大震災と原発危機にすっかり霞んでしまったが、東京都知事選挙があす3月24日に告示される。石原慎太郎さん(78)の去就に振り回された挙げ句、無風選挙になりかけたところに東国原英夫さん(53)が出馬表明して、少しは盛り上がりを期待できる情勢にはなってきた。計算高い東国原さんの会見の様子を見るにつけ思い起こすのが、好対照にチープなドラマを演じてしまった神奈川県知事の松沢成文さん(52)である。もはや人々の記憶から消え去りそうなのが、余計に哀しい。
石原さんの引退を見込んで、松沢さんが都知事選への立候補を高らかに宣言したのは3月1日。ところが、10日後に石原さんは4選出馬を表明する。松沢さんは「政治家として決断をした」と、カッコ良いセリフであくまで立候補する姿勢を見せたものの、それも束の間のこと。応援してくれるはずだった石原さんに「当選は難しい」とまで言われ、結局、その3日後、「大震災への対応」を言い訳に使って出馬断念に追い込まれた。わずか2週間のドタバタだった。
神奈川県知事選に戻ろうにも、すでに自民・民主・公明の3党は元ニュースキャスターの擁立に向けて動き出していた。それに、今さら「やっぱり神奈川県知事だ」なんて言ったところで、一度は県民に後足で砂をかけてしまったのだから、総スカンだ。最初から神奈川で出ていれば「3選確実」と言われていたのに、惜しいことをしたものである。
地元記者によると、松沢さんが東京都知事に転じようとしたきっかけの一つは「相模原市」だったらしい。地元以外ではほとんど知られていないが、実は相模原市、昨年4月に政令指定市に昇格している。東京や山梨と境を接する相模湖、藤野など旧4町を強引に広域合併して人口を70万人に膨らませ、要件を満たしたのだ。この結果、神奈川県内の政令指定市は横浜市、川崎市と合わせて3つになった。県の人口900万人のうち、3市で3分の2を占める。政令指定市になると県の権限がかなり移譲されるから、知事のステータスは下がり「うまみ」も少なくなってしまった、というわけだ。
これに対して、東京は人口1300万人。一般会計の当初予算は6兆2360億円で、神奈川の3.5倍にのぼる。都政には、築地市場の移転、新銀行東京の今後、東京オリンピックといった大きなテーマがあり、何かにつけてメディアの注目度が高くて目立つ。80万人を超える世田谷区を筆頭に政令指定市並みの規模の区も多いが、23区は一般の市と同じ程度の権限しか持っておらず、都が配分する「特別区財政調整交付金」なんて制度もあって、にらみが利く。
それにしたって、なぜ現職の神奈川県知事が隣の東京都知事に鞍替えしようとしたのか、急に立候補される東京都民にも、投げ出される神奈川県民にも、理解不能だ。松沢さんは「県政での経験や実績を、日本の再生にダイレクトにつなげることが出来る」「東京を変え、首都圏を変え、日本を変える」と説明したそうだが、あまりに抽象的で実感が全く湧かない。逆に、どうして神奈川県知事では首都圏を変えられないのか、日本の再生につなげられないのか。転身を図る理由について、もっと言葉を尽くすべきだった(同じことは、1月まで宮崎県知事だった東国原さんにも言える)。
振り返れば、神奈川県知事としての松沢さん、受動喫煙防止条例の制定などで話題になることもあったが、肝心なところでは一貫した「主張」がなかった。典型が米軍基地問題だ。沖縄に次ぐ基地県の神奈川では松沢さんの任期中、横須賀基地に米海軍の原子力空母が配備され、キャンプ座間に米陸軍の第1軍団前方司令部が発足した。ともに、松沢さんが反対を唱えていたのは最初だけで、ほどなく容認に転じた。日米地位協定の見直しは求め続けたものの、「防衛問題は国の専管事項」が持論では説得力に欠けた。
基地問題での失言も多かった。沖縄の普天間基地移設をめぐり、「県外・国外への移設は不可能。辺野古移設でやっていくしか解決策が見いだせない」と述べて、沖縄の強い怒りを買った。厚木基地の米空母艦載機についても「岩国基地に移転するという決定事項を着実に進めてほしい」と国に要望したと伝えられ、岩国の住民から抗議を受けた。自分のまわりのことしか見えていないうえ、哲学が希薄なのだ。
「自分が出ないと東国原さんが当選してしまう」と危機感を抱き、松沢さんのハシゴを外した石原さんもあんまりだが、松沢さんもここぞという場面で政治家としての見通しが甘かった。申し訳ないが、松沢さんの政治生命、今回で終わったのではないだろうか。石原さんが当選した暁には重要ポストで処遇してもらえるらしいから(それもヘンテコな話だが)、次回の都知事選なんかに色気を出さず、心を入れ替えて地道に都民の役に立つ仕事を実践してほしい(無理な注文だろうけど)。個人的には、都知事選の公約に掲げようとしていた受動喫煙防止条例の制定へ向け、どんな立場にあっても粉骨砕身していただきたい。
ところで、あす告示される知事選は、東京、神奈川のほか、北海道、福井、三重、奈良、鳥取、島根、徳島、福岡、佐賀、大分の計12。「こんな時に選挙をするのか」という声も聞く。でも、実施される以上は、こういう時だからこそしっかり考えておきたいことを判断材料にしよう。災害対策はもちろん、電気に代表されるインフラの整備や街づくりをどう進めていくのか。そこではどんな生活スタイルを目指し、それを支える福祉や社会保障、教育の仕組みはどうするのか。大震災を受けて私たちの足元を見直していく術を、候補者に問いたい。みんなが問題意識を持っている今だからこそ、真剣に向き合えるのだと思う。
そもそも「今」選挙をやるべきなの? という疑問も残るものの、
今のところ、被災地の一部を除き延期の可能性は薄そうです。
であれば、ドサクサのまま、必要な議論もなされないままに、
結果が出てしまうことだけは避けたい、と強く思います。
これからの社会を、何を大切にしてつくりあげていくのか?
それぞれの候補者の姿勢を、今だからこそ見極めましょう。