マスコミが断片的にしか報じていないので意外と知らない人が多いようだけれど、「脱原発基本法案」が衆議院に議員提案され、継続審議になっている。通常国会が閉会する間際の9月7日に、超党派の国会議員102人の賛成・賛同を得て提出された。成立すれば、これまでの「原発推進」から「脱原発」へと、国策をはっきり変える「革命的な法律」になるそうだ。
たしかに、2030年代に原発稼働をゼロにするとの新エネルギー戦略が、きちんと閣議決定すらされない状況において、法律で脱原発を謳う意義は大きい。3・11後の運動がないがしろにされないように、政権が変わっても揺り戻しが来ないように、これまでの成果をしっかりと固定化することにもなる。法律の必要性については、疑問の余地がないだろう。
ところが、脱原発法案の内容に対して、当の脱原発派の間から異論が出ているそうなのだ。で、10月26日に国会議員会館で開かれた意見交換会で、双方の言い分を聞いてきた。
意見交換会を主催したのは、大江健三郎さんや坂本龍一さん、鎌田慧さんらが代表世話人を務め、法制化へ向けて法案づくりを進めてきた「脱原発法制定全国ネットワーク」と、毎週金曜の首相官邸前行動などを呼びかけている「首都圏反原発連合」のメンバー。法案を提出した会派の国会議員も出席した。
最初に、衆議院に提出されている脱原発基本法案の概要が説明された。こんな内容である(全文は同ネットワークのHPにて)。
前文で「原子力発電所の事故がもたらす重大な影響を知った我々は、今こそ『脱原発』の意思決定をする責務がある」と決意を表明。今後の対策として、省エネの推進、再生可能エネルギーの普及、原発立地地域の経済雇用などを挙げたうえで、「国家として『脱原発』を明確にし、その確実な実現を図るため、この法律を制定する」と宣言している。
条文の大きなポイントは2つだ。
1つは脱原発の期限で、法案は「遅くとも、平成32(2020)年から平成37(2025)年までのできる限り早い3月11日まで」と定めた。もちろん「遅くとも」だから、時期が繰り上がっても問題はない。ちなみに、法案が用いる「脱原発」の定義とは、「課題への適確な対応を図りつつ、原子力発電を利用せずに電気を安定的に供給する体制を確立すること」。
もう1つは、再稼働に対して厳しいハードルを設けたことで、脱原発の期限までの間も「最新の科学的知見に基づいて定められる基準に適合していると認められた後でなければ」原発の再稼働や運転を禁じている。再稼働禁止の法的根拠となるもので、来年7月までに策定される原子力規制委員会の安全基準を意識している。判断が微妙な場合は「基準に適合している」と主張する側が立証責任を負うなど、再稼働が事実上、不可能な構成になっているという。
このほか、国の責務として、再生可能エネルギーや天然ガスによる電気の利用拡大、原発事業者の損失への対処、省エネや原発立地地域の雇用対策を挙げ、具体的な政策は脱原発基本計画で定めるとしている。「必要な関係法令の制定・改廃」も盛り込んでいるので、成立すれば現行の原子力基本法や電源3法などは改正されることになる。他の基本法に設けられがちな「国民の責務・努力」は、電気代値上げの容認に受け取られかねないので入れなかったそうだ。
これに対して、首都圏反原発連合のメンバーから法案への異論が出された。
最大の不満は、脱原発の期限が「即時」になっていないこと。「私たちはデモなどで原発の即時廃止を訴えてきた。これは曲げられない」。現法案のように2020年が期限では、その間に再稼働されてしまうのでは、という懸念も強い。「地震国の日本では、それまでに大事故が起きる可能性がある」「発送電分離や電力会社への施策、原発の地元への脱原発交付金など、制度を整えることによって脱原発は可能で、10年間もかけてやることではない」と主張した。
同連合は脱原発基本法への意見を募り、独自の法案の草案をまとめている。脱原発の期限は「遅くとも2015年度までのできる限り早い時期」と定め、その間も「すべての原子力発電所の運転を認めず」との文言を入れた。「簡単に原発が片付くとは思ってはいない。2015年度までに、再稼働の可能性をなくすよう制度を整備しようということ」と説明していた。「原発やめろ」「再稼働ハンタイ」と訴えてきた脱原発派からすると、正論なのだと思う。
実は、衆議院に提出された法案が脱原発の時期を2020~25年としたのは、「妥協の結果」だったらしい。提出者の1人、「国民の生活が第一(生活)」の松崎哲久・副幹事長が率直に語ったところによると、提出会派・賛同議員のうち、社民が2020年、生活が22年、民主の一部が25年を主張しており、それらを包含する形で条文化したそうだ。
松崎氏は、2030年代(=2039年まで)の原発稼働ゼロを「可能にする」とした政府の新エネルギー戦略との違いを強調し、「日米原子力協定の見直しやCO2削減との優先度など、合意形成にはある程度の時間が必要で、具体的なプロセスをみると10年でもきつい」と強調していたが……。やはり会派間の調整がつかずに、使用済み核燃料の再処理の停止も明記されていない。
しかし、「脱原発の期限を『即時』にしていたら、必要な議員数が足りず国会に法案を提出できなかった」と脱原発法制定全国ネットワークの事務局から聞かされて、二重に複雑な気持ちになった。代表世話人の1人の河合弘之弁護士は「(法案の期限は)遅いと思うけれど、それでしか上程できなかった。苦渋の決断だった」と理解を求めていた。
なのに、なぜ法案提出を急いだかと言えば、衆議院の解散・総選挙に備えるためだった。「近いうち」がいつになるか分からず、次の臨時国会まで待っていると総選挙に対応できない可能性があったからだ。脱原発法案に賛成する議員が過半数を占めるようにするためにも、法案への賛否を「リトマス試験紙」にして投票する国民運動を起こしていくという。
たしかに、脱原発法案を提出した会派は、生活・きづな、社民、減税日本・平安、改革無所属の会、新党大地・真民主の5つ。民主の一部議員も賛同しているとはいえ、衆議院全体からみれば申し訳ないけれど大勢とは言いがたい。ついでに言うと、今の衆議院で過半数の賛成を得られる見通しは立っていないらしい。来たるべき総選挙で賛成する議員をたくさん当選させることが、法律制定には不可欠なのだ。
さて、意見交換会を受けて、今後どう取り組んでいくのか。ネットワークも、反原発連合も、出席した国会議員も、具体的なことは語らなかった。
反原発連合の主張はもっともだけれど、国会の現実をしっかり受けとめて、可能なことから一歩ずつ前進していくことも必要なのだろう。その意味で、反原発連合のメンバーが「(法案の)趣旨には賛同するが、脱原発の期限などはどうしても譲れない」と発言していたのが、とても気になっている。譲れない一線があることは理解するが、基本的に目指す方向は同じなのだから、原発推進側に「内部対立」を突かれないためにも、最低限の協力態勢が取れないものだろうか。
河合弁護士は「原子力ムラは爬虫類のようなしぶとい存在だから、こちらが短気を起こしてはだめ。1つ1つの原発を動かさない個別の取り組みを強めつつ、法律をつくるという、二層の闘いを展開したい。(国会という)城に入ったからには一緒に頑張ろう」と呼びかけていた。
それから、今の国会の状況をつくっているのは、他ならぬ私たち国民の選択の結果だということを、改めて認識しておきたい。選挙の時に、何を基準にして、どんな公約をしている候補に1票を託すのか。しっかり見極めて投票することが、近々行われる総選挙ではこれまで以上に大事になるだろう。
7月のマガ9学校でも、
ゲストにお越しいただいた菅直人前首相が取り上げていた「脱原発基本法」。
最終的な方向性は同じでも、その具体的な主張に違いが生じるのは当然のこと。
それをどこまで譲歩するのか、どこで線を引くのかは、
脱原発に限らず本当に難しい問題です。
「革命的な法律」のわりには、意外に注目が集まっていないのも、
気になるところなのですが…。