刑務所という閉ざされた空間では、どんなことが起きていたとしても外部に伝わることは滅多にない。刑務官による受刑者への暴行を裏付けるための「証拠」が、このほど裁判所の決定で刑務所から開示された。極めて異例だそうだ。
暴行を受けたと訴えているのは、京都刑務所で服役している男性である。申立書によると、昨年12月はじめ、作業を終えて食堂に集まっていた時に刑務官に因縁をつけられ、他の受刑者から見えない場所に連れていかれた。そして、足払いをかけて横倒しにされたうえ、腹部を膝蹴りされたり腕で首を絞められたりして、頭や顔にけがをしたという。
男性は国家賠償を求めて提訴する前提として、京都地方裁判所に証拠保全を申し立て、12月下旬に決定が出た。刑務所が男性を診療した際のカルテや処方箋、X線写真、頭部や顔面の写真、男性からの聴取記録、発生当時の食堂の映像、外部の医療機関での頭部の撮影画像などの開示が認められた。
代理人の村岡美奈弁護士によると、開示された証拠から、刑務所内での診察や事情聴取の状況が分かったのはもちろん、「刑務所側もある程度、暴行事件と捉えて調査していた様子が窺われる」という。近く、国家賠償請求訴訟を起こす方針だ。
これまでにも刑務所内で暴行を受けたと訴え、刑事告訴をしたり賠償請求訴訟を起こしたりする受刑者はいた。しかし、密室での出来事のために、刑務所側が暴行を否定すれば、検察も裁判所も「事実があったと認めるに足る証拠がない」と門前払いにするケースがほとんどだった。今回、その「証拠」となり得る諸資料が開示された意義はとても大きい。
刑事弁護関係者の解説では、裁判官も官僚組織の一員なので、基本的に「官」に対する信頼は厚いという。証拠保全は、刑事事件での捜査・押収に等しいから、裁判官の感覚として官に対して認めることは通常あり得ないそうだ。それに「受刑者はどうせ悪いことをした奴らだ」との既成観念もあって、受刑者の訴えに耳を貸さないらしい。
にもかかわらず、裁判所が証拠開示を認める判断を下した理由として、村岡弁護士は、暴行の程度が大きかったこと、それを疎明する資料が一定程度そろっていたこととともに、「裁判所のやる気」を挙げている。
背景に、裁判員制度の影響を指摘する声も聞かれる。市民が下した判決を受けて服役する被告がどう処遇されるのか、「塀の中」への関心が高まっている。そうした風潮に、裁判所も無縁ではいられないというわけだ。裁判員が的確な判断をするためには幅広い情報公開が不可欠だという認識が、徐々にではあるが職業裁判官の間にも浸透しつつあり、今回のようなケースにも援用された、との見方もある。
証拠保全がされたとはいえ、受刑者の男性への国家賠償を認める判決が出るかどうかは分からない。男性は刑事告訴もしているが、検察に受理されていないそうだ。それでも、刑務所の諸資料が開示されたことは前進と受けとめたい。以前に触れた検察の証拠開示にしてもそうだが、裁判員が裁くにせよ、職業裁判官が裁くにせよ、有利・不利なものをひっくるめて「官」の持つすべての証拠を開示することが、公平・公正な裁判の礎だからである。
刑務官による受刑者への暴行については、
これまでにもさまざまなところで指摘されてきましたが、
ようやくその状況が明るみに出るのでしょうか。
多くの問題点も存在する裁判員制度ですが、
こうした情報公開の一助になっているとすれば、
その点は評価されるべきとも言えそうです。