2015年12月5日@東京校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
【講師】
金杉美和 氏
(弁護士、「京都法律事務所」所属、元伊藤塾塾生)
●講師の主なプロフィール:
京都市出身。1993年、大阪大学文学部入学。大学時代は体育会航空部の活動に明け暮れる。2年間の留年後、卒業。フリーター生活をしていた2000年、一念発起して司法試験に挑戦。2002年、司法試験合格。2003年、京都法律事務所入所。2005年、2010年にそれぞれ男の子を出産し、現在2児の母。2015年、自身の体験を赤裸々に綴りながら憲法の底力を説く『まだ気づいていないあなたと語る セキララ憲法』(新日本出版社)を出版。
はじめに
「憲法訴訟と刑事事件」の二足のわらじを履き、多方面でご活躍なさっている金杉美和先生は、エアラインのパイロットになるという夢を断念し、失意のフリーター生活を経て弁護士になったというユニークな経歴をお持ちです。
2年の期限付きで司法試験合格を目指し勉強を始めた金杉先生は、「伊藤塾長から『憲法』の視点をもらい、世界が一変しました」と語ります。
今回の講演では、元伊藤塾生であり、現在は「憲法のミニ伝道師」として各地を飛び回ってらっしゃる金杉先生に、ご自身の経験をふまえ、憲法を通して社会を見る視点や、刑事弁護を続けている理由について熱くお話しいただきました。
パイロットの夢を断念、失意の底から法律家へ
私は伊藤塾の京都校に通っていたのですが、この塾の雰囲気がとても懐かしいです。今日は、私が法律家になるまでの話や、弁護士として携っている仕事の話など、いろいろとざっくばらんに、お話し出来ればと思います。
さて、みなさん、グライダーをご存知ですか。私は、大学時代、グライダーに乗って全国の空を飛び回っていました。空に向かって斜め45度に突っ込むように飛び上がるグライダーは、全面ガラス張りで周りの風景がとてもよく見えます。空の上では風の音しか聞こえません。山の上を飛んだり、海の上を飛んだり、文学部というより航空部というほど、空を飛ぶ事に夢中でしたので、家族から「そんなに空ばかり飛んで何になるんだ?」とよく言われていました。
学生時代に、操縦教育証明という飛行教官の国家資格を取得しました。そのとき、当時の航空局の試験官に「エアラインのパイロットにならないか?」と言われ、「私がこれまでやって来たことが繋がった!」と未来が開けたように感じました。そこで、試験官の推薦を受けて、航空会社のパイロット自社養成試験や航空大学校受験に挑戦しました。結果は、いずれも不合格。後から聞いた話では、一次試験の成績などは非常に良かったそうですが、当時女性のパイロットはとても少なく、最終的には私が女性であるということが原因で落とされてしまったのではないか、とも聞きました。
パイロットの道が断たれ、失意のフリーター生活に入りました。コンパニオンやイベントの企画等、いろんな会社に入って様々な仕事をしましたが、精神状態は最悪。自分の精神状態と社会の状態をリンクして、「いっそ戦争でも始まったら(全てがご破算になって)良いんじゃないか」と思ってしまうような状況でした。
ある日、飛行教官として働いているときに、先輩教官から働きながら弁理士の資格を取得したという話を聞いて、なんとなく「私も法律家になろうかしら、弁護士なんかどうですかね?」と聞いてみたら、「いいんちゃう?」と言われ、「そうですかね、やります!」ということで弁護士を目指すことを決意しました。
とても突拍子もない話のように思われるかもしれません。でも、私は怠け者ですが、常に向上したいという気持ちがありました。人と話す事が好きで、常にシビアな環境に自分をおきたいという性格なので、法律家にぴったりだと直感しました。また、それまで政治に興味がなく選挙にも行ったこと無かったので、そんな自分が嫌で、今度は社会にコミットしたい、という気持ちもあったと思います。
先輩教官と話したのが2000年10月末。11月1日には司法試験の勉強をしていた友人に「勉強するなら司法試験のカリスマ、伊藤真先生やろ!」と教えてもらい、11月2日か3日には伊藤塾を見学。とんとん拍子で入塾を決めました。親から「期限付きね」と言われたこともあり、2002年に合格出来なければやめようと決め、勉強を始めました。それからは、基本書も読まず、伊藤塾の試験対策の教材を徹底的に勉強しました。そして、無事に2002年11月に最終合格することができました。一からの法律の勉強でしたが、とても充実した1年半(注:当時は最初の択一試験が始まるのが5月だった)でした。
目から鱗が落ちた「憲法」との出会い
法律の勉強を始めてみると、一番面白く、衝撃を受けたのが憲法でした。学習を始めた頃は、憲法と法律の違いも分からないような状態でしたが、伊藤塾長の憲法の授業を聞いて「社会ってこういう仕組みだったんだ!」と“目から鱗”の連続でした。
今まで自分が認識していた世界は色だけで描かれているイメージでしたが、憲法を学ぶことで、様々なところに輪郭が見えて来て、物事が鮮明に浮かび上がってくるように感じました。
それまで、私は、自分が感じていた停滞感や不安や不満を、いつも誰かのせいにしていました。自分で学びもせずに、社会が悪いからだと決めつけていました。自分の弱い部分を見つけては、はけ口を探して逃げていたのです。しかし、一部の人に問題を押し付け、自分には関係ないと無関心でいると、全体の問題としてとらえられないまま、国は本当に保護すべき被害者を保護しないという現実が見えてきたのです。自分は都合の良い市民だったな、と実感しました。
私は弁護士になってから、中国残留孤児の問題や、イラク訴訟等様々な憲法訴訟に関わってきました。その中で、弁護士はしょせん弁護士、当事者の人には絶対に敵わないと痛感しました。当事者の方々の、言葉では言い現せないほどの辛い経験を、全く法廷の場で伝えきれないのです。弁護士というのは、当事者の痛みを感じながらクールに伝えることしか出来ないのだと、謙虚な気持ちになりました。
まもなく安保法制の憲法訴訟が始まります。勝つのはとても難しいでしょうが、運動として、多くの人が感じている「なんかおかしい」という思いを問題提起していくことはとても重要なことだと思います。
最近、憲法をやさしく学ぶ場として、地域のお母さんたちを対象に憲法カフェを行ったり、マイクを持って街頭宣伝をしたり、集会で司会をしたり、憲法をテーマにミュージカルを行ったりと様々な活動に携わっています。私自身が憲法について全く知らなかったので、普段関心の無い人が参加できるようなイベントを開きたいと思っています。上から与えられるものでは人は変わりません。私自身が獲得した驚き、「目から鱗感」を、1人でも多くの人に体験してもらえるよう、きっかけを作っていきたいです。
報われない刑事弁護を続ける理由
憲法問題の他に、刑事弁護にも多く携っています。刑事弁護人はマゾヒストと言われることがありますが、一言で言うと、とにかく報われません。辛くてやめたいと思うことも何度もあります。
みなさんは、『それでもボクはやってない』という映画をご覧になった事はありますか。刑事裁判の世界が非常にリアルに描かれていますので、まだ見たことがないという方は、是非ご覧頂きたい映画です。とにかく、正しいことが正しいと判断されない世界なのです。
以前、窃盗の容疑で逮捕された方の弁護をした際、様々な証拠を提出して必死に無罪を主張していたのですが、結論から言うと有罪となりました。判決が確定したときに、「僕がいくらやっていないと言っても信じてもらえないんですね。真実がいかに法廷で明らかにならないかが分かりました。真実を知っているのは自分だけです」と言われたことが、今でも忘れられず心に残っています。
ここ何ヶ月かで、心を病むほど辛い思いをしているのが、少年の強盗殺人事件です。19歳の少年が25歳の青年を殺害してしまったという事件なのですが、罪を犯した少年には、ずっと誰にも言えなかったことがありました。というのは、両名とも児童養護施設の出身で、仲間とよく先輩の部屋を出入りしていたようですが、ある時、その少年は先輩から、性的被害を受けてしまったのです。少年は忘れようとしましたが、恨みがつのっていき、2週間後に殺害してしまいました。事件の日も、先輩の部屋で帰宅を待ちながら、何度も自問自答したそうです。悩みに悩んだ末、包丁で一突きし、その後、物盗りの犯行に見せるため部屋から財布を持ち出してしまいました。彼は「数千円ほど入った財布をとるために人を殺したりしない」と主張し、強盗目的を否定しましたが、結局、無期懲役となってしまいました。
もちろん、彼がやったことを肯定することはできませんが、最初から接見してきた私としては非常に苦しいのです。親に愛されて育ったらこんな風にならなかっただろうな、と思う刑事事件が非常に多く、何度も刑事弁護をやめたいと思ってしまいます。でも、どうせ誰かがやるのだったら、それをしっかり苦しめる人に刑事弁護をやってほしいです。自分も血を吐いてでもやっていきたいし、これからも続けていくのだろうと思います。
刑事弁護は男の世界で、大きな事件等は女性弁護人にはどうしてもまわってきにくいという現実があります。しかし、裁判員裁判が始まり、これからは女性が活躍出来る時代が来ます。アメリカの陪審裁判での研究では、一番信頼されるのは男性らしい女性弁護人。続いて、男性らしい男性弁護人、女性らしい女性弁護人、もっとも信頼されないのは女性らしい男性弁護人という風な発表があります。女性ならではの感性や母としての感じ方などを大切に、女性であることを意識しすぎずに刑事弁護をやっていきたいと思います。
明日の法律家の皆さんへ
他にも、私は、結婚し、2人の男の子を生み、さらに離婚して弁護士を続けていますので、家族と仕事の両立の話等、たくさんお話ししたいことはあるのですが、時間も限られてきました。詳しくは、著書にも書いていますので、もしよかったら読んでみて下さい。
最後にみなさんにお伝えしたいことは、「寄り道をしよう」ということです。振り返ってみれば、これまでの経験に無駄なことは何も無かったと思います。グライダーを通じて養った自然を見る目は、人間社会を見る目につながります。社会の中で動くコツや、物事の真理、他者への眼差しを得るのに、グライダーはとても学びとなりました。また、フリーター時代に経験した、ホステス、カレー屋、コンパニオンなどの仕事も、一つ一つが今に生きています。
被疑者の方、被害者の方は、アクリル板の向こうから「この人はどれだけ自分のこと信じてくれるのか?」と見ています。信頼してもらうためには、いかにこちらが本気で向き合えるかということにかかっています。
いろんな経験をして、いろんな人と会って、いろんな人と話をして、自分が豊かになることはとても素敵なことだと思います。ぜひ、がんばって下さい。