出生届の受理を区役所に拒まれたため、住民票を作ってもらえないまま小学生になった子どもがいる。住民票がないので、定額給付金が支給されなかったり、予防接種の通知が来なかったりといった不利益を受けてきた。今後は、選挙権の行使やパスポート発行などの場面でトラブルが予想される。
どうしてこんなことになっているのだろう。
子どもと両親は今年3月、区と国に対して住民票の作成などを求める訴訟を東京地裁に起こしており、来年1月にも結審する見通しだという。東京で開かれた支援集会で、父親らの話を聞く機会があった。
父親は、東京都世田谷区の介護福祉士、菅原和之さん(46)。1999年から妻と事実婚の生活を送っており、住民票がないのは2005年に生まれた次女(6)である。
出生届の提出にあたり、「嫡出でない子」という表現が婚外子への差別だとして続柄欄を空白にしたのが原因で、区に不受理にされた。そして、戸籍がないことを理由に、世田谷区は今も住民票を作成していない。
菅原さんは、2006年にも同様の訴訟を起こしている。1審の東京地裁は07年、次女の不利益が著しいことを認めたうえで、「居住の事実など住民票の記載内容が確認できる状況ならば、例外的に住民票を作成すべきだ」と、区に次女の住民票作成を命じる判決を言い渡した。
2審の東京高裁(07年)で覆され、最高裁でも09年に「(次女は4歳なので)選挙権が行使できないなどの不利益が起きていない」と敗訴する。しかし、最高裁は「無視できない不利益が子どもに起きる場合には、職権で住民票を作成する義務が行政側に発生することがある」という一般的な判断を示した。逆に言えば、世田谷区が「不利益」をどう判断するかによって、戸籍がない状態で住民票を作っても違法ではなくなるわけだ。現に、同様のケースで住民票を作成した自治体もあるそうだ。
最高裁判決の2か月後、区は「住民登録がない」との理由で、次女の分の定額給付金を支給しなかった。異議申立てなどをした結果、4カ月遅れで支給されたが、定額給付金と同額を区の一般会計から支出するという変則的な方式だった。菅原さんは、政権交代~千葉景子法相の就任による民法改正の実現にも期待したものの遅々として進まず、「子どもが大きくなるのに、待っているだけではダメだ」と考えて、次女の小学校入学の直前に今回の2次訴訟を起こすことにした。
2次訴訟では、「出生届に嫡出子かどうかを記載する」とした戸籍法49条の規定が人権侵害にあたり憲法違反であるとの視点から、区とともに国も被告に加えた。区に次女の住民票を作成させることと併せて、次女が日本国民・世田谷区民であることの「地位確認」を求めている。
代理人の藤岡毅弁護士は「自治体の構成員という地位を剥奪され、排除されていることが、この問題の本質。その結果として行政サービスを受けられずに、定額給付金の時のような不利益が具体的に発生しており、区長が職権で住民票を作成すべき『特段の事情』にあたる」と説明していた。
1次訴訟の事実審理が終わった後に、追い風となりそうな動きも起きている。たとえば、国連の自由人権規約委員会や女性差別撤廃委員会は08年から09年にかけて、婚外子を差別する戸籍法の規定を削除するよう求める見解を示している。また、今年8月には大阪高裁が、婚外子(非嫡出子)の相続分を嫡出子の半分とする民法の規定は、憲法の「法の下の平等」に違反するとの決定を出した。
菅原さんは集会で、「すべての子は平等。婚外子差別は、今すぐなくしてほしい」と訴えた。支援者からも「親の生き方によって子どもが差別を受けるのはおかしい」「非婚で子どもを産むことと、その子どもが差別を受けるのとは、全く別のこと」との声が相次いでいた。
確かに、菅原さんが事実婚を選んだ理由に挙げた「夫と妻が対等な関係を築くための一つの選択」との説明に対しては、納得できないという人がけっこういるかもしれない。しかし、少なくともその選択が、子どもには責任がないこと、結果として子どもに不利益をもたらしてはならないことは、誰にも否定できないのではないだろうか。誰もが平等に受けられるはずの公共サービスを受けられないのだとすれば、なおさらである。
菅原さんは集会で、こんな話もしていた。
先月、埼玉県志木市が、市内の川に現れたアザラシに特別住民票を交付したというニュースが流れた。それを見て、菅原さんの長女がぽつりと呟いたそうだ。「アザラシに住民票はいらないよ。妹に作ってほしい」と。別の自治体での話とはいえ、アザラシには住民票を作るのに人間には作らないままというのは、不条理に違いない。
ところで、世田谷区の区長には今年4月、元社民党衆院議員の保坂展人さんが就任している。数少ない頼れるリベラル系議員だった保坂さんは、これまでの議員活動で「婚外子差別反対」を掲げてきたという。もちろん、国会議員と自治体首長の立場は違うし、区議会が少数与党だという事情は理解する。それにしても、保坂さんだからこその「政治決断」に大いに期待したいところではある。
政権交代が行われ、千葉景子元法相が大臣就任のときに掲げた
民法の改正が速やかに実行されていたら、このような問題が起きる事無く、
法的に解決していたのではないか、という思いを改めて強くしました。
とはいえ、一刻もはやくこの子どもに住民票を与えるべきでしょう。
どんな理由があっても、子どもが受けるべき公的なサービスから
排除されるということがあってはいけません。