マガ9備忘録

書店に足を踏み入れて、まず目に入るのが本の装幀だ。さまざまな本が並ぶ中、客の目を引き、本を開かないうちにその内容をどう伝えるか…装幀家は苦心する。

この装幀の世界で40年近く第一線で活躍する菊地信義さんの展覧会『装幀=菊地信義とある「著者50人の本」展』が横浜で開かれている。文学館で、文学者でなく装幀家の展覧会が開催されるのは異例だろう。

菊地さんは1934年東京・神田に生まれ、少年期に神奈川県藤沢に転居した。評論家の粟津則雄さんは、この生い立ちが「律儀な下町の子」と「自由進取の湘南ボーイ」が同居した性格となり、彼の「ありきたりな仕事をしない」「一刻も同じところにいない」特徴となったと語っている。

多摩美術大学図案科在学中にモーリス・ブランショ著『文学空間』(現代思潮社)に出合い、菊地さんは本のデザインに目覚めるのだが、この本の共訳者が前述の粟津さんだ。中退して広告代理店に勤めながら1970年代前半から装幀を手がけ始める。独立後、粟津さん著『主題と構造―武田泰淳と戦後文学』(集英社)は彼の出世作となった。

以後さまざまな著者の本に携わり、装幀作品は12000点余にのぼる。また1987年、『神奈川県の歴史』(有隣堂)で旧東独ライプチヒ「世界で最も美しい本」展銀賞、1988年、澁澤龍彦著『高丘親王航海記』(文藝春秋)ほかにより第19回講談社出版文化賞ブックデザイン賞、など多くの賞を受けている。

美しいものの触ることが憚られるような装幀、逆にてかてかした白地に直截的な字ばかりの装幀、菊地さんのはそのどちらでもない。何よりも、作品テキストの深い読み込みによる装幀が、読者、著者、編集者いずれにも支持され、それを長く続けている点が傑出している。

彼の持論は「本は読まれて初めて本になる」。読ませるための仕掛けは実に豊かだ。思い出されるのは、埴谷雄高著『光速者』(作品社)。埴谷の脳をCTスキャンしたものをあしらったその装幀は評判となった。頭蓋そのものがひとつの宇宙であると考えたからだという。

会場では、文芸書を中心に著者50人の本、約300点が展示されている。そのほかに、実際に手にとって箱から出しページを開くことのできるコーナーもあり、「感触」として菊地さんの装幀に触れられる。文学作品、芸術作品、工業品、流通品…その結節点にある装幀の「技」に感嘆させられた。(中津十三)

※ 『装幀=菊地信義とある「著者50人の本」展』は横浜・港の見える丘公園内の県立神奈川近代文学館で7月27日まで。詳しくはこちら

 

  

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