2016年7月30日(土)@東京校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なお、この講演会は、一般にも無料で公開されています。
【講師】
山脇 恭子 氏
(上海在住の社会福祉士、NLPビジネスマスター)
●講師の主なプロフィール:
1990年に甲南大学社会学部を卒業後、広告代理店、英会話教室マネージメント、結婚式・イベント司会、FM三木パーソナリティ等幅広く活躍。1998年、佛教大学心理学部に編入・卒業し、社会福祉士の資格を取得。2000年、夫の駐在に伴い北京へ。北京国際広播電台にてラジオパーソナリティとして活躍。2005年に帰国後、親業、エニアグラムなどを学ぶ。アレンジメントフラワー2教室展開。パーソナルカラリストとして活動。2011年、夫の駐在に伴い上海へ。コーチング、NLP(神経言語プログラミング)、統計学など取得。2013年、「駐在ママ」たちを対象にした子育てコーチング「ままサプリ」を展開。2015年、上海ネットラジオLivAiA「ままサプリ」パーソナリティ。上海TV出演。
はじめに
現在、日中関係は芳しくなく、日本人の中国に対するイメージはどんどん悪くなるばかり…。北京、上海と中国生活11年目を迎える山脇恭子さんは、帰国する度に「中国は大変ですね」と言われるそうです。
「確かに空気は悪いですし、交通のインフラ整備も進んでいませんし、街も日本のように清潔ではありません。けれど、それほど不便を感じていないのが事実です。中国に長く住んでいる友人は総じて中国の悪い部分もひっくるめて中国が好きな方が多いです」と、笑顔で話す山脇さん。
今回の講演では、山脇さんが中国で暮らす中で見えてきた中国のリアルを、等身大のエピソードを交えながらお話しいただきました。
中国から見た日本のイメージは?
今日は中国の話をしてほしいと言われておりますが、専門家ではないので、私が実際に中国で生活をして見えたこと感じたことをお話しさせて頂きたいと思います。いま私は、中国に駐在している子育て中のママたちに向けて、講演会やラジオを通して子育て相談を受ける「ままサプリ」という活動を行っています。
みなさんは、中国人と聞いてどのようなイメージをお持ちでしょうか。あるアンケートでは、日本から見た中国の印象として「声が大きい」「自己主張が激しい」「どこでも食べる」「謝らない」などが挙げられています。また、嫌いな国ランキングでは、1位中国(83.2%)、2位ロシア(79.3%)、3位韓国(64.7%)との結果です。
一方で、中国から見た日本の印象はどうでしょうか。「誠実」「勤勉」「製品の質がよい」「信頼できる」「自己主張しない(裏表がある)」「オタク文化(アニメ)」など。実はここ数年で徐々に評価が上がって来ているようです。
東日本大震災のときに、中国の日本に対する印象が変わったそうです。家が流されても仕事を失っても笑顔で助け合っている日本人の姿がテレビで映し出されて、心動かされた人たちがたくさんいたようです。「日本人全員、中国に来たらいいよ!」というような声がネット上で反響を呼んでいました。
国と国の関係も人と人の関係と同じで、その事象の裏にあるストーリーが見えれば理解ができるのではないかと思います。報道の役割は大きいと日々感じています。
あらためて、「中国」ってどんな国?
ここで中国の大きさを確認してみましょう。面積は世界第4位の約960万㎢。人口約13億4千万人のうち、漢民族が92%、残りの8%(数にすると1億1400万人!)を55の少数民族が占めます。そのうち4民族が人口1000万人を超えています。EUに加盟する半数の国家が1000万人未満であることを考えると、もはや少数民族とはいえませんね。民族によって言語が異なり、方言を入れると数えきれないほど他言語な国です。
例えば、挨拶をするとき、日本では「ごきげんいかがですか」などの言葉を交わしますよね。中国では、「ご飯食べましたか?」「どこから来ましたか?」等とにかく質問攻め。気になったことは全部聞くといった感じです。おそらく、互いに共通点が多い日本とは異なり、多民族国家である中国では、聞かなければ分からない、分かり合えないという考えがあるのではないでしょうか。中国では、人がいるところではいろんな会話が飛び交っているので本当に賑やかです。逆に中国人からすると、日本の住宅街がとても静かなので「本当に住んでいるのか?」と驚くそうです。
また、中国は経済格差が大きな国です。人口の1%しかない上流階級が国家資産の3分の1を保有しており、中産階級の占める割合は、日本が50%、アメリカが30%であるのに対し、中国はわずか9%。実は、私たちが見ている中国というのはほんの一握りの人たちで、とても裾野が広いのですね。一人っ子政策の影響で、跡継ぎとなる男の子を重宝するため、2020年には20歳〜45歳の男性が同世代の女性より3000万人多くなると言われています。
一方で、食べることをとても大事にする国民性です。中国人は絶対に食事の時間を外しません。日本企業でよく耳にするのですが、経営者が食事の時間を入れずに仕事を優先させると非常に不満が出るそうです。私も、以前タクシーの運転手さんに「朝ご飯を買いたいから店によってもいいか?」と聞かれとても驚きましたが、そのままコンビニに行くなんていうことは日常的です。喋りながら食べると消化にいいそうで、みんな大声で話しながらご飯を食べており、私が1人でご飯を食べていると「消化に悪い」と怒られてしまいます。
そして何より、中国では関係(グアンシー)を大切にします。日本では、プライベートと仕事は別という考えが大半ですが、中国では、ビジネスの相手=友だちです。仕事仲間と仲良くなると、プライベートでもどんどん電話がかかってくるようになり戸惑うこともしばしば。仕事の接待をすると、取引先の友だち、家族、親戚等がざわざわ集まって来ます。一度信頼したらその人と仕事をしたいという考え方が強い一方で、担当が変わると契約自体をやめてしまうほど、関係性でありとあらゆることが決まっていく面白い国です。そんな文化背景を知ってお付き合いすると、仕事上でもプライベートでもうまくいくこともあるかもしれません。
反日? 親切? 北京での子育て
夫の転勤で、2000年から北京に住むことになりました。近代化が始まり20年経った頃の中国では、とても物価が安く、町にはロバが走っていました。股割れパンツの子たちがスーパーのゴミ箱におしっこをしてしまうというのは日常茶飯事。急速な経済発展に伴い、大気汚染が深刻化していて、いつも埃まみれだったような印象です。
天安門事件後、共産党の威厳を保つためか、中国では反日政策や愛国授業が行なわれていました。1972年に毛沢東が「日本のおかげで共産党は勝利できた」と言っていますが、中国は日本を倒すことで国が統一に向かうという歴史があります。当時日本の首相だった小泉純一郎さんの靖国参拝問題や竹島問題などの影響で、国内で反日感情が広がり、重慶で行われたAFCアジアカップの試合で日本の国歌斉唱時に大ブーイングが起きたり、2005年には北京で領事館が襲われる事件があったりしました。
私自身、肌感覚として反日感情をもたれていたように思います。子どもを公園に連れて行くと、知らないおじいさんが息子をつかみ「シャオリーベングーズ(小日本鬼子)」と怒鳴ってきたので、必死の思いで息子を引き離し、家に逃げ帰ったという経験があります。
その一方で私は三男を北京で出産したのですが、出産後数カ月は動いてはいけないと言われ、髪も自分で洗えない状況でした。すると、幼稚園に行く長男の為に誰かがお弁当を作ってくれたり、子どもの靴下に穴が開いていると家から持って来てはかせてくれたり、たくさんの人が手伝ってくれて本当に楽な子育てでした。
中国では子どもが産まれると、みんなで育てるのが当たり前のようです。私が子どもを抱いていると周りの人たちが奪うように抱っこしてくれました。また、朝7時〜夜7時まで預かってくれる保育所みたいなものもあり、社会全体で育てていくという基盤がありました。
2005年に、夫の仕事の関係で日本にもどりましたが、実は日本での子育てが一番辛かったです。6歳、2歳、1歳の3人の息子たちは、とにかく好き放題。365日24時間、自分ひとりで子育てをしなければいけないという環境が辛くて仕方ありませんでした。北京に「里帰り」したときに、中国の友人たちに「とにかく空港まで頑張って。着いたら、あとはみてあげるから」と言われ心からほっとしたものです。
2011年、再び上海へ
2011年、ちょうど長男が中学に入学する年に、再び夫の異動で上海への転勤が決まりました。当時、中国では「人治国家」から「法治国家」へと改革を進めており、グレーゾーンをなくすために以前より規制が多くなっていました。習近平氏の方針か、日本人だけの居住区が減っており、いま私たち一家は、上がインド人、隣が韓国人の8カ国くらいの人たちが住んでいるマンションで暮らしています。反日の影響か、企業の撤退などで急速に日本人が減っており、私が上海に行った当初は10万人いた日本人が、現在は5万人にまで減少しました。上海にある日本人学校では、毎年200人の児童が日本へ帰って行っているようです。
尖閣諸島の問題が大きくなり、日本車が壊されたり、スーパーが襲われたりする事件がありました。私たちも襲われることが恐くて町中で日本語を全く話せない時期がありました。8、9月は、日本のトップの発言一つで中国の国内の雰囲気が180度変わります。息子が通う学校の運動会が9月18日に予定されていたのですが、この日は満州事変の始まりである柳条湖事件が起きた日でしたので、襲われる危険性があるということで、ギリギリまで開催できるか分かりませんでした。最終的には警察が見守る厳戒態勢の中、保護者も先生方も一丸となって、日中友好を謳って開催し非常に感動的な運動会となりました。そういう場面が日本のメディアでは全く流れないので残念です。
中国生活で学んだこと
最後に、伝えたいことをまとめたいと思います。
まず「違いを認められる社会へ」ということ。多民族で文化大革命の歴史をもつことなどにより、国家を信じられない国、中国。表面的には経済発展を遂げていますが、格差が広がり、まだまだ農民文化が濃く残っています。そういった背景から、自分のテリトリーの人だけを大切にする「関係(グアンシー)」の概念が生まれました。道端で寝ている、自分の仕事以外はやらない、IKEAの店内のベッドやソファーで寝ている…日常のこんな情景さえも、「他人軸」で「恥の文化」をもつ日本人には理解できません。しかし世界には、いろんな歴史背景、価値観の人がいるのです。単一民族の私たちは「わかり合う」を目指さずに「認め合う」社会をつくれたらいいと思います。
それから「繋がる社会」についてですが、中国での子育ては全ての人と繋がっている感覚がありました。普段から、路上にはカードをしているおじさんがいて、夜になると公園に踊りにくる老人がいて、ローカルの食堂はどこも人で溢れ賑やかです。IT化が進み、中国ではwechatというアプリでチャット、買い物、送金などなんでもできますが、見知らぬ人がうっかり財布を忘れてタクシーに乗車したら、後から乗った人がアプリを使ってそれを代わりに払ってあげることもしばしば。デジタルの世界でもそうやって「繋がる」のは、中国ならではです。そんな繋がる社会から学ぶことはたくさんあります。
最後に「日本人の役割」ですが、家があり、仕事があり、貯金があり、仲間がいる――この4つを満たす人は世界中に4%しかいません。驚くことに日本人は、7割がその条件を満たしていると言われます。けれど、世界一自殺者の多い国でもあります。あるとき、雲南省の貧困区域に靴と文具を届けたことがあります。車が着いた途端、駆け寄ってきた子どもたちの笑顔をみて、そこにいた全員が泣いていました。これは、同情の涙ではなく、自分にも存在価値がある、できる役割があることへの涙だった気がしています。中国の7割は貧困層です。世界にも日本にも助けが必要な人々はたくさんいます。私たちにできることは身近にあるのではないでしょうか? そして求められるときに魂が震えるのではないでしょうか?
そんなことを中国での生活を通じて学ぶことができました。