小惑星探査機「はやぶさ」をテーマにした映画は3本目になるそうだ。「おかえり、はやぶさ」を見てきた。学習映画の趣ではあったが、果てしない宇宙を背景に、自分の存在や生き方へと思いをいざなってもらった。宇宙には人間の根源について考えさせる何かがあり、それが神秘やロマンを醸し出す。「はやぶさ」が人の心を捉えるゆえんだろう。
映画に登場する宇宙技術にそのたびに感動し、幾多のトラブルを乗り越えるスタッフの姿に頭が下がった。なにしろ、「はやぶさ」の目的地の小惑星イトカワは、地球から3億キロも離れているのだ。7年かけて計60億キロを飛行し、イトカワの微粒子を地球に持ち帰るなんて、理系オンチの私にはそれだけで物凄いことに感じられる。日本の宇宙予算はアメリカの10分の1なんて聞けば、なおさらだった。
「はやぶさ」を運用したのは、映画の舞台にもなっている宇宙航空研究開発機構(JAXA)である。2003年に宇宙開発事業団など3機関が統合して発足した独立行政法人で、日本の宇宙開発の中核を担っている。
そのJAXAにまつわる法律改定案が、開会中の国会に提出されていると聞き、先週開かれた集会に参加してきた。民主党政権になってから、法案の中身に驚くのは何回目になるかも知れないが、またしても、という感じだ。こんなに大事なことが、マスコミもほとんど報じないまま、国民の知らないうちに決められていくのかと、改めて気が重くなった。
国会に提出されているJAXA法の改定案は、JAXAの業務を「平和の目的に限り」とした文言を削除し、代わりに「宇宙基本法第2条の宇宙の平和的利用に関する基本理念にのっとり」との言葉を加える。2008年に制定された宇宙基本法の2条は「宇宙開発利用は、日本国憲法の平和主義の理念にのっとり、行われる」と定める一方で、14条で「国は、我が国の安全保障に資する宇宙開発利用を推進するため、必要な施策を講ずる」と書いている。憲法9条と自衛隊の関係のように、政府が専守防衛の範囲であると判断すれば宇宙開発利用を軍事目的で使えるわけだ。
つまり、今回のJAXA法の改定が実現すると、JAXAに軍事協力を求めることができるようになる。
そもそも日本の宇宙開発・利用は、1969年の国会決議で「平和の目的に限り」とうたわれ、非軍事によることが長く定着してきた。政府は85年に解釈を拡大したが、それでも自衛隊が利用する情報収集衛星は「利用が一般化しているか、それと同等の機能」に限られ、自前の衛星を持つことはできなかった。軍事利用の道を開いたのが宇宙基本法で、今回のJAXA法改定は整合性を取ることを理由に挙げているそうだ。
これに対し、改定に反対する若手研究者らが中心になって「JAXA for Peace」と名づけた署名活動を始めた。呼びかけ人には、元宇宙飛行士の秋山豊寛・京都造形芸術大教授や国際政治・平和学者の浅井基文氏ら6人が名を連ねている。
JAXA法が改定されるとどうなるのだろうか。署名運動の世話人の一人、多羅尾光徳・東京農工大准教授によると、憲法9条の平和主義に抵触するのはもちろんだが、ほかにもいろいろと問題があるという。
1つは、宇宙の軍事利用の拡大につながることだ。宇宙基本法制定の翌年に政府が決めた「宇宙基本計画」には、ミサイルを探知する早期警戒衛星の研究が盛り込まれた。防衛省は、最先端の宇宙関連技術を軍事転用できないか検討を始めており、JAXAが打ち上げた衛星の赤外線センサー、アンテナ、大容量通信、移動目標検出といった技術の利用を挙げている(しんぶん赤旗・2月3日付)。高度な技術を持つJAXAを組み込みたいと、虎視眈々なのだ。
第2に、JAXAが軍事研究をするようになれば、「軍事秘密」を理由に研究成果の公開や技術の交流、自由な議論ができなくなるおそれが強い。おそらく軍事秘密の範囲はどんどん広げられていき、JAXAの研究や技術の内容がほとんど公表できなくなってしまう可能性もある。民間の宇宙関連産業の振興に支障を来すだろうし、組織内部の運用や議論の様子が表に出せなくなって、もはや「はやぶさ」のような映画は制作できなくなるかもしれない。国民の目が届きにくくなれば、税金の無駄遣いや政官学の癒着のチェックもしにくくなる。
さらに、先に当コラムで取り上げた「秘密保全法」が制定されれば、国の業務を受託するJAXA職員にも適用され、大きな制約がかけられることになる。秘密を洩らせば最高で懲役10年だから、うかつに研究や技術の内容を外部に話すことができなくなるだろう。「はやぶさ」の映画で描かれたように、自由な発想で挑戦する気風があったからこそ優れた成果を挙げてこられたのに、業務命令で軍事研究をさせられるようになれば研究の自由や思想・良心の自由を侵しかねず、結果として日本の宇宙開発にとって逆風になるのではないか。
にもかかわらず、今回の法律改定は一部の議論で進められているという。政府の宇宙開発戦略本部・専門委員会が提言したのは1月13日だったのに、1カ月後の2月14日には法案が国会に提出された。JAXAの研究者や技術者の中にも今回の法律改定のことを知らない人がいるそうだ。全国紙できちんと記事にしているのは毎日新聞だけだから、国民の多くも知らないだろう。
JAXA法改定の背景について、多羅尾さんは経済界とアメリカの要求にも触れていた。日本の宇宙産業は7兆円規模とされるが、国際競争力が弱い。そこで軍事利用を促すことによって、景気にも左右されない安定的な市場をつくりたいという思惑があるようだ。アメリカも日本の技術力に着目しているらしい。これは、昨年末に政府が緩和した武器輸出三原則とも絡んでくる。
宇宙政策の司令塔となる委員会を、文部科学省から内閣府に移す法案も一緒に提出されている。「学術よりも、軍事や経済の論理が優先されることになるのではないか」と懸念を示していた。
JAXAが2005年に立てた長期ビジョンは「宇宙航空技術を活用することで、安全で豊かな社会に貢献する」ことを真っ先に掲げ、自然災害や地球環境問題への対応に役立つシステムの実現を目標にしている。今回の法改定は将来的に、その方向を大きく転換することになりかねない。
宇宙を取り巻く国際情勢は、神秘やロマンの次元だけでは済まないのかもしれない。でも、実際に自前の軍事衛星を造って運用するには巨額の費用がかかるし、そんな財政力は当然、今の日本にはない。であるならば、宇宙と防衛の関係をどう位置づけるのか、JAXAはどこまでかかわるのか、当事者も含めて十分な議論を積み重ねることが何より先なのではないか。法律の改定ばかりを慌てて進める必然性はあるまい。
本コラムでも取り上げた秘密保全法案やマイナンバー法案、
そしてすでに「官房長官談話」の形で発表されてしまった武器輸出三原則の緩和……
被災地復興や原発の問題に注目が集まりがちなその陰で、
あまりにさまざまなことが、ほとんど国民的な議論もなされずに進んでいく。
そんな印象を受ける状況に、危機感は募るばかりです。