マガ9備忘録

劇作家の知念正真さんが9月25日、亡くなった。彼の作品で特に有名なのが『人類館』だろう。今から110年前の「人類館事件」を下敷きにした作品である。

1903年、大阪で開かれた内国勧業博覧会に設けられた「人類館」。それは生きた人間を見世物として展示するものだった。朝鮮人、アイヌ、台湾・高砂族、インド・キリン族、ジャワ人、トルコ人、アフリカ人、そして沖縄人。国威発揚という側面を持つ博覧会での催しは、彼らを劣った人間として展示することで、「文明国の優れた日本人」という意識を高める狙いもあったのだろう。

しかし、この展示は当該地域・国からの抗議を呼んだ。沖縄では囂々たる非難が巻き起こり、これを受けた興行主は連れてきた2人を帰して、「人類館事件」は一応の決着を見た。しかし沖縄からの抗議は、他民族・人種を下に置いて「自分たちをアイヌや高砂族と一緒にするな」というものだった。「文明/未開」という図式が強い時代とはいえ、差別を受けた側であるにもかかわらず、差別を再生産してしまったのだ。

知念正真さんは1941年、現在の沖縄市に生まれた。コザ高校卒業後東京へ。二松学舎大中退後、劇団青年芸術劇場の研究生を経て、1963年に帰郷し琉球放送入社。演劇集団「創造」に所属して脚本や演出を手掛けた。1976年、戯曲『人類館』を「創造」で初演。この戯曲を雑誌「新沖縄文学」に掲載したものが「テアトロ」に転載され、1978年に第22回岸田國士戯曲賞を沖縄の演劇人として初めて受賞した。

残念ながら最近ではなかなか上演されることがない。最近だと、早稲田大学大隈講堂で、上江洲朝男さん、花城清長さん、小嶺和佳子さんによって演じられたのが2008年だ。沖縄をめぐる昨今の状況を考えるにつけ、もっとこの作品に触れられるべきだと思っていたところ、この作品を「ひとり語り」として演じた津嘉山正種さんのCDが発売されているではないか。

津嘉山さんは標準語とうちなーぐちを自在に操り、「陳列された男」「陳列された女」「調教師風な男」の3役を熱演する。舞台は、その人類館であるはずなのに、沖縄戦のさなかや米軍政下、ベトナム戦争、復帰運動など時制があちこちへ飛ぶ。と同時にその3人もいろいろな人格となる。それはまるで、時代に翻弄される沖縄を体現するようだ。津嘉山さんはこのCDに録音された舞台の寸前に体調を崩したのだが、それを感じさせない迫力だ。

作品の最後に、芋=集団自決用の手榴弾で倒れた調教師に成り代わり、陳列された男が「皆さんこんばんは、本日はわが『人類館』へようこそおいでくださいました…」と語り出し、最初の場面に戻ってしまう。そしてト書き。「というわけで、芝居は振り出しに戻ってしまった。誠に不本意ながら作者としては如何ともしがたい。御用とお急ぎでない方は、はじめから繰り返して見ていただきたい。いずれにせよ、そう簡単に幕は下りないだろう。なぜならば、『歴史は繰り返す』ものなのだから」

戦後68年が経っても、米軍基地の撤去が一向に進まぬ沖縄の現状を見ると、「そう簡単に幕は下りない」という言葉が重くのしかかる。と同時に、差別され抑圧された者があっという間に差別者・抑圧者に転化してしまう現実。これは沖縄人に限ったことではないだろう。人間とは、他者に対しての優越意識を欲さずには生きていけないのだろうか。知念さんの『人類館』は、いろいろなことを考えさせられる名作だ。

 

  

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その3)知念正真『人類館』を、
津嘉山正種の「ひとり語り」で聴く
」 に1件のコメント

  1. 花田花美 より:

     「優越意識」は「勝ち」「負け」などの競争意識からくるものだと思う。人種差別はてっとり早く優越感をもつことができるかもしれない。自分の価値を他人に認めさせたように錯覚できるかもしれない。
    しかし、これは本当の満足には結び付かない、空しいこと。
     本当の満足は、みんながお互いの違い、良さに気付けることだと思う。私は金子みすずさんの「みんな違ってみんないい」という言葉が好きです。
    みんながひとりひとりの違いをわかりあい、好きになる。
    他人を好きになれるということは自分を好きであることが前提。自己肯定感が必要。
    これを育てられるような環境も必要。
    だけど、世の中は批判だらけ。
    テレビの中も批判だらけ。テレビで批判されないのは原発と自民党だけ。(ひどい話だ・・・)
    テレビは人格形成にものすごく悪い影響を与えていると思う。
    なんとなくテレビを見るのはやめた方がいいと思う。
    子供たちが見るアニメもひどいのがたくさんある。
    私が子供のころは、あまり長くテレビを見るなと叱られたものだけれど、
    今の子供たちも叱られているのだろうか?それとも、もっとひどいネット情報におぼれているのだろうか?

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