2011年10月8日@渋谷本校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
講演者:濱田邦夫氏
(元最高裁判所判事、弁護士)
講師プロフィール:
神戸生まれ。1960年、東京大学法学部卒業後、修習を経て弁護士に。1966年、ハーバードロースクール・マスターコースを修了して、サンフランシスコやニューヨークで勤務。1975年、濱田松本法律事務所を創立。以降、第二東京弁護士会副会長、日弁連常務理事、日弁連外国弁護士対策委員会委員長などの要職を歴任。1990年、国際法曹協会(IBA)ビジネス法部会(SBL)理事。1991年、IPBA(Inter-Pacific Bar Association)を設立、初代会長に就任。2001年5月、ビジネスローヤーからは初めて最高裁判所判事に任官。2006年5月まで判事を務め、6月からは再び弁護士に。2007年、旭日大綬章を受章。
ビジネスローヤーから初めて最高裁判事に任官された濱田邦夫先生は、現在も弁護士としてご活躍されています。貴重なご経験を持つ濱田先生から、法曹を志すものとしての心構えや、目標に達するための勉強法などを話していただきました。これから法曹を志す皆さんの糧にしていただければと思います。
■なぜ法曹を志すのか?
皆さんは、なぜ法曹を志すのでしょうか? いろいろな理由があると思いますが、いくつか挙げてみましょう。弱い立場や困った立場の人を助ける、法秩序を維持して正義を実現する、世の中の仕組みを変える、個人や企業の事業を助けるなどがあるでしょう。他にも、生き方として組織に縛られず自由に生きるということに魅力を感じるとか、専門職ですからお金を稼ぐことができるということもあるでしょう。
私自身が法曹を目指した理由としては、自由に生きたいというのと、世の中の仕組みを変えたいという思いがありました。当時の日本は、占領が終わって復興がこれから始まろうという状況でした。一方で憲法9条があるのに自衛隊の前身がつくられたりと、日本社会の空気も変わってきた頃でもありました。若い人間として、そうした社会の矛盾を感じていましたから、法律を勉強することによって世の中の仕組みを変えられるのではないかと思ったということもあります。
当時は東大の法学部を出て官僚にならずに弁護士になるのは珍しいことでした。組織に埋没するのが嫌でしたから。また、自分がどうしてもやりたいという仕事が他になかったからということもありました。弁護士になっておいてよかったと思います。今も弁護士の資格で自由に生きることができているというのはありがたいことです。
それで、弁護士として活動を始めるという時に、伝統的な法廷中心の弁護士業務をやる人はたくさんいたので、自分でなければやれないことをやってみたいと思うようになりました。その頃は国際的な分野で仕事をする日本の弁護士というのはほとんどいなくて、その分野はアメリカなどの外国の弁護士が扱っていました。
日本の経済力がこれから伸びるというときで、外国から技術やお金を入れるという時代でしたから外国の弁護士が活躍をしていたのですが、そういった日本が関わる国際的な分野での法律事務を、日本人の法律家の手に取り戻したいという思いが強くありました。さらにその後、世界的な法律家の組織に参加したとき、やはり欧米の弁護士が支配的だったので、日本やアジアの弁護士の立場を主張していくべきだという思いを強く持つようになりました。それで、1991年にIPBA(環太平洋法曹協会)という組織を、日本でつくったのです。
■最高裁判事として
法廷にはほとんど出なくて、国際的な企業法務を専門にやっていた人間で最高裁判事になったのは私が初めてです。私がなぜ最高裁判事になったかという理由は自分でもよくわかりませんが、いわゆるグローバリゼーションの時代が到来して、国際的なビジネスの経験を持っていると思われた私が、時代に呼ばれたということもあるのではないでしょうか。
そのような経緯もあり、私が最高裁でやってきたこととしては、事案の処理の問題や、裁判官会議の運営などについて、国際的な観点やビジネス的な観点から発言をしてきたことが挙げられます。
例えば審議期間についてです。日本の裁判はフェアで正確なことはいいけれど、時間がものすごくかかるという実感がありました。そこでもっと早く処理をすべきだと提言しました。アメリカの最高裁の実質的な審理は年間で100件くらいです。一方、日本では年間1万件くらいの案件があり、大半は簡単に処理されるのですが、いくつかは調査官が何か月(時には何年も)時間をかけて調査をして、それから審議をします。本来、憲法問題と重要な法律問題だけを扱うべき最高裁が処理に時間をかけ過ぎてはいけないと思います。しかし最高裁は官僚組織の一種で、私がいろいろ提言しても一部を除いてなかなか採用されませんでした。
■目標達成のために必要な勉強
どんな勉強が必要かということについて、感じていることを6つ挙げました。重要なことは「人間という存在を理解する」ということです。国内でも、国際的にも世の中の問題のすべては、人間関係から生まれていることを認識しておいて欲しいと思います。人間同士の関係から問題が生じているのです。
1つ目は「自分自身を知ること」の大切さです。また、体と心のつながりには密接な関係があります。それから認識と行動の構造にもつながりがあります。そういったものを学ぶためには、古典と言われる文学作品を若いうちに読むことは大きなソースになるはずです。その他の芸術でも、人間の存在、行動や思想を現しているものを鑑賞する、あるいは自分でもやってみるというのは役に立ちます。
2番目のコミュニケーション技術の習得も重要です。英語はもちろん必須ですが、さらにもう一つ外国語の勉強をすることで、自分と異なる価値体系があることを学ぶことができます。海外で少なくとも半年、できれば1年生活するのがいいでしょう。
3番目は「時間の管理」です。私が思う「いのち」の定義があります。生物的なことは別にして、いのちとは、「今、ここにある、自由に生きられる時間である」と考えています。過去に起きたことに捉われてしまうと、今を活き活きと生きることにはなりません。また、将来の不安におしつぶされてしまっても同様です。結局人生とは、「今という瞬間が連続しているだけ」ということなのです。つまり「今の時間」です。それをコントロールしていくことが必要です。
4番目は感性を磨くことです。人間は畏れ、敬うという畏怖する心を持ち、美しいものを感じることができなければいけないと思います。これは環境問題を告発した『沈黙の春』を書いたレイチェル・カーソンの言葉ですが、私もそう思っています。
5番目はビジョンです。自分はどんな人生を送りたいか、自分の理想とする社会はどんな社会かというビジョンを持つということですね。私のビジョンは、世界中の人々が人種、性別、思想、信条などに関わらず、差別されることなく、不当な束縛を受けずに、自由に生きられる社会にすべきだというものです。だいぶ大きな話ですが、憲法の精神に通じるものがあります。皆さんはそれぞれ考えていただきたいのですが、そういった世界観や使命感とか夢を持つことは大切です。
最後の6番目は行動指針と行動原則についてです。どうしていいかわからないときに正しい行動がとれるかどうかは直感にかかっています。直感はそれまでに経験し、勉強したことに基づいてできているので、そうばかにできるものではありません。今回の東日本大震災の場合のように、即座に行動しないといけない状況があります。そのときにどのようなことを行動原則にしているかが問われます。
例えば私は何か問題に直面したりするときに、自分の利益を後回しにするという原則を取ろうとしています。みんなが自分のことだけ考えていると、世の中うまくいかないという面がありますから。弁護士もそうですね。いかにして報酬をとろうかというよりは、クライアントの利益を優先するという行動原則が必要です。それを普段からイメージしておくことが大切です。
■日本の社会を変えていくような法曹になって欲しい
最後に、日本でも法の支配を広げていくことは重要だと思います。日本は表面的には法の支配が実現しているように見えますが、実際は既得権の過度の尊重、つまりできあがった制度に基づいて社会的な不正が行われているようなところがあります。それぞれの組織原理が固まっているので、抜本的な改善とか進歩が難しい社会であることを痛感します。
みなさんは法律家になって、勇気を持って、やはり問題があるものは問題提起をして改善していくということをやっていただきたいと思います。そしてそのために法曹資格を取ることは大きな力になります。新しいものをつくっていくという気持ちで、日本でまた世界でもっと住みやすく、フェアで正義が行われる社会を実現するために、おおいに頑張っていただきたいと思っています。