2012年7月21日@渋谷校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
講演者:横山聡 氏
(弁護士、「代々木総合法律事務所」所属)
講師プロフィール:
長崎県出身。第二東京弁護士会憲法問題検討委員会副委員長。自由法曹団東京支部事務局長。集団訴訟としてはトンネルじん肺根絶訴訟、建設アスベスト訴訟、原爆症認定訴訟、消費者事件、その他労働事件・刑事事件などを担当。
現在、「秘密保全法」をつくろうという動きがあります。これが成立すると、私たちの日常生活にも大きな影響をもたらすとして、日弁連などでは大きな問題になっています。講師の横山聡弁護士はこれまで、トンネルじん肺訴訟や、アスベスト訴訟などに被害者の権利擁護という立場で関わり、こうした事件を通じて社会システムそのものを問い直してきました。横山弁護士は「秘密保全法が成立してしまえば、民主主義が踏みにじられ、気付かないうちに取り返しのつかない状況になりかねない」と言います。今回は、秘密保全法がどのような危険性をはらんでいるのかについて、語っていただきました。
■民主主義社会と秘密のあり方
秘密保全法は、現在はまだ法案も出てきていない状態です。そのためほとんどの議員にも知られていません。しかし2011年8月8日に政府が「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」を招集し、会議報告書が出されているなど、水面下で動いている恐れはあります。
国民の権利を拘束するこの法律は、国の根幹である憲法に相反するものです。憲法は「権力から個人の権利を守る」ために制定されたものですから、この法制は憲法の役割そのものを覆すことになる大きな危険性と問題を抱えています。
まず、民主主義政治を行う上で、「政治の上での秘密は必要か」という議論があります。外交とか防衛の分野では、すべての情報が開示されてしまうと、国際間の取引において勝負になりません。そのため少なくとも一定の秘密を持つことは仕方がないと言えるでしょう。しかし、今回準備されている秘密保全法は、防衛情報及び外交に関する情報に限らず、「公共の安全及び秩序の維持」に関する情報にまで「秘密」の対象を広げ、処罰の範囲も広範にわたるものになっています。
このように「秘密」が過剰になってしまうと、いろいろな問題が出てきます。情報の統制や隠蔽が起きてくるというのは、先の戦争の時代でもそうでしたし、今回の震災後の原発事故についても同じような問題がすでに出ています。例えば政府がSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の情報を公表したのは、原発事故発生から2ヶ月以上たってからでしたが、もっと早く流されていれば、人々が放射能汚染のひどい所に避難するというようなことは起きませんでした。こうした事態で、政府が秘密を保持するのは問題だと言えます。
本来は、「何が秘密と認められるか」という基準を、第三者機関がチェックする必要があります。「当事者が秘密だと思ったら秘密だ」ということでは、何でも秘密になってしまいますから、機能しなくなります。むしろ「知る権利」を充実させていくことが、開かれた民主主義社会をつくっていくためには必要です。
■秘密保全法の真の目的
前述した有識者会議の報告書からわかった内容と合わせて、これまでに存在している「秘密保持」のための法制度について取り上げてみましょう。これまでにあったのは、国家公務員法(主体は公務員、客体は職務上知ることができた秘密)や自衛隊法(主体は防衛秘密を取り扱うことを業務とする者、客体は防衛秘密)など主体や対象が限られているものです。我々はこれで十分だと思うのですが、今度の法案をつくっている人たちは「さらに必要だ」と考えています。
秘密保全法の特徴としては、主体が限定されていないことがあります。そのため、いったい何が「特別秘密」なのかが明確ではありません。つまり非常にあいまいな法制度になっています。
秘密保全法が必要だと言っている根拠(立法事実)は何でしょうか。有識者会議では、過去に起きた情報漏えい事件の例が3つあげられています。(1)内閣情報調査室職員の情報漏えい、(2)尖閣沖の漁船衝突事件の情報漏えい、(3)国際テロ対策関連データのインターネット漏出の3つです。しかしこれらは、実際に国家にとって被害が出ているのかというとそうではありません。(1)と(2)は不起訴になり、(3)は調査中です。むしろこうした例は、情報漏えいが国家公務員法の現行法の枠内で処理できているということを示しているように思います。
それでは、秘密保全法の真の目的は何でしょうか。
この法律は、2007年の日米同盟の強化を目的とした話し合いの中で、日米共同の作戦展開と情報の共有のために必要だという議論がきっかけで持ち上がっています。つまり米国との関係から要望されたことになります。2007年と言えば自公政権のときですが、そのときから準備をしてきました。現在、これを主導しているのは警察庁、公安調査庁、内閣府の情報官、外務省と防衛省です。彼らが自分たちの業務をやりやすいように秘密保全法を進めようとしているのです。そのベースにあるのは、「国民にはものを知らせる必要はない」という思想です。これはかつての治安維持法と同じ危険な発想です。
■国民の「知る権利」を奪う
秘密保全法の下では、あらゆる分野が秘密の対象(特別秘密)に関わってきます。例えば原発の問題が秩序維持に関わるとなれば、うかつに調べられなくなるでしょう。それでは、「項目を列挙して内容を限定すればいいのでは」と言う人もいます。しかし、実際には意味がありません。過去に、同様の「国家機密法」が提案されたとき、やはり内容を限定するつもりで該当する項目を列挙しましたが、結局は何でもかんでも対象に入ってしまいました。
さらに、そのことがなぜ秘密なのかという「秘密の基準」を検証できないという問題もあります。「なぜそれが秘密なんですか?」と聞いても「秘密だから秘密」としか答えなくていい。だから我々には何が本当のことかわからないし、情報公開も出来ません。そしてそれでも情報を入手しようとすると、刑事罰が下されてしまうことになります。
これは裁判にも関わってきます。裁判は公開されていますが、秘密保全法が関わるとその罪状が秘密に関わることであれば起訴状を書けません。弁護人にとっても、「それは秘密ですよ」と言われてしまうと内容もわからない。それでは被告人を守りようがありません。
うっかり知らない間に秘密を漏らしてしまっていたという過失犯も出てくるはずです。そもそも自分が何をやったら処罰されるのかがわかりにくいため、秘密に関わる可能性のあることには、できるだけ触れないようにするしかない。そのように行動を萎縮する形で秘密を扱うようになると、取材や報道の自由はいっさい成り立たなくなります。それは、民主主義の根幹である「知る権利」を奪うことになります。
また、適正評価制度(セキュリティクリアランス)が導入されることも問題です。適正評価制度というのは、国や警察が「特別秘密」を持つことを誰に認めるかを決める制度で、こうした所にはいろいろな個人情報が全部集められます。取り扱う情報は個人のプライバシーも含めたあらゆる情報です。そうなると思想信条で差別されたり、就職や昇進、査定などにも関わってきます。そうなるとプライバシー侵害もはなはだしい事態になります。
国民は適正な情報を自ら得て、それを基にひとり1人が自分で判断するのが民主主義ですが、この法律ができてしまうと、一般の人が本人も知らない理由で突然逮捕される可能性も出てきます。そして戦前と同じように「国民は情報収集などせずに、権力側の言うことに黙って従えばいい」という社会になっていくでしょう。決めたことを押し付けるのはファシズムであって、民主主義ではありません。
現在の政治では、原発再稼働についても、消費税増税についても、多くの国民が望んでいないのに進められていっています。この法律は、その動きを加速するものです。弁護士としては、「国民主権」や「知る権利」、「罪刑法定主義」を根拠にして闘っていくしかありません。我々、自由法曹団は反対意見書を提出しましたが、このような危険な法律があることをぜひ知ってほしいと思います。
参考資料:「秘密保全法とは?(日弁連HP)」
(構成/高橋真樹)