伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2016年10月1日(土)@渋谷本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なお、この講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
山添 拓 氏
(参議院議員、弁護士)

●講師の主なプロフィール:
1984年、京都府生まれ。東京大学法学部卒、早稲田大学大学院法務研究科修了。2010年、司法試験に合格。司法修習生の給費制維持をめざす若手ネットワーク「ビギナーズ・ネット」の初代共同代表の一人。弁護士登録後、福島原発事故の被害賠償事件に取り組む弁護団、過労死弁護団、首都圏青年ユニオン顧問弁護団、国公労連賃下げ違憲訴訟弁護団等に参加。現在、山添拓法律事務所。2016年、第24回参議院議員通常選挙にて東京都選挙区で得票率10.7%を得て4位で初当選(日本共産党)。

はじめに

 山添拓先生は、今年7月に行われた参議院議員選挙に立候補。定数6の東京都選挙区で66万票以上の得票数を得て、第4位で初当選されました。弁護士登録後、長時間労働に苦しむ労働者や福島原発事故の被害者など、権利を侵害されている人々に寄り添い弁護活動をしてきた山添先生が、なぜいま国政に挑戦しようと決意されたのでしょうか。
 今回の講演では、山添先生がこれまで取り組んで来た事件を通して感じてきたことや、議員になったいま感じていること、今後の展望などについてお話しいただきました。

趣味は山登りと鉄道写真

 私は司法試験合格後、昨年創立60周年を迎えた東京法律事務所に入所し、労働事件を中心とする数多くの事件に携ってきました。そして弁護士5年目の今年、参議院議員選挙にて初当選し、現在は参議院議員として国土交通委員会、憲法審査会、消費者問題特別委員会、資源エネルギー調査会など様々な委員会に所属しています。
 趣味は、山登りと鉄道写真を撮ることです。毎年北アルプスや南アルプスに行き山登りをしています。また、いわゆる「鉄ちゃん」です。北海道の稚内の方に乗客が少なく廃線の危機にある宗谷本線という路線があるのですが、ここには除雪しながら走るという珍しい列車があります。このような雪が深いところへわざわざ写真を撮りにいくほどの物好きです。

司法修習生の給費制廃止反対運動を通して

 2010年の司法試験に合格後、司法修習生の給費制廃止に反対する運動に取り組みました。かつて修習中には国家公務員に準じて給与が出ていましたが、財政難などを理由に、まさに私が合格した2010年から給与制を廃止し貸与制へ転換することになっていたのです。
 貸与制への転換により、お金のない修習生は修習期間中に300万円の借金を抱えることになりました。多くの人は大学や大学院で既に奨学金を借りているため、1000万円以上の借金を抱え法曹になる人も少なくありません。これでは、お金がない者は法律家になる道が閉ざされてしまいます。逆に、それだけの負担を抱え法律家になったのだからと、私利私欲のために仕事をする人が増えてもおかしくありません。
 受験を終えた私たちは、若手弁護士などとともに「ビギナーズ・ネット」という司法修習生に対する給費制の復活を求める若手ネットワークを設立し、集会やデモ、署名集め、ロビー活動など様々な取組みを行いました。ある集会に、元ハンセン病患者で「らい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟」を提起し政治決着へと導いた谺雄二(こだま ゆうじ)さんをお招きしたのですが、谺さんの話を聞いて、権利を侵害されている人々の側に立って活動する弁護士が求められていることを痛感しました。
 あらゆる法律家が人権のために仕事をするという意識を育てるためにも、統一修習というかたちで、司法試験合格者全員が裁判官、検察官、弁護士の仕事を経験することは重要です。その貴重なトレーニング期間を借金漬けにしていいのでしょうか。国としてどのような法律家を育てていくのかを考え、そのために必要なお金は社会全体として負担するべきではないでしょうか。
 最終的に、私たちの活動が功を奏し、1年間だけですが給費制を継続させることができました。翌年からは貸与制へ転換してしまったものの、現在国会では法曹人材確保の充実・強化の一環として給費制の部分的復活が検討されています。当事者をはじめとする声が政治を動かす一例です。

弁護士として人に寄り添う仕事を

 2011年3月に東日本大震災と原発事故が起きたとき、私は司法修習中でした。ふるさとと暮らしが破壊され、いつまで続くかも分からない被害に苦しんでいる人たちを見て、私は被害者の立場で事件に取り組みたいと思いました。
 弁護士登録後まもなく、福島原発事故の被害賠償事件に取り組む弁護団に入り、福島にも何度も足を運びました。担当している裁判の原告の一人に楢葉町にあるご自宅を見せて頂きました。外観は一見何ともないように見えても、家の中に入ると地震により物が散乱し、さらに人が住まなくなったことで、湿気、ネズミ、虫、イノシシなどにより荒れてしまった様子を目の当たりにしました。家の柱に刻んであった子どもたちの成長記録を見て、非常に心が痛むとともに怒りがわいてきました。
 いま、政府は帰還促進政策として、居住制限区域・避難指示解除準備区域は2017年3月までに解除し、賠償も2018年3月に打ち切ると言っています。年間積算線量が20ミリシーベルトを超える帰還困難区域でさえ、2022年を目処に復興拠点を整備し帰還できるようにすると言っています。しかし、避難指示が解除されても多くの住民は避難を継続しています。商店も病院もなく、学校も再開されないような状況で戻ることはできません。原発事故により失われた暮らしも人々のつながりも、もう二度と戻ってこないのです。
 原発事故というのは未だに終わっていないことを感じます。避難している人がこれだけ多く存在するにもかかわらず、政治は「原子力規制委員会が安全と言っているから大丈夫」だと原発を再稼働し、原発に依存する社会を維持しようとしています。国や東電は「想定外の津波による被害」と言っていますが、想定できなかったのではなく、あえて想定してこなかったのが原因ではないでしょうか。このままいけば、第二、第三の原発事故が起きてしまいます。

弁護士5年目の転身、国会議員へ

 私は弁護士活動を通じて政治の冷たさを痛感すると同時に、裁判を通して一人ひとりの当事者と向き合うだけではどうにもならない社会の仕組みがあると感じてきました。他方、自民党改憲草案、集団的自衛権行使容認の閣議決定、安保法制の強行採決など、平和と安全の名の下に立憲主義をないがしろにする政治が行われていることに怒りや焦りを感じていました。
 そうした中で「東京選挙区で立候補してくれないか?」と言われ、悩んだ末に、弁護士が政治の世界でたたかっていくことに意味があるのではないかと考え、立候補することを決めました。
 今回の選挙は、史上初めて市民と野党が共同で闘った選挙である一方で、争点隠しの選挙でもありました。憲法改正の是非や安保法制の可否について問われていたはずなのに、安倍首相が訴えていたのはアベノミクスの成果のみでした。さらに選挙報道は通常の3割ほど少なく、NHKにいたっては投開票日の2〜3日前にもかかわらず選挙に関して1分も放送しませんでした。これで投票率が上がるわけがありません。
 そのような選挙戦で、私は安保法制廃止や憲法9条をはじめ安倍政権がめざす改憲案の危険を訴えたほか、アベノミクスと消費増税路線が破綻していること、ブラック企業をなくし働きやすい社会の実現などを訴え、なんとか当選することができました。
 国会の中には弁護士資格を持った政治家がたくさんいます。物事を分析し文字化するというのは法律家の得意分野ですから、弁護士資格を持った政治家は現場の声を具体的に文字にし、国政に反映させるべきだと思うのですが、そのような政治家はあまりいないのではないかと思います。むしろ、弁護士資格をもった政治家が憲法を踏みにじる政治を進めているようにさえ思います。
 私は、ルールを大事にする政治を行いたいです。新自由主義的な流れの中で、既存のルールを壊し規制を緩和していくと命がないがしろにされてしまいます。景気を悪くしたのは政治と大企業が原因です。もっと人々の暮らしにお金をつかい、公正な社会を目指すべきです。私は、出来る限り現場に足を運び、人々の声を国会に届けたいと思っています。

これから法曹をめざすみなさんへ

 法律家は現状を変えていくのが仕事です。現状を肯定するだけなら法律家はいりません。仮に法律が間違っているのであれば違憲無効だと訴えるべきでしょう。過去の判断が間違っているのであれば、過去の判例を覆してでも新しい判断をさせるべきです。
 どのような方向へ現状を変えていくのかは法律家それぞれに問われます。事実に即し「かくあるべき」を論じるのが法律家の仕事ですから、「諸説ある」は実務では通用しません。ある意味では依頼者以上に事実を把握したうえで、「あるべき姿」を見据え問題解決に邁進する。私はこのスキルをこれから国会で活かして行きたいと思っています。
 一人ひとりの法律家がそれぞれオリジナルを目指していくことこそがこの世界の醍醐味であり、社会に求められているのではないかと思います。これから法曹を目指すみなさんにも、どんどん開拓していってほしいと思います。

 

  

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