伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2014年11月29日@東京校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
絹川恭久 氏
(「弁護士法人キャスト」所属、日本、ニューヨーク州及び香港弁護士、元伊藤塾塾生)

●講師プロフィール
東京都出身。東京大学法学部卒業後、2004年に弁護士登録。2008年まで沖縄県那覇市の総合法律事務所にて勤務。2008年からロサンジェルスの南カリフォルニア大学での語学研修後、シアトルのワシントン大学ロースクールでアジア法及び比較法を専攻。2010年1月にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、弁護士法人キャストに参画。以後、東京拠点、大阪拠点での勤務を経て2012年1月から香港拠点常駐。2014年8月に香港弁護士登録、現在に至る。

はじめに

 東京大学在学中に司法試験に合格した絹川先生は、アメリカ留学経験を経て、現在は香港で活躍されています。先生は、弁護士の仕事が減っていると言われる今、「世界に目を向ければ弁護士がやるべき仕事はいくらでもある」と語ります。今回は、先生の学生時代から修習生、留学そして現在の香港での豊富な体験を通して、世界から求められる弁護士になるための志をお話しいただきました。

弁護士はただ裁判に勝てばよいわけではない

 私は、強い動機があって法曹になったわけではありません。法学部に入った流れで、司法試験を受けてみようということだったのですが、弁護士になってから後付けでやりがいを感じるようになりました。はじめは、沖縄の弁護士事務所で働きました。その事務所の先生が、コミュニケーション力が豊かで、人間としてとても魅力的だったからです。
 ただ、事務所には上司と私の2人しかいませんでした。弁護士になったとはいえ、社会人経験もなくいきなり実務をたたきこまれたので、最初はお客さんと会っても何を話していいのかわからないような状態でした。それでもこの事務所の先生は、企業法務から離婚相談まで一通り何でもやっていた方だったので、目の前に来た仕事を何とかこなしていきながら、いろいろ学ばせていただきました。
 上司の先生が大切にしていたのは、単に裁判に勝てばよいということではなくて、お客さんに最終的に満足してもらうということでした。離婚した場合も、ただ慰謝料を取るという目的で相談にのるのではなく、その人が離婚後の人生を前向きに生きていくことができるようサポートすることを目指しました。実際、先生が担当して離婚した女性は、相談に来たときは落ち込んでいたのですが、離婚後にパン屋を始めて、活き活きした表情でパンを届けてくれたこともあります。その様子を見ていて、相談に来た人の人生にとってプラスになるような力になれるというのが、弁護士の仕事のやりがいなんだと感じました。

アメリカ留学を経て香港へ

 3~4年して仕事にもある程度慣れた頃、アメリカに留学をしました。これも明確な目標があったわけではありません。同期の仲間たちは、きちんと目標を持って留学をするなど歩みを進めていたので、今思えば、自分はこのままずっと沖縄にいていいのか? というある種の迷いの感情があったのかもしれません。
 アメリカの勉強は大変でした。早口で話されてぜんぜんついていけないし、劣等生の気分になって飲みにも行くことがありませんでした。また、勉強以上に大変だったのは、外国人として別の国に生活することの苦労でした。これは体験して初めてわかったことです。後になって思えば、日本にもそのような生活をしている外国人がたくさんいらっしゃいます。そういう人たちの気持ちがわかるようになったというのは、弁護士にとって貴重な経験だったと考えています。
 留学から帰国して、縁があって現在の事務所に就職しました。そして、その事務所が香港に事務所を開設するというので、3年前から香港に行くことになりました。

香港のユニークさ

 香港で法律に関わるというのは面白い体験です。香港は、1997年にイギリスから中国に復帰した地域ですが、法律は中国のものになったかといえばそうではありません。1国2制度といって、法曹の養成から裁判まで、すべての司法システムがイギリス式なのです。香港の他にもイギリスの植民地だったところで似たような法体系が採用されています。そのため、香港法を学ぶと、イギリスだけでなく、シンガポール、マレーシア、ミャンマー、インド、南アフリカ、オーストラリアなどの法律にも対応できるようになるのです。そこで私は、3年かけて香港の弁護士資格を取ることになりました。
 香港がイギリスの植民地になってイギリス法を適用された時代、日本には憲法もないし、民法もありませんでした。近代的な法制度が始まったのは、香港の方がよほど早かったということも面白い点だと思っています。
 世界的に見たときに香港の特徴は、中国の入り口に当たるという位置づけです。近くにある福建省や広東省には、日系企業の工場もたくさんあります。また、中国、フィリピン、ベトナムなど東南アジアの主要都市が近くにあります。いろいろなアジアの生産拠点にアクセスがよいので、日本の駐在員が香港に住むこともあります。そういう国際的な商取引の拠点になっているのです。また、税金が安いので、金融関係や貿易に便利ということも言えます。私たち弁護士の現在の仕事も、そのような日系企業の取引に関する内容がほとんどです。

変化する法曹の役割

 私はこれからの法曹の役割は、国内より海外の仕事が多くなってくるのではないかと思っています。従来通り、国内の仕事だけであれば、多くは公的機関が決めたことに従って仕事をすればよいのですが、多国間でやる場合は民間の私的な会社の役割がどんどん大きくなってくるはずです。その中で弁護士がどう対応していくのかということを考える必要があります。
 また、弁護士の仕事を考えても、税理士や司法書士など、弁護士と並ぶ資格を持っている人に従来の仕事を奪われて、国内では役割が減っているのではないかという面もあります。裁判所の訴訟事件の新受件数が減ってきているのは確かなので、弁護士がこれまでやっていたことだけでは存在意義が出せなくなっているのです。
 私としては、今後は国内外の調停や仲裁の活用としての役割や、海外の法律も学んだ上で、品質の高いコンサルティングへのニーズが増えていくのではないかと考えています。また、企業が海外拠点をつくる際の制度設計や運営支援も必要とされています。いずれにしても、弁護士は単に日本の法律知識が豊富なだけでは通用しない時代になって来ています。相手国の制度や相手方の出方を踏まえた、いろいろな戦略が欠かせません。
 そのような弁護士の仕事はかえって増えています。私たち弁護士の仕事は、社会の将来をつくっていくための重要な立場にあります。だからこそ、それぞれの特徴を伸ばして、自由な発想でものを考えていくことが、求められているのではないでしょうか。皆さんも、世間やメディアで言われていることにはあまりとらわれず、自ら道を開いて実務経験をし、自分の感性で国や社会を洞察し、やるべきと思うことを突き詰めて「求められる法曹家」になっていただけたらと思います。

 

  

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