B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吠えてみました」

 最近話題の「TPP」であるが、いまだに正式名称の「環太平洋経済連携協定」をスラスラ言うことができない。でも、きっと素晴らしい、夢のある営みなんだろうなぁ。あれだけ菅さんがムキになって参加に向けて走り出し、マスコミも堰を切ったように一体になって応援の論陣を張っているんだから。
 そう思って、2月26日に開かれた政府主催の「開国フォーラム」での議論を聞いてみた。玄葉さんという大臣がTPPに参加する意義を力強く説いていた。で、TPP推進の論理は、こういうことらしい。
 日本の人口は減るばかりだから、国内でモノが売れなくなる。半面、アジアの個人消費は10年後に日本の4.5倍に達し、アメリカに匹敵する。そのマーケットに日本の品物を売り込むために、関税撤廃などの約束事をTPPで決める。すると輸出が増えて日本の企業はガッポリ儲け、国内の雇用を増やすし、税金もたくさん納めてくれるって次第。入った税金で、農産物の輸入が増えて立ちゆかなくなる農家に補償し、社会保障も充実させる。玄葉さん曰く、「開国の恩恵を分配するシステム」だそうだ。TPP参加で日本の未来はバラ色である−−。
 でも、なんか胡散臭くない? 思い当たったのが、詐欺的商法の勧誘。「必ず儲かります」という典型的な文句だ。疑り深い私は「世の中そんなにうまくいくはずないじゃん」とかえって身構えてしまう。フォーラムで出ていた意見や声をもとに、素人なりに浮かんだ疑問を何点か挙げてみる。
 TPP参加によって農業が受けるであろう打撃については、すでに各方面で論じられているので、ここでは触れない(『マガジン9』でも「やまねこムラだより」が取り上げている)。TPP云々にかかわらず、農業の変革が必要なことは否定しない。しかし、フォーラムでの意見から、米作の規模拡大ひとつとっても、今の農政があまりにチグハグだということが改めて分かった。きちんとした農業のビジョンを定めるには、さらなる議論の時間が必要だということとともに。
 それは消費者に深くかかわってくることでもある。フォーラムでも、いくつかの指摘があった。例えば、農家が輸出を念頭に海外で売れる高級品(マンゴーとか銘柄牛とか)にシフトしてしまえば、日本の消費者は国内産品をほとんど食べられなくなる。一方で、規制が異なる海外の食品には、残留農薬やホルモン剤といった安心・安全の面で不安が募る。もし主要な農産物を頼るようになった国が災害や気象異変に見舞われた場合、自国への供給を優先し、日本には輸出してくれないかもしれない。
 ところで、現段階でTPPの交渉に参加しているのは、米、豪、ペルー、チリ、ベトナム、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、マレーシアの9カ国だ。「アジアの活力を取り込む」と言いながら、中国も韓国も入っていない。では、中・韓が参加していないTPPにどんな実効性があるのか、中・韓との交渉を今後どう進めていくのか。フォーラムで説得力のある説明はなかった。
 仮にTPPで輸出が増えたとしても、その恩恵は末端の国民にまで及ぶのだろうか。国内の雇用が、税収が、本当に増えるのか。そもそも日本の企業が海外に生産拠点を移したのは、関税が高いからというより人件費削減が狙いだったのではないか。だとすれば、今さら国内の雇用をそう増やすまい。法人税だって多国間競争とやらを理由に政・財・マスコミが引き下げを合唱しているのだから、税収が簡単に増えるとも思えない。それに、景気回復が囁かれるようになった今日でも、企業は内部留保を溜め込むばかりで給料は哀しいほど上がらない。外国の安い農産物や製品が入ってくれば、ますますデフレが進む心配もある。
 もう一つ、経済産業省官僚で現在は京都大に出向している中野剛志さんが問題提起していることだが、TPPで関税が撤廃されればアメリカは「ドル安」誘導を加速するのでは、という懸念が消えない。貿易赤字の解消を旗印に、TPP参加国(になったとして)の中でも特に日本をターゲットに、農産物を輸出しやすくするためだ。ドル安・円高が進むとなると、日本の輸出は思惑通りに増えない。TPPってアメリカ追従でやっているのはミエミエだけど、これじゃあ日本はアメリカの国益に利用されるだけに終わりかねない。
 極めつけは「情報がない」ということ。玄葉さん、フォーラムで「交渉に参加していないから本物の情報を得にくい」なんて言っていたけれど、「6月を目途に交渉参加について結論」を出す前提は「情報収集を進め」だったはずだ。ろくな情報も集められないまま6月という時期にこだわって判断をくだすのは、危険このうえない。
 そんなに焦らなくてもいいんじゃないの? 早く交渉に加わらないと不利な条件を強いられるという理屈は分かる。でも、玄葉さんが言う通り「日本のあるべき方向性を考えるうえで極めて重要なテーマ」である。だからこそ、拙速な決定によって被る損失の方が大きいのであれば、参加しないという選択を躊躇すべきではない。
 政府の議論の進め方を見ていると、都合の良いとこ取りで「参加これあり」を強調していて、どうにも素直に納得できない。もはや期待する気にもなれないが、マスコミも負の側面についてきちんと抉る役割を放棄して、詐欺的な商法に加担している。このままTPP参加が決まってしまうのか。危うい思いは募るばかりだ。

 

  

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第38回 「TPP推進論」が胡散臭く
感じられるのは何故
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「平成の開国」でバラ色の未来が待っている——なんて、
    そんな都合のいい話、あるわけない! という気も。
    なんでそんなにメリットばかりを喧伝するの? と、
    不信感ばかりが募ります。

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どん・わんたろう

どん・わんたろう:約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。 派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。 「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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