伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2011年4月9日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

「成年後見制度」は、認知症や知的障害のある方など、判断能力が十分でない人に代わって財産管理を行うという制度です。この制度を利用すると、被後見人は自動的に選挙権を失うことになってしまいます。2011年2月1日、この制度のために選挙権を失った原告が、選挙権を失うのは国民の権利を定めた憲法に反するのではないかとして、選挙権を回復するための提訴を起こしました。この裁判から見えてくるものは何でしょうか? 原告の弁護を担当する杉浦ひとみ弁護士と、この件の取材をしている東京新聞の小嶋麻友美記者のお二人に講演していただきました。

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もう一度選挙に行きたい

講演者:杉浦ひとみ氏
(弁護士、「東京アドヴォカシー法律事務所」所属)

 この裁判は、原告になった48歳のダウン症の女性が後見人を付けたことがきっかけです。彼女は被後見になったことで、これまで来ていた選挙ハガキが来なくなってしまいました。成人になってからずっと選挙に行っていたのに、選挙権がなくなってしまった。もう一度選挙に行きたいという彼女の声を受けて、私達はこの権利を回復しようと考えるようになりました。
 この成年後見人制度は、平成12年から始まりました。以前にも禁治産制度という能力制限に関する法律がありました。禁治産者は選挙権を失うことになっていたのですが、それは古い家制度に基づく、家の財産を散逸させないという発想から作られた制度だったので、人権侵害の恐れが強いものです。
 その禁治産制度に取って代わった成年後見制度は、障害のある方にも権利を認めるという発想から始まりました。各地でお年寄りや障害のある方を中心に、この制度の利用が進んでいます。特に障害のある方は、親の亡き後にこの成年後見人がついていれば、子どもの財産などが守れるのでは、という期待をしていました。ところが後見人を選任されると、被後見人は選挙権を失ってしまうのです。
 この成年後見制度には3つの分類があって、後見と補佐と補助となっています。最も関わりを必要とするのが後見で、後見だけが選挙権を失います。公職選挙法第11条第一項に、「次に掲げる者は選挙権及び被選挙権を有しない」という規定がありまして、一番最初に「成年被後見人」と書かれています。これに並べて書いてある選挙権が制限される人としては、選挙犯罪や一般の犯罪を犯した人がいる。この方達は刑に処せられてもある時期が過ぎれば選挙権は回復します。でも成年後見の場合は、選挙権はずっと回復しないままになってしまうのです。
■能力によって選挙権を制限することが許されるのか?

 この訴訟の争点は、大きく分けて2つあります。一つ目は私がこだわっている点ですが、能力によって選挙権を制限することが許されるのか? ということです。
 選挙権は、民主制の根幹をなす平等な主権の権利で、この権利は侵害されると回復困難なものです。その重要な権利を、健常者と言われる人以上に施策を要求する、少数者から奪っていいのかどうか。
 選挙権について、憲法上では「成年による選挙」とだけ規定されています。つまり、選挙権を行使するのに、ある程度の能力(年齢)は必要だけれど、その年齢に達した人については、能力の違い、IQの違い、まじめかどうかなど、そんな判断基準はないということです。確かにある程度の能力は必要ですが、どこで分けたらいいのかは難しいところで、それを国が勝手にさじ加減をしたら、大変なことになります。民主主義、あるいは個人の尊厳がないがしろにされてしまう危険性もあるのです。逆に、平等についての規定はあります。憲法上は選挙権は平等に与えられないといけない。それが国民主権であって主権者の意思だと理解するべきです。
 一票の価値に、能力によって差をつけていいのか。私はいけないと思います。人にはいろいろな差があるけれど、同じように扱うことは大切です。確かに能力があって情報も持っていて、いろいろ判断できたほうがいいかもしれない。でも、必ずしもその人の判断の方が正しいと言えるでしょうか? 選挙権を持ったうえで、実際には行かない人がいるのは自由です。健常者でも行かない人はいます。でも能力によって、行って良い人といけない人を国が決めるのは問題です。
■制度を使った人が選挙権をなくしてしまって良いのか?

 もうひとつの問題は、「成年後見制度に選挙権の剥奪を連動させていいのか?」ということです。そもそも成年後見制度とは、国の考えでは、認知症、知的障害、精神障害などの理由で、判断能力の不十分な方々を保護するためにつくられた制度となっています。その内容には財産的なことしか書いてありません。選挙権は財産的な問題ではない。まったく基準が違うものを、「似たようなものだから同じにしよう」と言ってしまっていいのでしょうか? 財産の管理ができるかどうかという基準で、選挙権の制限をしてしまっていいのでしょうか?
 この法律ができるとき、国会ではきちんと議論はされていません。1999年の衆議院法務委員会での議論で、自治省は「これまでの禁治産者と被後見人は同じ扱いなので、選挙権及び被選挙権を有しないということにした」と答弁しています。前とだいたい同じだから、同じでいいでしょうという事です。そもそも以前の禁治産制度は家の財産が持ち出されることを防ぐため、後見制度とは別の目的でつくった制度なので、成年後見制度と選挙権をくっつけるのはおかしいのです。
 それから申し立ての有無で選挙権を失うということも問題です。後見制度は、自動的に障害の程度でつけられるのではなく、申し立てをしないと付けられません。そこで同じ能力の人でも、申し立てがあったかどうかで選挙権の有無が変わってしまう。特に今回のケースでは親御さんは子どもの権利を擁護しようとして申し立てたのに、そのために子どもの選挙権がなくなってしまった。それはおかしいのではないかと思うのです。
■なぜこれまでこの問題が争われなかったのか?

 そもそも、なぜこんな条文が生きていたのかということですが、学者や弁護士の方々も、明らかにおかしな制度だから、いずれ変わるだろうと思っていた方も多いようです。でも裁判というのは具体的に権利を侵害された人が、自分で裁判を起こさなければいけません。そしてこのケースでは、能力の低い方が能力の低いことを表に出しながら原告にならなければならないという、非常にハードルが高い訴訟になります。今回のお父さんのように、「自分はもう78歳で時間がないけれど、娘の選挙権が戻らないと死ぬに死にきれない」という相当の覚悟がなければ難しいものなのです。そのため今まで大きな問題とされてこなかったという背景があります。
 今回提訴をしたことでこの裁判に注目が集まっています。第1回目の裁判が5月11日(水)に行われます。13時10分から、東京地方裁判所103号法廷です。どうぞ皆さん、「関心を持っているんだ」ということを伝える意味でも、傍聴に来ていただきたいと思います。

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■この裁判を選挙権について考え直す機会に

講演者:小嶋麻友美氏
(「東京新聞」社会部記者)

 この件の取材をして、「一律剥奪は人権無視」というタイトルの記事を出させていただきました。私はこれまで「一票の格差」の裁判を担当したりしていたので、特に選挙権について関心を持って取り組んできたつもりでした。ところが今年に入って成年後見の話を聞いて驚いたんです。「居住地によって格差がある」という問題どころか、それ以前に選挙権そのものがないということがあるんだと、はじめて知りました。
 それで何人かの学者の方に取材をしたら、別に人を選んで聞いたわけではないのに、どの憲法学者の方も「憲法的に問題だ」とおっしゃったんです。上智大学の高見勝利先生が「そもそもおかしな制度で、立法上の明らかなミス」だとおっしゃり、元最高裁判事の泉徳治弁護士は「選挙権は基本的な権利で、そもそも国が与えるものではない。後見で一律に選挙権を制限するのは違憲の可能性が高い」とおっしゃっています。
 私は、今回の後見制度についての訴訟は、選挙権そのものについても考える機会になると思っています。そもそも、日本は原則として投票所に行かなければ投票できないという、他の先進国に比べて投票しにくいシステムになっています。お年寄りや障害のある人は、雨が降っただけでも投票所に行くのが大変で、選挙権の行使がしにくくなってしまっています。電子投票も今はほとんどの自治体が休止している状態です。そうなっている理由としては、国民の認識として、それほど選挙権を重く考えていないということがあるのではないかと言えると思います。一般の人々に政治家を選ぶことに対するあきらめがあるのだと思うのですが、その意識が政治家を変えられない理由にもなってしまっています。そうした意味でも、今回の後見制度の選挙権についての訴訟は、私達が政治家についてどう考え、選挙権をどう行使すべきかという点を、もう一度考え直す良い機会ではないかと思います。選挙権について認識を改める人が増えれば、政治家の意識にも緊張感が出て、変わってくるのではないでしょうか。

 

  

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