今年の憲法記念日、護憲派の集会の多くは「脱原発」を取り上げていた。生存権や幸福追求権にアプローチしやすいから、外せないテーマであることは理解する。でも、そこに傾斜しすぎると他の論点がおろそかになってしまうのも事実で、その間隙を改憲派に突かれるおそれがある。最近の憲法論議を見聞きしていると、護憲派と改憲派のポイントがどうにもずれている気がしてならない。
そんなわけで、今年の5・3は改憲派の集会をのぞかせてもらうことにした。民主党、自民党、みんなの党、たちあがれ日本の憲法問題の中心メンバーが参加した「公開憲法フォーラム」(民間憲法臨調主催)。憲法を変えようと目論む人たちが何を議論し、今後どう進めようとしているかを知りたかったからだ。
「5年間の憲法調査会の議論で、論点はまとまった。各党の改正試案が出たので、類似点のすり合わせの時期を迎えている」。民主党の中野寛成・憲法調査会長は、現況をこう紹介した。憲法改正原案の発議や審議をする憲法審査会が昨秋に始動したのを受けて、具体的な改正項目を詰める段階に入ったとの認識だ。これだけでも護憲派にはかなり危険な状態と言える。
では、どこから憲法を変えようとしているのだろうか。
自民党、みんなの党、たちあがれ日本が最近相次いで発表した改憲案を見る時、私たちはどうしても自衛隊の位置づけや基本的人権の制約に目が行きがちだ。しかし、改憲派はいきなり9条や人権の条項を変えようなんて無理をせず、国民が抵抗の少ない条項から少しずつ変えていき、憲法改正へのアレルギーを払拭してから「本丸」へ至る道筋を描いていることが分かった。したたかなのである。
当面の改憲候補・その1は96条、つまり憲法改正手続きを定めた条項のようだ。民間憲法臨調代表の櫻井よしこさんは「96条を突破口にしたい。1、2年のうちにやり遂げたい」と力説していた。自民党の保利耕輔・憲法改正推進本部長や、みんなの党の柿沢未途・政調副会長も、同様の見解を示していた。
現在は憲法改正には、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数の賛成を得ることが必要とされている。これを「総議員の過半数の賛成で国民に提案」(自民党案)、「国民投票をなくし、国会の議決のみ」(みんなの党案)といった具合に変えようとしている。もちろん、憲法改正を容易にするためである。手続き規定だから国民の反発や警戒が少なさそうだ、という思惑も垣間見える。
でも、これって地味だけれど、実は憲法の性質、すなわち国の礎を根本から変えてしまう極めて重要な論点に違いない。国会議員の過半数の賛成で提案できるようになれば、政権党はいつでも改憲の国民投票を実施できるようになる。ましてや国民投票がなくなれば、いかようにも憲法を改正できてしまい、自衛隊を国防軍にするだけでなく、極端な話、徴兵制を盛り込むことだって可能になるだろう。改正が難しい硬性憲法である意味を今一度見つめ直し、96条の改正に反対していく必要がある。
改憲候補・その2は「緊急事態・非常事態条項」である。民主党の中野さんは「国民の気持ちを一体にできる、理解を得やすいテーマ」と評価していたし、櫻井さんも「国家には国民を守る責任があるのに、危機への対処が憲法に書かれていないのは無責任。だから、震災後に政権は、まず国民を守るという心構えができなかった」と持論を展開していた。東日本大震災や原発事故で政府の対応が不十分だったことが、逆に利用されている。
自民党案は、外部からの武力攻撃や内乱、大規模な自然災害などの際に、首相は緊急事態宣言を発することができ、「何人も、国民の生命、身体、財産を守るために発せられる国や公の機関の指示に従わなければならない」と定めている。その場合でも「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」との断りが入ってはいる。
衆院憲法調査会長だった中山太郎・元自民党衆院議員は、昨夏発表した独自の改憲試案で「憲法に緊急事態の規定を設けることにより、基本的人権の制限に歯止めをかけて自由の保障を確保する」とうたっていた。たしかに、そういう側面はあるかもしれない。
ただし、緊急事態で制限できる権利について、中山試案は「通信の自由、居住・移転の自由、財産権」を挙げていた。権力側の見方として非常に参考になる。再稼動すれば想定外では済まない原発事故の時に、自宅を接収されながらも逃げることを禁じられ、インターネットや携帯電話による情報収集・発信もできないことになるのだ。緊急事態条項がどう使われようとしているのか、何を狙っているのか、しっかり見極めなければなるまい。
それから、改憲候補・その3には及ばないようだが、「衆参両院の設置を定めた憲法42条を改正し、定数500人以内の1院制とする改憲原案」が4月27日に衆院議長に提出されていることは、ほとんど知られていないのではないか。改憲原案の国会提出は今の憲法の下では初めてというから、見過ごせない動きである。民主、自民、公明、みんななど、超党派の衆院議員120人が賛成しているという(毎日新聞・4月27日付夕刊)。
民主、自民、公明3党の機関決定を経ていないため、議長は受理せず、審議入りできそうにないらしい。そもそも、1院制に参議院の賛同は得られないだろうから、この改憲が実現する可能性はゼロに等しい。みんなの党の柿沢さんは「前例がないだけに、この改憲原案の取り扱いはとても大切。会派の承認がないと、たなざらしにされるということで良いのか」と怒っていたが。
それでもあえて1院制の改憲原案を提出する理由について、護憲の立場から憲法問題をウオッチしている高田健さんが4月の講演で分析していた。「国会で改憲の議論をしている実績をつくりたいから。それを通じて、世論を喚起したいから」。あらゆる手段で、改憲の手続きを少しでも動かそうとしているのだ。油断禁物である。
で、衆参両院の憲法審査会だが、まずは憲法改正国民投票法の制定の際に積み残された「3つの宿題」に取り組んでいるという。成人・選挙権年齢の18歳への引き下げ、公務員に認められる運動の範囲、憲法改正以外の一般事項の国民投票の扱い、である。民主党の中野さんは「今国会で解決したい」と意欲を燃やしていた。これが済めば、心おきなく改憲を発議できる環境が整うというわけだ。
ちなみに、自民党が会長を出している参議院の憲法審査会は目下、「大震災と憲法」をテーマに集中質疑をしている。緊急事態・非常事態条項に議論を引きつける狙いがあるらしい。
衆院50人、参院45人の委員のうち、明確な護憲派は共産、社民の衆参各2人だけで、議論の方向を決める幹事会の正式メンバーではない。今は民主党の方針がはっきりしないため、同党が会長を出している衆院の審査会の歩みは遅いが、高田さんは「今後どう動いていくか見通しにくい」と話していた。注意を払わなければならないようだ。
フォーラムの冒頭で、産経新聞の編集長は「このところ新聞やテレビで『憲法』の文字をよく見かける。国民が新しい国造りの羅針盤を強く要望しているからだ」とあいさつしていた。ハナから否定できないと思う。意気軒昂な改憲派に、何らかのきっかけで世論がつながれば、あっさりと改憲が実現してしまうかもしれない。それに抗うだけの態勢は、今の護憲派には構築されていないからだ。大いなる危機感を抱いて会場を後にした。
最後にもう一つ。
改憲派の集会には、「原発推進・容認」もなければ「反原発・脱原発」もなかった。申し合わせたわけではないのだろうが、改憲派の中には原発推進も脱原発もいるし、原発への考えにかかわらず輪を広げたいから、あるいは分裂を避けるために、そこには触れないことで最大公約数の「改憲」でまとまろうとしているように見えた。
とくに、脱原発派には学ぶべきところではないか。政府が原発再稼動に進みつつある重大な局面にあって、「あいつは真の脱原発じゃないからダメ」とか「あいつのやり方はダメ」とか消去法で共闘する相手を選別していたら、結局は「いつものメンバー」しか残らない。いま再稼動を止めることの重要性に鑑みれば、その一点に的を絞って、なりふり構わない戦略的な動きをすることが必要だろう。
改憲へのハードルを下げる「96条改正」問題については、
特集「2012年 憲法どうなる? どうする?」でもお聞きしています。
どうしても「9条」に目の行きがちな改憲論議ですが、
自民党の改憲案などを見ても、問題はそこにだけあるのではないのは明らか。
みなさんのご意見もお寄せください。