文学雑誌「文學界」4月号の特集「『図書館』に異議あり!』を興味深く読んだ。
全国の公共図書館の貸出数はこの20年ほぼ倍増したが、書籍の販売冊数はピーク時から約3億冊減少した、とリード文にあるが、出版界の苦境を図書館のせいにするのは筋違いな気がする。問われているのは、図書館はどうあるべきか、だ。
2月2日に行われたシンポジウム「公共図書館はほんとうに本の敵?」の採録とともに掲載されているのは、作家与那原恵さんの現場ルポ「『民営化』の危険な罠」。
図書館の問題というと、真っ先に連想されるのが民営化された佐賀県武雄市図書館だろう。樋渡(ひわたし)啓祐前市長の主導によって、レンタルソフト大手「TSUTAYA」などを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を指定管理者として委託。図書館はリニューアルされ、TSUTAYA、蔦屋書店、スターバックスコーヒーの併設などでメディアの注目を集めた。
与那原さんはその武雄市図書館を見学に訪れた。リニューアルの費用は市がほぼ負担。これによって資料が8760点廃棄され、なかには貴重な地域文化雑誌のバックナンバーもあり、問題視されているという。図書館の標準分類法であるNDC(日本十進分類法)でなく、蔦屋書店独自の「二十二の分類法」を採用した書架の配置にも驚かされた。
何より危惧を覚えるのは、貸出カードをTカードとすることでの、民間企業による図書館利用者の個人情報利用の危険性だ。日本図書館協会、日本文藝家協会などからの質問に、CCCは「図書館利用情報とTカード会員情報とはシステム上切り離しており、貸出記録も本の返却後に消去している」と回答している。
しかし、CCCは民間企業だ。委託契約は5年。その後撤退する可能性もある。このために構築された図書館システムは、そして蓄積された個人情報はどうなるのだろう。「図書館の自由に関する宣言」には、「第3 図書館は利用者の秘密を守る」とあるのだが。
隣接する伊万里市の伊万里市民図書館に、与那原さんは足を延ばす。こちらは武雄市と正反対を目指しているようだった。「伊万里をつくり 市民とともにそだつ 市民の図書館」を目標とし、指定管理者制度を導入していない。「本を大事にして、人(利用者と図書館員)を大事にして、施設を大事にしている」と言われ、武雄市図書館と並んで各地からの視察が絶えないという。
図書館の在り方が問われているからこそ、この2自治体に視察が絶えないのだろう。指定管理者制度を図書館に導入した自治体は多くあるが、「コスト削減のための民間委託」の先に何があるのか見据えているところは少ない。民営化が、猛威を振るう新自由主義の一連の流れと連動していることは確かだ。
与那原さんは、かつて6年ほど東京都内の図書館で働いていたそうだ。選書会議や分類、目録カード作りなどを懐かしく思い出す彼女に、現在でも図書館で働く先輩は嘆く。効率化が叫ばれ、スキルが生かせず、事務仕事に追われる。「図書館員の職人仕事の時代は終わったわね」
シンポジウムでも東京大学大学院教育学研究科教授の根本彰さんが、来館者数と貸出冊数によって行政評価が行なわれる点を問題視している。開館時間の延長、図書館員の疲弊、流行本が何冊も揃えられすぐに読まれなくなる現状…。
図書館とは誰のものか、何のためにあるのか。さまざまに考えさせるルポルタージュだった。(中津十三)