この1週間は「女性」を踏みにじるような事件やその発覚が、あまりにも相次いだ。
5月17日(火) 韓国・江南(カンナム)駅近くの共用トイレで23歳の女性の殺人事件が発生。犯人は女性と知り合いではなかったが、「普段から女性に無視されていたため」と理由を供述。
5月17日(火) 自民党が作成した若年層に投票を呼びかけるパンフレットが、女性をあまりに見下した内容だと話題に。
5月19日(木) 沖縄県警は、20歳の会社員の死体遺棄致死容疑で元米海兵隊員を逮捕。その後乱暴し刃物で刺したことを供述したが、黙秘に転じる。
5月21日(土) シンガーソングライター活動をしていた20歳の大学生が、東京都小金井市のライブ会場前でファンを名乗る男にメッタ刺しにされ、意識不明の重体に。
こうも続くと、暗澹とする。ネット上では被害者の落ち度ばかりが強調される。この世界のミソジニー(女性嫌悪・蔑視)の根深さが見えてくる。
そして、性に関する教育の停滞も痛感せざるを得ない。日本でのこの遠因には、2003年の「七生養護学校(現七生特別支援学校)事件」があるのではないだろうか。
同養護学校では、保護者と教職員の協議を経て、知的障害があっても自分の体を守ることが出来るよう、体の部分の名称などを人形や歌で教えていた。しかし、「世間の常識からかけ離れた過激な性教育」として一部の都議会議員からバッシングがあり、恐れをなした都教委は教材を没収し、校長および関係教諭が処分された。
自民党はこれに乗じてプロジェクトチームを発足させ、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育」叩きに走った。このプロジェクトチームの座長が安倍晋三現首相である。
この影響によって、現場での性教育への取り組みは一気に後退した。性に関して「ことなかれ主義」が台頭し、この状況が長く続いている。
しかし、最近ではLGBT教育の広がりによって、こうした性の問題について、学校や教員が意識的に取り組んでいくべきという風潮が強まっているのは一条の光だ。
何よりも、「自分と相手、互いの性を尊重する」教育と、その浸透は急務だ。
筆者である私は男性だが、被害に遭った女性に対し、「あなたは私だ」と思う。
(中津十三)