3・11から5年。いとうせいこう著『想像ラジオ』や高橋源一郎著『恋する原発』などの例外を除き、あの出来事に対しての文学の向き合い方は、私には不十分に思えた。しかし、先日発売された桐野夏生著『バラカ』(集英社)という大著を読んで、その思いは雲散霧消した。
連載は2011年8月号から。ということは、あの大震災の直後から書き始めたということになる。4年半の連載を経て、5年後のいま刊行された本書は、当時の感覚がまざまざと甦ってくるような読後感だ。
ペットの保護に被災地域に入った老人ボランティアが偶然赤ん坊を発見し、その子が「ばらか」と発したことで「薔薇香」という名が与えられるところから話は始まる。既に大震災によって原発は4基すべてが爆発している。このプロローグを経て、第1部「震災前」、第2部「大震災」、第3部「大震災八年後」と続く。
登場する人物の「エグさ」は半端でない。子どもほしさにドバイの赤ん坊市場(スーク)を訪れる女、悪魔的な権力を揮う葬儀屋の男、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人の男、福音を説きながら姦淫に耽る牧師…。
大震災時のカタストロフの描写はもちろん恐ろしかったが、それ以上に、人身売買、外国人差別、怪しい新興宗教、レイシズム、児童虐待、DV、放射線障害、ミソジニーなど、まさに現在の病理や狂気を体現する登場人物造形は実に犀利だ。
656ページというボリュームだが、それ以上の、物語のスケールとスピード感に圧倒させられる。エンタテインメント読み物であると同時に、何よりも、桐野さんの「怒り」に満ちている。
「もしかしたらこうなっていたかもしれない」という恐怖にとらわれる。しかしそれは現状と紙一重だと再確認して、さらに戦慄せざるを得なかった。
(中津十三)
バラカを読みました。彼女が一貫して発している「怒り」が好きです