東京・歌舞伎座で開催中の四月大歌舞伎は、連日盛況のようだ。この昼の部で、病気で休んでいた坂東三津五郎さんが『壽靱猿(ことぶきうつぼざる)』で7カ月ぶりに復帰した。
『壽靱猿』は坂東三津五郎家の「家の芸」とも言える常磐津舞踊で、靱の革にされそうになった猿曳(猿回し)の小猿が、女大名の前で健気に芸を披露し許されるという狂言の『靱猿』をもとにしたもの。三津五郎さんは猿曳寿太夫を演じた。
花道からの出に観衆から大拍手が巻き起こり、常磐津が聞こえないほど。いつもはせぬ私も、思わず「待ってました!」と声をかけてしまった。病後とは思えぬ体のキレを見ているうちに涙が滲む。踊る自在さを身上としてきた彼がここまで踊れるようになるには、どれだけの稽古が必要だったのだろうか。
女大名三芳野の中村又五郎さん、奴橘平の坂東巳之助さんも好演。小猿の子役も実に可愛らしかった。三津五郎さんの子どもである巳之助さんは、深みの増した父の踊りを間近に見て、何を思ったことだろう。
それにしても歌舞伎役者に、体を壊してしまう人があまりにも多すぎる。本来3月と4月は、予定されていた中村福助改め7代目歌右衛門襲名が福助さんの病気で延期となり、その代わり「鳳凰祭」と銘打っての興行なのだ。
こうして三津五郎さんが4月に復帰し、やはり昨年11月から休養している片岡仁左衛門さんも6月に『お祭り』で帰ってくる。とはいえ、すぐに大車輪で働くのは難しい。三津五郎さんは5月からさらに新たな治療を受けるということだ。
思えば2010年4月の旧歌舞伎座閉場後に歌舞伎役者の死が相次いだ。天寿を全うされたと思われる人も多いが、2012年12月の中村勘三郎さんと、その翌年2月の市川團十郎さんの死は大きな衝撃だった。
歌舞伎座では1カ月のうちだいたい25日間興行し、残り5~6日間が翌月の稽古。さらに地方公演もある。大幹部や花形は、こうしたハードスケジュールがずっと続く。ただでさえ厳しいのに、役者が足らない。すると残った役者が無理をしてしまう。そして…という悪いスパイラルになっていないだろうか。端的に言えば労働過重だ。
新しい歌舞伎座が開場して1年。美しく新しい殿堂が出来ても、役者がいなくては芝居はかからない。仏作って魂入れず、では困る。役者に無理のない興行を心から望みたい。(中津十三)
※ 「歌舞伎座新開場一周年記念 鳳凰祭四月大歌舞伎」は4月26日まで。詳しくはこちら。