2015年6月13日@東京校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
【講師】
北澤 直 氏
(株式会社お金のデザイン取締役COO、弁護士、伊藤塾1期生)
●講師の主なプロフィール:
1975年東京都生まれ。アメリカ・ニュージャージー州育ち。慶應義塾大学卒業。ペンシルバニア大学大学院卒業。2002年ポールヘイスティングス法律事務所入所。東京オフィスとニューヨークオフィスにて企業法務、不動産ファイナンス法務などを担当。2008年モルガン・スタンレー証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)投資銀行部で投資銀行業務に従事。現在は、株式会社お金のデザイン取締役COO。
はじめに
いま法曹人口の増加に伴って「就職難など厳しい時代だ」と言われることがありますが、講師の北澤直先生は、「その指摘は全く的を射ていない」と言います。
北澤先生は、弁護士として6年間のキャリアを積んだ後、留学後にモルガン・スタンレー証券の投資銀行部に入り、ここでも投資銀行員として6年間の金融ビジネスを経験されました。そして現在は「お金のデザイン」というIT技術を駆使した資産運用会社の役員として、経営者をされています。
弁護士からビジネス界へと転身して活躍してきた先生は、これまでの経験から、「法曹界で培ったリーガルマインドやロジカルシンキングは、どの業界でも必要とされている」と語ります。今回は、法律業界だけでなく、法律を学んだ人が他のキャリアに進むことの可能性、楽しさ、苦労などをお話ししていただきました。
外資系弁護士事務所で企業法務を担当
私は弁護士になって、ポールへイスティングスという外資系の法律事務所に入りました。ここはロサンゼルス発祥の大きな弁護士事務所で、当時は積極的に海外戦略をしていました。ここで働くことで最先端のリーガル知識を学べるのではないかと考えました。私は、日米の企業がアメリカでビジネスをするようなときに、日本企業の側に立ってちゃんと英語でリーガルの論争ができるような弁護士になりたいと考えていました。実際には企業法務(契約した企業のための法律業務)が主な仕事になりました。死ぬほど忙しかったのですが、とても楽しく続けていました。
ただ、企業側が何かあるときにだけ業務が発生するという立場なので、どうしても受け身だった感はありました。私はせっかくビジネスロー(ビジネスの関わる法律業務)をやっているのだから、もっと積極的な関わりができないかと考えるようになっていました。そんな問題意識を抱えていたときに、モルガン・スタンレーという投資銀行から、「社内弁護士を出向させないか」という誘いが私の所属する弁護士事務所にありました。このときすぐに手を挙げて、自分が行く意義を上司に説明できたのは、日頃から問題意識やイメージを持っていたからです。このあと私は何度も転身の機会があるのですが、そのような人生の岐路に立たされたときに、あとから振り返って自分の力で考えきったんだと言えるように、日頃からイメージしておくことが大事だと思います。
リーガルマインドは、ビジネス界でも必ず役に立つ
企業内弁護士の出向が終わったあとで、モルガン・スタンレーの上司から、弁護士を辞めてビジネスの世界に入らないかというお誘いを受けました。もともとビジネスをやりたいという思いがあったので、1週間考えて決断しました。
こうして32歳で、モルガン・スタンレーの投資銀行員になりました。投資銀行員というのは、主に企業の大きな取引を成功させてアドバイス料をもらうという仕事になります。例えばアップルのような大きな会社が他の企業を買収するときは、裏で必ず投資銀行員が動いています。彼らはクライアントに常に働きかけをして買収などを誘いかけるのです。負債を返して株価を上げるためのアドバイスなど、いろいろな経営戦略をアドバイスしたり、ビジネス案件を仕掛けるということです。日本でも大手の証券会社には投資銀行部があって、同様の仕事をしています。
弁護士の仕事とはまったく異なる専門的な仕事でした。そんな所に入って私は活躍できたのか、あるいはリーガルマインドはビジネス界で役に立ったのかという点が今日の話のポイントになりますが、結果から言えば弁護士としての知識や経験は、ビジネスの世界では非常に役に立ちました。
私が弁護士として培ってきたスキルは、「交渉の相手側にもわかるように丁寧に話すこと」でしたが、それが6年間働いた投資銀行員としての私の武器になりました。ビジネスの世界ではどんどんニーズが変わっていく中で、自分のスキルがどれだけあるかが常に試されます。そして毎年毎年、結果責任が求められ、ダメならすぐ解雇されるという、すごくシンプルでフェアですが、シビアな世界でもあります。何年かやっていると部下もつくので、その面倒も見ないといけなくなります。部下も遠慮なくどんどん突き上げてきます。部下がついて2年間くらいは、毎日胃に穴が開きそうな思いでした。
そんな中で私が生き残ることができたのは、リーガルマインドとロジカルシンキングがあったからです。だからお客さんから信頼されるし、なんとか結果を出し続けることができました。
法律家とビジネスマンとでは共通することもあります。それは答えはひとつじゃないということです。何か方程式を当てはめれば解が出るようなことはひとつもありません。多角的な視点でものを見て、ロジカルにどういう方向性が良いのかというのを当てはめて可視化し、お客さんにわかりやすく伝えていくことが必要になります。そういうスキルは、ビジネス界にいるだけではなかなか培えないものでした。法曹の世界でやっていることはまさしくそういうことです。
金融業界はこのままでいいのか?
投資銀行員としての仕事も軌道に乗ってきたこともあって、50歳くらいまではモルガン・スタンレーでこのまま続けていこうかと思っていました。そしてある程度まとまったお金ができたら、自分のためではなく人のために行動するような存在になりたいと考えていたのです。
そんなときあるパーティで、伝説的なヘッジファンドトレーダーだった谷家衛さんに出会いました。谷家さんにそんな今後のビジョンの話をしたところ、「10年待つ必要はない。人のためにできることは結構ある」と言われて驚きました。
そのとき谷家さんが言っていたことは、このようなことでした。日本には1600兆円ほどの個人資産があるのですが、その内訳は半分以上が預金で、90%以上が円建ての資産です。これは危ない。現在は円安が進んでいて、例えば2011年に10万円だったお金の価値は、今では6万円くらいになっています。しかも日本はインフレになっていて、商品の値上げも進んでいます。1600兆円のお金も資産価値がどんどん目減りしているということになります。日本は今後、経済成長も望めません。だから対策をうつにはあまり時間が残されていないのです。
一般の人はこれからどうしていくべきなのでしょうか? 「老後のために貯金しています」という人は多いのですが、貯金もリスクがあるということを多くの人は気づいていません。では個人で安定的に資産運用しようとしても、一部のノウハウを持っている人を別にすれば、あまり選択肢がないというのが実情です。基本的には供給側の理論だけで成り立っているので、顧客側が欲しい商品があまりないからです。
谷家さんのそういう問題意識は、私が以前から考えていたことと同じでした。谷家さんをはじめ、顧客の側からもう一回金融商品を再構成したいという熱い思いを持った先輩や仲間たちが集まって、新しく会社を設立することにしました。テクノロジーの力を使って、資産運用の世界に革命を起こしていきたいと思っています。
投資銀行員時代はそこそこ給与も良く、自分にとって快適な環境になりつつあっただけに、独立して新たな会社を立ち上げるのですから、当然リスクはかなりのものになります。
でも今の金融商品のあり方がおかしいんじゃないかという問題意識をずっと持っていたので、この活動を通じてそこに一石を投じることができれば、すごく意義があるのではないかという思いが、自分を決断に導きました。
投資銀行員は、助手席に座ってお客さんと一緒にドライブしているようなものです。運転してリスクを取っているのはお客さんで、ヤバくなったら「じゃあお疲れさま」と言って車を降りることのできる立場でした。ところが今度は自分で全てのリスクを取って運転する立場です。でもこれはむちゃくちゃ刺激的で面白いことでもあります。
私の体験からみなさんにお伝えしたいことは2つです。ひとつは、「リーガルマインドを身につけることは、自分の可能性を広げること」になるということです。法律の世界は専門性が高い故に、そこだけにとらわれると思われがちですが、そうではありません。例えば現在の2大投資銀行のCEOはいずれも法律家です。そしてこれまで述べたように、リーガルマインドとロジカルシンキングは、ビジネスの多様なシーンで実践できることなのです。
もうひとつは、「人生は一度しかないので、選択の岐路に立たされた時は自分の力で考えきるしかない」ということです。淡々と目の前の仕事だけをやっているだけでは、他のチャンスが現れたときに飛びつけません。時にはその選択肢は悩んでいる時間を与えてくれないかもしれない。そのために日頃から常に自分のやりたいことを意識しておいて、いずれ大変な思いをしたときにも、「この選択は考えきった結果だ」と思えるようにしていただきたいと思います。