取った2009年8月の衆院選だ。議員1人あたりの有権者数は、最も少ない高知3区と最も多い千葉4区で2.3倍の開きがあり、全国300選挙区のうち2倍以上のところが45あった。そこで、区割りに関する公職選挙法の規定は「法の下の平等」を定めた憲法に違反して無効だから、それに基づいて実施された選挙も無効である、と主張して起こされた訴訟だ。
最大のポイントは、定数を決める際の「1人別枠」と呼ばれる方式の是非だった。小選挙区の300の定数を、まず、すべての都道府県に1ずつ割り振る。それから、残りの253を人口に比例して各都道府県に配分するやり方である。平等に1を与える分、人口の少ない県の定数の方が相対的に手厚くなる。導入当初は、小選挙区制への移行によって地方の定数が急激に減らないよう配慮した、と説明されていた。
最高裁判決は、選挙の無効は退けたものの、選挙区割りが「憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた」と認めた。憲法違反とまでは断定しないが、その手前の「違憲状態」という段階である。しかも、従来は格差が3倍を超えなければ合憲としてきたのに、2.3倍で踏み込んだ。そのうえで「できるだけ速やかに1人別枠方式を廃止し、区割り規定を改正するなど、立法的措置を講ずる必要がある」と国会に迫っている。
「1人別枠」については、住んでいる地域や育った場所によって考え方が異なると思う。田舎にも都会にも居住経験がある私には、1票の価値の平等を突き詰め過ぎると人口が多い都会選出の国会議員ばかりになって、地方の意見が無視されかねないという不安は理解できる。地方で生活していた時は「国土保全の観点から面積も定数に反映させろ」とか「政治参加への意欲を重視するため投票率を勘案しろ」とか、何としても定数を減らさないよう求める主張に接し、ある程度共感してきた。
しかし最高裁判決は、投票価値の平等だけが選挙制度の絶対的な基準でないとしながらも、地方の急激な定数減を緩和すべき過渡期は終わっており、1人別枠には投票価値の平等を超えて許される合理性はなくなっていると判断した。「議員は、いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず、全国民を代表して国政に関与することが要請されている」と憲法の原則に触れて、人口が少ない地域への配慮は「全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄」と指摘している。最高裁にここまで言い切られたら、1人別枠の存続は極めて険しい。
で、菅さんである。今回の判決によって、今の定数配分のまま衆院選を実施することは相当に難しくなった。国勢調査の結果をもとに10年に一度、小選挙区の区割りを見直す決まりになっているが、政府の選挙区画定審議会は3月1日に始動したばかりだ。しかも、審議会の前提は1人別枠方式である。このまま議論を進めたとしても、区割り見直し案を首相に勧告するのは「1年以内」で、それから法律改定の手続きに入るから、新しい区割りの周知期間を含めてさらに1年くらいを要してしまうだろう。1人別枠の前提を変えれば時間はもっとかかり、衆院議員の任期(2013年8月)に限りなく近づくことになる。
今の制度のまま解散すること自体は可能だそうだが、「違憲状態」で選挙を強行すれば、次の最高裁判決で「違憲」と判断され、場合によっては「選挙無効」に踏み込まれかねない。訴訟の対象になった選挙区の衆院議員は失職だ。憲法の基本原則の一つである三権分立の立場からしても、違憲立法審査権を持つ最高裁にイエローカードを突きつけられた法律を、国会が放置しておくわけにはいくまい。
ゲスの勘ぐりであることを祈るが、首相の椅子に1日でも長くしがみついていたい菅さん、それに次の衆院選で議席を大幅に減らすことが必至の民主党にしてみれば、この状況を「活用」しない手はない。もちろん、表向きは定数是正に取り組んでいるように装うだろう。実際、民主党は1人別枠を廃止するとともに、比例区の定数を80減らすなんて案を出す方針らしいけど(朝日新聞・3月26日付朝刊)、時間稼ぎのような気がしてならない。だって利害関係者が比例区の議員にまで広がれば、当然、調整に手間取るわけだから。
無理して衆院選挙をする必要はないにしたって、選挙ができない理由は一刻も早く除去しておかなければならない。当座の策として、1人別枠をやめ、各都道府県への定数配分は純粋な人口比例にすべきだ。そうすれば都道府県の間の1票の格差は最大1.6倍ほどに縮まるそうだ(朝日新聞・3月9日付朝刊)。都道府県の中での選挙区割りの変更をやり出すと利害関係者が騒いでまとまらなくなるので、この際、都道府県単位の選挙区にする。定数1になってしまう鳥取県は隣県と選挙区を合併してもいい。東京は31になるが、そもそも地方とか都会とか自分の地盤を議員が強く意識するのは小選挙区制に起因するところが大きいから、判決が言う「全国民を代表して国政に関与する」議員に近づけるためにも選挙区を大きくした方がいい。これと比例区を並立させる。
この改定を今国会で成立させ、その後でじっくりと、1票の価値が真に平等になる仕組みを検討する。衆院全体の定数をどのくらいにするのか、小選挙区制を維持するのか、落選した候補が比例区で復活当選するなんていう分かりにくい方式を残すのか、といった点も含めて、抜本的に選挙制度を見直す。参院の定数・選挙制度の見直しともリンクさせ、衆参両院で機能や選出方法をすみ分ける観点からもアプローチする。5年くらいかけて取り組むべきテーマだと思う。
それにしても、以前にも書いたけど、国会議員を選ぶ方法を当の国会議員が決めるのって、どう考えてもおかしい。当落にかかわることとなれば尚更、自分に都合の良い仕組みにするに決まっている。だからこそ、1票の格差は広がるばかりだったのだ。今回も1人別枠廃止に対して、自民党とともに民主党内からも早速異論が出ており、公明党は中選挙区制の復活、みんなの党や共産党は比例重視を唱えるなど我田引水の主張が入り乱れ、「今後の議論は難航が予想される」そうだ(読売新聞・3月27日付朝刊)。やれやれ…。
政権の延命に利用するなんて疑われないためにも、国会議員から離れたところで選挙制度を決めるシステムが不可欠だ。独立機関を設けるのも一案だろうが、メンバーによって制度が偏るという懸念がある。人口の変動に合わせて選挙のたびに区割りを自動的に変える仕組みも良いが、具体的な制度設計は簡単でなさそうだし、毎回選挙区が変わるのは有権者に抵抗感があるだろう。なかなかの難問なのだ。
今回の訴訟の中心になった弁護士たち(マガジン9でお馴染みの伊藤真さんら)は今後、最高裁裁判官の国民審査(衆院選と一緒に実施される×印をつけるやつ)で投票価値の平等を貫こうとしない裁判官を罷免する運動を続け、選挙無効の判決を出させるべくプレッシャーをかけていく方針だ。一方で、判決後の記者会見で「政治家への(法律改正の)働きかけは全く考えていない」と明言した。そう、ここからは主権者たる私たちが知恵を絞り、国会を動かすしかない。でなければ、いつまでたっても1票の価値は不平等なままである。
今週の「けんぽう手習い塾」リターンズでも、
伊藤先生自身が詳しく解説してくれていますが、
今回の違憲状態判決はまさに「歴史的な転換点」。
だからこそ、それを政府の側に利用されるのでなく、
より国民の意思が政治に反映されるシステムづくりへの、
大きなきっかけとしていく必要があります。