マガ9備忘録

11月30日、漫画家の水木しげるさんが93歳で亡くなった。「妖怪」という言葉、概念を広く世に知らしめ、彼の著作『ゲゲゲの鬼太郎』は、知らない人はいないと言ってよいほど有名だ。まさに「妖怪の父」であり、恐ろしくも可愛らしい妖怪は、常に子どもたちの友人になった。

その妖怪漫画と同じくらい注目すべきは、戦争や歴史、社会問題をとりあげた作品群ではないだろうか。殊に、戦争体験をもとにした数々の戦記ものは、強い印象を残す。

『総員玉砕せよ!』(講談社文庫)は、水木さんが体験した南方戦線ニューブリテン島「ズンゲンの戦い」をもとにした作品だ。敵に包囲された日本軍将兵が玉砕に追い込まれるまでの極限状態を描いている。

彼独特の描線と、描きこんだ背景は、まるで屍臭が漂ってくるような迫力だった。理屈ではなく、皮膚感覚としての「反戦」がそこにはある。

歴史を取り上げた作品なら、『劇画ヒットラー』(ちくま文庫)がある。水木さんらしいユーモアとともに、淡々と進んでいくナチスの全権掌握の恐ろしさ。笑いながら破滅していくこのアンビバレントさは、現下の政治状況に、どこか似ているような気がする。

また、『原発ジプシー』で知られる堀江邦夫さんとの共著『福島原発の闇 原発下請け労働者の現実』(朝日新聞出版)も忘れられない。初出は、米スリーマイル島原発事故のあった1979年、「アサヒグラフ」に掲載された「パイプの森の放浪者」である。堀江さんのルポに、水木さんが絵をつけたのだ。

前述した彼独特の描きこみによって表現された原発内部は、南方戦線と同じような禍々しさを放っている。

堀江さんは水木さんの絵を初めて見たときの驚きを次のように書いている。

「こんなもんかなぁ……」。水木さんは、いささか自信なげに幾枚かの絵をテーブルにひろげて見せてくださった。目を見張った。原発内のあの闇が、あの恐怖が、どの絵からも浮かび上がってくる。マスクをかぶったときの息苦しさ、不快な匂い、頭痛、吐き気までもが甦ってくる。

「『あとがき』にかえて」より

高度経済成長期に描かれた『原始さん』や『打出の小槌』といった短編も、文明やローン社会の病巣を抉るような作品だった。

一兵卒、一作業員、一市民…まさに「一庶民の視点を忘れない」作品を遺した水木さん。きっとあの世で、地位や名誉と関係ない妖怪やお化けと一緒に楽しく過ごされることだろう。

(中津十三)

 

  

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