この8月は、広島・長崎での平和祈念式典での安倍晋三首相のコピペあいさつが話題となった。来賓あいさつなど誰も聞いていないのだからそんなものでいいのだ、という向きもあるようだが、政治家は言葉が命だ。安倍首相はコピペあいさつによって式典自体の無意味化、陳腐化を図っていると思わざるを得ない。
一方、長崎での式典で、田上富久長崎市長の平和宣言や城臺美弥子さんの被爆者代表あいさつでは、集団的自衛権行使を容認する安倍政権への懸念が語られた。そうした、過去の戦争を語り継ぎ、これからの戦争を防ごうとする努力もあるが、戦争経験者は年々着実に減っていく。
戦争の記憶をどのように伝えていくか…。これに言及した小説と記事に出合ったので、紹介したい。
周防柳さんの『八月の青い蝶』(集英社、1400円+税)は、昨年の第26回小説すばる新人賞を受賞した作品だ。物語は現代(2010年)の主人公・きみ子と、彼女の父である1945年の主人公・亮輔の思いが交錯する形で進む。亮輔は中学生のときに被爆しており、急性骨髄性白血病で自宅療養することになった。妻多江子と娘きみ子は、亮輔が大事にしている仏壇で、異様に古びた標本箱を発見する。そこには、前翅の一部が欠けた小さな青い蝶が、ピンでとめられていた…。
8月9日付の東京新聞夕刊文化面「土曜訪問」は、長崎市職員として原爆資料館館長を務めている作家の青来有一さんだった。「文學界」7月号に発表した『悲しみと無のあいだ』について触れた部分があるので引用する。「作家自身である『わたし』は、被爆した父が〈廃墟のなかを歩きながらなにを目撃したのか、なにを感じたのか〉を復元し、〈被爆の実相〉に迫ろうと試みる。被爆について語らない父は、口癖のように『どげんもならん(どうしようもない)』と言うのだが、むしろこのことばから絶望の深さが伝わる」(後藤喜一記者)。
『八月の青い蝶』の亮輔の、戦争や原爆に対する思いは複雑だ。いわゆる戦後の平和運動の通念に違和感を抱き、「歴史を語り継ぐべきだ」と言うきみ子の担任教師と論争する。「あの日のことは、語りたくない」。それが多くの被爆者に共通する心情だった。激論の揚げ句、最後に教師に対して、「あんたは暢気でしあわせで勉強好きな頭でっかちじゃ」と言い放つ。
確かに風化させてはならない。正論だ。しかし思い出したくない、という感情。語れば、それであのつらさを追体験してしまう。同時に「あの日があったからいまがある」とも思う。この葛藤を抱えて亮輔は生きている。
この作品にも青来さんの作品にも、「語られざる被爆者の思い」が登場する。そうした思いに寄り添うことは大切だ。それでも、記憶を継承していかなくては、起こったことはなかったことになってしまう。これを両立させていかなくてはならない。
ただ、時ここにきて、今まで口をつぐんできた人が自分の体験を語りだすことも多いようだ。つらい思い以上にこのままでは忘れられてしまうという危機感かも知れない。直接戦地に赴いた世代は数少なくなり、銃後で戦争を体験した人も高齢化が進む。
戦争の記憶を継承するのに残された時間は、どんどん短くなっていく。人生の最終コーナーを回った先人の貴重な証言に、虚心に耳を傾け、歴史に敬意を払って反戦の思いを新たにしたい。(中津十三)