劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』を、東京・浜松町の自由劇場で観劇した(東京公演は1月11日で終了)。どちらかというとミュージカルは苦手な私だが、どうしようもなく心を揺さぶられた。
この作品は1984年、児童を対象にした「ニッセイ名作劇場」で初演された。当時のタイトルは『エルリック・コスモスの239時間』だったが、2003年に『エルコスの祈り』に改題され、それから32年、間隔は空いても未だに上演を重ねている。その魅力は何だろうか。
舞台は50年後の世界にある「ユートピア学園」。生徒を番号で管理し、夢や希望は排除されている。そこへ維持費が安いとやって来た教育型ロボット「CPΣ・081-1型ESPアンドロイド・エスパー/エルリック・コスモス(略称エルコス)」。子どもたちの瞳に輝きを取り戻させたいと開発したストーン博士の夢の化身だ。
自信を失っていた生徒たちはエルコスに影響され、次第に心を開き積極的になっていくが、生徒の一人であるジョンはどうしても素直になれない。それまで管理で従わせていた教師ダニエラたちも面白くなく、エルコスを追い出そうと、ジョンを脅してエルコスの弱みを聞き出す。240時間に一度補給するエネルギーに異物を混ぜ飲ませれば、エルコスは気化し消滅してしまうのだ…。
作品が生まれた1980年代は、校内暴力の嵐が吹き荒れた時代。また学習についていけない「落ちこぼれ」も問題化しており、こうした子どもたちを管理で従わせようという教育対応もなされるようになった。そうした背景は無縁ではあるまい。
それから30年以上経った現在でも上演を重ねているのは、この作品に時代を超えた普遍性があるからだろう。表立った校内暴力はなくても、いじめやスクールカーストなどの形で息苦しい学校生活。子どもたちは直接対話を恐れ、デジタル機器に没入し、コミュニケーションは希薄になる一方。
そうした中、この作品は「子どもの可能性を見よう」「個性やいいところを伸ばそう」「支えあおう」「人を思いやろう」「許す心を持とう」と高らかに謳いあげる。時には気恥ずかしくなるほどに。
確かに、エルコスの言うことは「綺麗事」だ。それに対してジョンや教師たちは「ロボットのくせに」などと反発する。しかしエルコスは完成直前にユートピア学園の生徒たちの夢や憧れが吹き込まれているのだ。
繰り返し歌われる劇中歌「語りかけよう」(作詞:梶賀千鶴子/劇団四季文芸部、作曲:鈴木邦彦)の美しい歌詞と旋律が、感動を増幅させる。
今、あまりにも「本音」ばかりが持て囃され「綺麗事」が忘れられているからこそ、『エルコスの祈り』は心に響き、感動させるのかもしれない。
(中津十三)
※ 『エルコスの祈り』は、2016年4月から全国公演されます。