マガ9備忘録

児童文学作家の松谷みよ子さんが2月28日に89歳で亡くなり、偕成社童心社などの児童書出版社がホームページでその死を悼んでいる。彼女の業績を思い返すと、質の高さ、量の巨大さにあらためて驚かされる。

まず人形劇活動から始まった民話の収集だ。信州に伝わる伝説から創造した『龍の子太郎』は第1回講談社児童文学新人賞、国際アンデルセン賞優良賞を受賞、のちにアニメ映画にもなった。『まえがみ太郎』『ちびっこ太郎』とともに「太郎三部作」である。また、再話とせず聞いたそのままの『昔話十二か月』や『現代民話考』など、口承から伝説、過去から現代までのあらゆる民話を渉猟した。

「あかちゃんの本」シリーズの『いないいないばあ』のくまちゃんや『おさじさん』などは、発刊から45年以上小さな赤ちゃんが出会う初めての友達。「あかちゃんのわらべうた」シリーズは、民話とともにわらべ歌も収集していた松谷さんならではの作品だろう。

「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズ、「オバケちゃん」シリーズなど現代を舞台にした童話に親しんだ人も多いに違いない。働く母親、離婚、死などそれまであまり取り上げられなかった題材を、童話の中にみごとに昇華させている。

『ふたりのイーダ』から始まった「直樹とゆう子の物語」シリーズは、原爆、戦争、人体実験、公害、環境破壊、差別、ナチズムなど社会問題を、主読者である子どもたちに隠すことなくどう向かい合うべきかを問うた作品だ。

松谷さんの平和への思いは絵本でも表現されている。私が忘れられないのは「絵本平和のために」というシリーズに収められた『まちんと』『ぼうさまになったからす』(以上、絵・司修)『とうろうながし』(絵・丸木俊)『わたしのいもうと』(絵・味戸ケイコ)の4冊だ。

中でも『わたしのいもうと』は、原爆や戦争を扱ったほかの3冊と違い、いじめを題材にしている。いじめによって心を閉ざしてしまったいもうと。時間の止まったいもうととは対照的に、何気なく彼女をいじめた人々は中学生となり、高校生となり、いじめたことなどすっかり忘れているのだろう…。

最初に読んだときは、あまりに厳しく、悲しい物語に言葉を失った。そして、あとがきにあった「自分より弱いものをいじめる。自分とおなじでないものを許せない。そうした差別こそが戦争へとつながるのではないでしょうか」という文を、何度も読み返した。

あとがきはさらに続く。「おなじ日本人のなかでの差別は、他民族への差別とかさなり、人間の尊厳をふみにじっていく。アウシュビッツも、太平洋戦争でわたしたちが犯した残ぎゃく行為も、ここにつながる。そしておそろしいのはおおかたの人が自分でも知らないうちに、加害者になっている、またはなり得ることではなかろうか」と。

私たちの多くが、松谷さんの作品を読んで育ったと言っていいだろう。今の世の中では、むしろ大人こそが読み返すべきかもしれない。松谷さんは亡くなったが、その作品に流れる平和への思いを将来につなげたい。(中津十三)

 

  

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